第4話 高熱

 それからというもの、この高熱と私は格闘し続けていた。

「アガット姉さん、シルバーが熱くなってきたー!」

「姉ちゃん、ゴールドが熱いのにミルク飲まない! どうしよう!」

「シルバーは何かをご所望よ! ミルク、おしめ、飽きたの順で確認して! ゴールドのミルクはもっと熱くして、溶岩くらい!」

 家のなかは新たにゴールドと名付けられた赤ちゃんを交えて、大変にぎやかになっていた。

「じゃあ、この子の親は見つかっていない訳ね?」

 父親はこっくりと頷いた。

「村中に聞いたが誰も行方知れずの赤ん坊はいなかった。こりゃ親は、見つからなさそうだ」

「だとしても、寒空の下に放りだすわけにはいかないでしょう」

 そう言うのは母親で、至極まっとうな意見だった。

 また、弟が増えてしまった。私は思わず頭を抱えた。

 人数が増えるだけで、この小さな家にとっては大打撃だけれど、それ以上に、この赤ちゃんは熱い問題を抱えていた。

「シルバーと同じ魔法使いの赤ちゃんよ。ただ捨てられるとは思えない。きっと何かあったはず」

「何かって?」

「そんなこと、わからない。育てられなかったとか、追われていたとか。何かの罪に問われたらどうしよう」

 頭を悩ませる私の肩を、父親がぽんぽんと叩く。

「エイブラハムを通じて近隣の街にも聞いてもらうから、そんなに大層なことにはならんさ」

 そう言われても、まったく安心はできなかった。

「何か嫌な予感がするんだ」


 その予想が当たるには、一ヶ月かかった。


 小さな家で、食べる直前だったじゃがいものスープと食器が散乱している。

 母親は弟と妹たちを抱きしめ、父親はそれをかばっている。

 踏み込んできた兵士たちは、私と、私が抱きかかえる二人の赤ちゃんに対峙していた。

「領主様の子、王族の宝をかどわかした罪で、逮捕する」

「私の子たちよ、何を言うの!」

 家具が踏みつぶされ、母親が悲鳴を上げる。

 私は村一番と言ってもらった頭で考える。

「私たちは街に迷子を保護していると伝えております。なのに逮捕ですか」

「ああん、なんだそりゃ、聞いていないぜ」

「敵の前で弱みを見せるな!」

 ひときわ若い兵士が言って、先輩らしい兵士に叱られている。

 私はここぞとばかりに言い募る。

「あなた方が領主様の兵士だという証拠は?」

「ああん?」

「誘拐犯かもしれないあなた方に、私の子を渡せません!」

 不穏な雰囲気に反応して、ゴールドとシルバーを抱える両腕が熱くなってくる。分厚く改造した鍋掴みをはめた両腕でも熱くなってくる彼らに、慌ててあやしても効き目は薄い。

 その様子に、兵士たちは焦れたようだった。

 先ほどのひときわ若い兵士がむんず、とゴールドを奪い去る。

「がきがごちゃごちゃうるさいんだよ。領主様の子どもを返せ!」

「あっ、危ないですよ!」

「えっ? いや、あっつ!?」

 取り落としそうになった兵士を蹴って、ゴールドを片腕でキャッチする。面白かったらしく、ゴールドは笑ってご機嫌だ。

「気をつけろ、領主様の子どもは火属性の魔法使いだ」

「魔法使いの赤ちゃんは全員、こう熱くなるわけじゃないの?」

「おう、魔法使いは魔法の属性によって体質が変わるかんな」

「オリバー! お前いい加減に黙れ!」

 若い兵士はうへえ、と呻いて、腕をさすりながら下がった。

 代わりに前に進み出てきたのは、光り輝く美貌を持った兵士だった。思わず私も口を噤んでしまう。彼がしたのはそれほど見事な一礼だった。

 明らかにただものではない彼は、口を開いた。

「礼を失したのは申し訳ございません。私は第三部隊長のハクロ。領主様の子は魔法使い。魔法使いは王族の宝として、適切な療育が必要です。一ヶ月も見つけられず、私たちは心配していたのです」

「保身の間違いだろ」

 痛っと声をした方を見れば、オリバーが頭を抱えていた。

 その様子を気に留めず、ハクロは言う。

「後日、報酬もお渡しします。だからどうかレディ、領主様の子どもをこちらにお渡しください」

 完璧な騎士の一礼があるとすれば、これだという礼を私は見た。

 だからこそ、気に食わなかった。

「この子の名前は?」

「レディ?」

 目を丸くするハクロに構わず、私は兵士たちに問いかける。

「この子の名前、おくるみに書いてあったから私たちは知っている。この子の親なら知っているはず」

 黙り込む彼らに、私は言い張る。

「名前を言えないのならば、怪しい。なら、私が本当の親に直接引き渡すまで、この子からは離れないですから」

「アガット、何を言うの。わかっているでしょう」

 私は母の言葉に言葉に詰まる。

 領主の子どもの失踪は、辺境にも広まっていた。どれだけ難癖をつけても、兵士たちは領主直属と印をつけていた。何より、火属性の魔法使いという特徴は、ゴールドにぴったりと当てはまっていた。

 本当はわかっていた。例え、名前を知らされていなかったとしても、彼らは嘘は言っておらず、ゴールドは領主の大切な子どもだということが。

 きっと、ゴールドはこの一ヶ月間を覚えていないだろう。今彼を引き渡せば、彼は元の生活に戻り、領主の後継ぎとして、そして魔法使いとして、輝かしい日々が待っているはずだ。


 それでも、今、離れるのは嫌だった。


 ぎゅっとゴールドとシルバーを抱きしめる私を、兵士たちと両親が憐れむように見た。

 兵士長のハクロは瞑目した。

「ハクロ兵士長、ちょっとかわいそうじゃないですか」

「領主様と奥様のお気持ちも考えろ。彼は連れていく」

 落胆したようなオリバーを置いて、ハクロは私に向き直った。

「お前、名前と年齢は」

「アガット、六歳」

「私の末の妹よりずっと幼いな」

 彼はふっと笑った。

「お前を、領主様の子ゴールド様の誘拐事件の重要参考人として、連行する」

「ちょっと、ハクロ兵士長!?」

 ハクロは私に向かって、完璧なウインクをした。

「赤ん坊の世話にも長けている。ちょうどいい、道中のゴールド様のお世話もしてもらおう」

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