第6話 炎熱
私がベビーシッターとして赴任し真っ先にしたことは、邸宅中の物を耐熱・耐火性にすることだった。
「出来るだけ木製のものは避けて。ガラスや耐熱に優れた石製のものを。それと寝台と寝具には水を良く含ませて!」
「火属性は水属性と相性が悪いと聞きます。火属性のお坊ちゃまに悪影響ではないでしょうか?」
「人間、水に溺れるけれど水を飲まないと生きていけないでしょう。周囲の環境のために、熱を取るほうが優先です。大丈夫、一晩に三回は乾きますから」
ゴールドもシルバーもよく、元気に熱を出した。反対の声も、私が家でしてきた世話の術を見せ、彼らがすくすくと成長するごとに、止んでいった。
それどころではなくなってきた、とも言う。
「アガット様、泣いてもいないのに、シルバー様の熱が下がりません!」
「アガットお嬢様、ゴールド様がひんやりと。何が起こっているのですか!」
聞き慣れた喧騒に、私はため息を吐く。
ベビーシッターという立場から、使用人でないとアレフ様は通知したらしい。それでもいまだに、敬称やお嬢様呼びは慣れない。
私は気を取り直して、指示を出す。
「シルバーもゴールドも、その暑さが平熱です。特にゴールドは何かない限り熱くはならないけれど、何かあったときの熱さはシルバー以上。お気をつけください!」
冬の間、ゴールドとシルバーを世話していてわかったのは、同じ火属性でもそれぞれ細かな違いがあるということだった。
例えばゴールドが泣き出すと、火の手が上がる。比喩ではなく、周囲の物に火がついていくのだ。範囲はゴールドを中心に彼と同じくらいの大きさまで。泣いているときに抱き上げていると燃えてしまうことは必須のため、遠隔から世話をするコツを覚える必要がある。
同じようにシルバーが泣くと、非常に高温になる。高温に熱された物が燃え上がることはあっても、火そのものがあがることは非常に少ない。
便宜上、炎種と熱種に分けて考えよう。そう私は心の中で決めた。ゴールドが火属性炎種で、シルバーが火属性熱種だ。
分類分けをし直すと、日々の世話も心なしかしやすくなったように感じる。
その発見をお茶会で話すと、アルフ伯は大層感心した様子だった。
週に一回の報告会を兼ねたお茶会だった。ゴールドとシルバーは厳重に見守られながら、カーネリアと共に遊んでいた。
「火属性に種別があるとは、知らなかったな」
「魔法使いを輩出する貴族、オリオル家でも、ですか」
難しい顔で頷く彼に、私は唸った。
「やはり、学院しか知らないことだからですか」
彼はもう一度、頷いた。私は呻いた。
魔法使いは王族の宝。だから管理する。
その理念を掲げるのは、ここからとても遠い王都にある、魔法学院だった。正式名称はもっと格好いいらしいが、私には魔法学院としか覚えていない。
目下のところ、最も憎い相手が、魔法学院だった。
「魔法の知識は全て、魔法学院が管理して、魔法使いの家族にも教えない。でしたっけ。ひどい人たちです」
業務知識を教えないのは当たり前ではある。しかし、養育するための知識すら魔法知識として与えないのは、どうかしている。
気炎を吐く私を、アルフ伯は肯定も否定もしない。
辺境貴族としての彼の立ち振る舞いに、私は居住まいを正す。
「見苦しいところを見せました」
「いや、問題ない。肯定できない立場もわかってもらえると嬉しいが」
苦笑するアルフ伯に向かって、ハクロ兵士長とオリバーが駆け寄ってくる。
「ご歓談中失礼いたします!」
ハクロ兵士長の言葉を聞いたアルフ伯は、血相を変えると玄関ホールに向かっていく。
オリバーが残された私に耳打ちをする。
「アポなしの急な来客。それも大物らしい」
「辺境貴族のアルフ伯よりも立場が上の?」
「おそらく」
アルフ伯が戻ってきたのはすぐだった。
「バシュラーム様! このような辺境までよく起こしました。行って頂ければ迎えの者を送りましたのに」
バシュラームと呼ばれた老人はにこやかでありながらも、歩く速度も一切緩めず、お茶会が開かれていた東屋に向かってきていた。
丈が長く、地面すれすれまで伸びるローブも、肩までの大きさの杖も、彼を声高に魔法使いだと主張させていた。髭と鍔付き帽がないことに違和感を覚えるのは、前世の魔法使いのイメージを引きずっているからだ。
彼は私の目の前に立ち止まった。私はにっこりと礼をする。
「これは大魔法使いバシュラーム様、ここにはどのようなご用事で?」
「ほっほ。何と小さい者か。魔法使いをよくよく成長させる者がいると聞いてね」
君だろう、小さきベビーシッター。そう問いかける彼の眼は鷹のように鋭く、真正面から見るのには勇気が必要だった。
「これは。本当に、学院の者ではないな」
「だからそうだと何度もお返事いたしました」
「失礼をした。てっきり学院の者が化けて、辺境で魔法使いの軍勢を作る準備をしているのだと思ったのだ」
ぎょっとするアルフ伯や他の者を置き去りに、バシュラームは呵々大笑した。
「まさか、実体験のみで、しかもこのような小さい者が魔法の一端に触れるとはな!」
「つまり、私の経験は真実だとお認めになるわけですか。火属性の炎種と熱種の区分も、火属性の養育方法も」
すぐに彼は嘘笑いを止めた。
「まさか、そこまでたどり着いているとはな」
「魔法を秘密にすることは国家として必要としても、魔法使いの育て方くらい教えてはもらえないのですか」
「魔法使いでないものに、魔法を体系づけて説明することはありえない。だから駄目だ」
じろりとバシュラームは私を睨みつけた。
「本当ならば、魔法の知識を我が学院から本当に盗んでいないか、調べたいところだ」
「子供可愛さとはいえ、そんな大それたこといたしませんよ」
アルフ伯はずいと一歩前に出た。
「彼女は我がオリオル家の恩人であり、大事なベビーシッターだ。これ以上、狼藉を働くなら、オリオル家の侮辱と知れ」
背後では、ハクロ兵士長以下、アルフの私兵が槍を構えている。魔法使いといえど、火属性であるならば完封できるように整えられた装備だ。
しばらく私を睨んだバシュラームは、後ろに一歩引いて、好々爺然とした笑顔を浮かべた。そして信託のごとく言う。
「魔法学院あっての魔法使い。魔法使いの軍勢を作ることなかれ。ベビーシッターにたぶらかされて、辺境の地だからと努々忘れることなかれ」
にらみ合いが終わったのは、にこやかなカーネリア様が手紙を手に飛び込んできたからだった。
「あなた、貴族のお友達に聞いたら、同じように魔法使いの子を持って苦労している方々を見つけたの。ねえ、アガット。彼らの面倒も見てくれないかしら!」
魔法使いの母親というのは、魔法使いを集めるものなのだろうか。それにしても、タイミングが悪い。
バシュラームは威圧する笑顔のまま、ぴしりと固まっている。
恐る恐ると、私は切り出した。
「こんな感じなだけで、特に軍勢を作るつもりはないんです」
隣で、アルフ伯が頭を抱えた。
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