第3話 迷子

 相談のうえ、水をたっぷり含ませて、簡易的な防炎毛布にしたおくるみをした末弟シルバーは、おなかを膨らませてすうすうと寝ている。

 家のなかは先ほどとは違い、少し暖かい程度の気温になっていた。先ほどまでの家の暖かさは、シルバーが泣き出す直前で気温を上げたものだったらしい。料理をしていたため、家族の誰も気づけなかったことだった。

「痛っ」

「あんな無茶をして、我慢しなさい」

 母は小言を言いながら、私の両腕を消毒して包帯を巻いていく。火に強いというミドリシロカバの皮を使った包帯である以上、彼女はまた私が先ほどのような無茶をするものだと信じているらしい。

 難しい顔をしている母と違い、父は私の頭をわしわしと撫でた。

「しかし、シルバーはただ、ミルクが欲しがっているだけだとよく気づいたな」

「暑がってもいなかったから、シルバー自身が高温を操っているとわかった。なら、どうしてそうなのかを考えれば良い」

「さすが、頭を使わせたらこの村一番のアガット」

「お前の娘も、息子も大変なやつらだな」

「おい、どういう意味ですか」

 私の言葉に、集まっていた村民がどっと笑った。

 今、多くの村民が、先ほどの騒ぎを聞きつけて、末弟と無茶をした私の様子を見に来ていた。

「むずがると熱くなるなんて、街でも聞いたことがない症状だな」

 村医者のエイブラハムはそう言うと、一口お茶を飲み、舌を火傷した。

「水を沸騰させることが出来るなんて、それで本人もなんともないとは不気味な」

「良いじゃない。冬も暖房いらずよ」

「おれたちの弟、すごーい!」

 そう言うのは三女と次男だ。三男は姉兄の騒ぎに、起きてむにゃむにゃと喃語を漏らした。

「ただ、ひとつだけ、心当たりはなくもない」

 エイブラハムの言葉に、父母が耳を傾ける。

 私も近づこうとして、父にシルバーの面倒を言いつけられる。

「お前はシルバーのそばにいろ。ここからは大人の話だ」

「村一番の私も聞きたいのだけれど」

「まだ六歳だ。あとで伝えるから、シルバーのそばに」

 末弟のそばはにぎやかで、部屋の温度は上がり始めていた。

 渋々ながら、私はシルバーをあやしに行った。



 その日の夜、私はシルバーを抱きながら、父母と向かい合っていた。

「シルバーは魔法を使えるかもしれない?」

 末弟はご機嫌で、私の髪の一房で遊んでいる。反対に、父母は深刻な表情だ。

「村医者のエイブラハムが以前、診察した魔法使いの症状にそっくりだったらしい」

「もちろんシルバーは私たちの子よ。どうして魔法使いなんかに」

 父母が深刻な様子なのは、大人として魔法使いの激務を見てきたからだと、彼らは言った。

「魔法使いは国家の財産、王様の宝。そう言うなら、もっと大事にしたら良いのに」

「そりゃ、王都で大事にされるさ。けれど全員すさんだ目をしちゃってね」

「魔法使いが見つかれば、ゆくゆくは王都の魔法学院に徴集されるらしい。まさかこんな赤ん坊の頃からとは思わないが、最悪の場合、今すぐ、魔法使いの義務とやらを果たさなければならなくなるかもしれない」

「魔法使いの義務?」

「王族の宝となり王に仕えよ、というやつさ」

 前世で働きづめだった私だったら大喜びする状況だが、彼らにとっては違うらしい。思えば、前世で過労死した私と違って、魔法使いには、そして末弟シルバーには家族がいる。家族にとっては宝物を傷つけられるのは看過できない。

 ぎゅっと抱きしめれば、シルバーはきゃっきゃと笑った。

「じゃあ、シルバーの体質は周りに隠すってこと?」

「ああ。事情も含めて、村に伝えてある」

「幸い、魔法使いを隠して罪になることはない。それは村の領事にも聞いてある」

「せめて、シルバーが先のことを考えられるようになるまで、このままでいよう」

 シルバーは机の上のものに興味を示したようだった。興奮してだんだんと熱くなる体温に、そっと防炎毛布を挟んで頭をなでる。

 無邪気に笑う末弟に、私は決心する。

「わかった。私が面倒を見る」

 魔法使いを隠して育てると決めたからには、多大な苦労が家族にはかかるだろう。両親は働かなければならない。

 そして、幸いにも、機転の利く一人の手は空いている。その一人に世話をすることを了承してもらいたい。私一人にこうして話を持ち掛けるのは、そういう意味だろう。

 予想に反せず、父と母は頭を下げる。

「お前には苦労をかける」

「両腕の火傷にかけて、シルバーは立派にしてみせるから」

 かわいい末弟をなでながらジョークを吐くと、両親は顔を俯かせた。

「……ジョークよ?」

「お前の冗談はセンスがない」

 からん、と表でベルがなった。扉が開け閉めされたときのために、取りつけたベルだった。特に奔放な双子が外に出たときにわかるよう、私が取りつけたものだった。

「外から鳴ったわね」

 おそるおそるといったように、母親が言った。

 外側から、内側に取りつけてあるベルが鳴ったのだ。

「俺が見てくる。お前たちは子どもたちを起こして、奥へ」

 父親が言って、そっと玄関に向かう。奥へ行くとはいえ、この小さな家では、玄関の様子まで見えてしまう。

 私たちの予想と反して、そこにいたのは小さな人影だった。

 母親が声を上げる。

「あらまあ、新しい家族よ!」

 父親と私が頭を抱えた。

 小さな赤ちゃんが、玄関の内側にそっと置かれていた。

 誰かが侵入し置いていった、小さく新たな家族は、冬の寒空にいたとは思えないほど熱く、ぎゅっと私の手を握った。

「この子、名前は?」

「おくるみに書いてあったわ」

 ゴールドと書かれた名前に、私たちは顔を見合わせる。

「シルバーの対になる名前よ」

「運命的だ」

 私はそっとゴールドの顔を覗き込む。もしかしたら、転生者の私ではなく。弟のシルバーと彼こそが、伝説になるような冒険をするのかもしれない。

 周囲の声も知ってか知らずか、二人の赤ちゃんはお互いの手を握り合った。心なしか、周囲の気温がまた上がった。

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