第76話 聖女の力3

 大隊長がニヤリとするのを横目で見ながらグウェイン様に訴える。

 

「ハナコ様をこんな所に閉じ込めるなんて間違っています」

 

「だがそうしなければ大陸が『黒霧』で覆われやがて何もかも、人も大地も朽ちていくのだぞ」 

 

 眉間にしわを寄せるグウェイン様が冷たく言い放つ。

 

「それはそうですが、他に方法があるはずです」

 

 食い下がる私に大隊長が鼻で笑ってくる。

 

「どこにそんな方法があるというのだ。百数十年前に賢者がいた時でさえも他の方法が見つからなかったのだぞ」

 

 そんな事もわからないのかという大隊長を怯まず睨みつけた。

 

「賢者でもみつけられなかった事はわかっています。だけど今ならグウェイン様がいらっしゃいます。稀代の魔術師グウェイン様なら必ず何か方法を見つけてくれるはずです。出来るはずです、ハナコ様だけを犠牲にしなくても良い方法を」

 

「はっ!いくらなんでもそれは買いかぶり過ぎだろう」

 

 大隊長が馬鹿にしたように見てるが私はグウェイン様に向き直りグッと睨むように見つめる。

 

「そんな事はありません。私はグウェイン様を信じています」

 

 一瞬、青藍の瞳がゆらりとした気がしたがグウェイン様は黙って去って行った。大隊長が可笑しくて仕方が無いというふうに笑い出て行く。

 私はその場に立ち尽くし目を閉じた。

 グウェイン様が……行ってしまった……

 だがここで泣いてはいけない。強く気持ちを持っていなくては今の状況に耐えていくことは出来ない。大きく深呼吸すると震える手を握りしめた。

 

 

 グウェイン様が王都へ帰ってしまってから数日。封印の間には食事を運んで来る人の他に、大隊長が時折様子を見に来るだけだった。

 ハナコ様は常に魔法陣の上にいるせいか初めの二日ほどは少しダルそうな時もあったがそれは段々と解消されている気がする。ハナコ様自身聖なる力を動かす行為はしていないが、もしかすると聖なる力の量が増しているのかもしれない。

 

 ここから出られない為、外の状況がよくわからないが食事が時々簡易食になる事があり、まだ近くの村でさえも行き来がままならない事がわかる。時々見かける大隊長も疲れを見せる時があり『黒霧』の流出を止めたとはいえまだその影響が全て取り除かれた訳では無さそうだ。

 

 ある日、食事を運んで来た魔術師に話しかけてみた。これまでは数人が交代で二人組でやって来て黙々と仕事をするだけの彼らを黙って見ていたが何度か食事を運んで来ているうちに顔を覚えていった。中でも一番若そうな気の弱そうな魔術師がやって来た時に目を合わせるとニッコリと微笑んだ。

 鉄格子の一部を解除しなければ食事を載せているワゴンを中へ入れられない為、魔術師は一旦鉄格子の前まで来てワゴンを押し込まなければいけない。その時に入れ替えで空のワゴンを押し出すのだ。

 

「いつもありがとうございます」

 

 ワゴンを押し出しながらそう言うと、若い魔術師が驚いた顔をした。

 

「えっ!?いえ、仕事ですから」

 

 小声でゴニョゴニョと呟く魔術師に後ろで控えていた騎士が偉そうな口を利く。

 

「何やってる、話をするなと言われているだろう」

 

 この騎士もまだ若く私よりは年下だろう。見知らぬ者達だから私達の世話をする為だけにここに派遣されて来たのだろう。恐らく私達が誰かは知っているが話をするなと大隊長に命令されているのだろう。

 

「あなた方がここを警備してくれお食事を運んでくれるお陰で聖女様がこの大陸をお護りすることが出来るのです。お礼くらいは言わせてくださいね、ありがとうございます」

 

 どういう話が彼等にされているのかがわからない以上探りながら言葉を選んだ。すると彼等は驚いた後、少し得意気な顔した。

 

「い、いいえ。我々が聖女様を大切にお護りするのは当然のことですから」

 

 どうやら自尊心をくすぐる事が出来たらしく騎士の警戒心が緩んだ気がした。彼等は名目上、聖女様の護衛としてもここへ派遣されてきた辺境の村の下っ端騎士と魔術師らしい。一旗揚げるつもりで意気揚々と神殿まで来てみれば与えられた仕事が食事を運ぶだけだったことにかなり落胆していたようだ。

 それからは彼等が来た時にいちいちお礼を言って微笑みかけていた。ハナコ様には外の様子を探るための作戦だと話し、私が彼らと話をしている時は聖なる力を魔法陣へ注ぐフリをして背中を向けて祈っている風にしてもらっていた。祈る乙女の後ろ姿は神々しく彼等に見えていただろう。

 

「聖女様はいつも我々のために熱心にお祈りされているのですね」

 

 ある日魔術師から話しかけて来た。

 来た!

 

「そうなのです、聖女様は真面目なお方でいつも民の安寧を願っていらっしゃいますから……ですが……」

 

 私は少し困ったような顔で魔術師に言葉を返した。

 

「ここには窓もありませんから外の様子がわからず、本当に『黒霧』が収まり大陸が平和になったのかがわからずお心を痛めておいでです」

 

 振り返り乙女の祈りを捧げるハナコ様の姿を見つめる。

 

「そうですね、ここからでは外の様子はわかりませんよね。ですけどご安心ください、ここ数日で残っていた『黒霧』は消え去り黒くなってしまった魔物も力を失い崩れて自滅したり討伐隊に一掃されてあらかた片付きましたよ」

 

「まぁそうだったのですね、教えてくださりありがとうございます。安心しましたわ」

 

 本気で安心したあと、何気に話を続ける。

 

「では神殿を守る為の護衛達もそろそろ王都へお帰りになるのですね」

 

「えぇ、聖女様が『黒霧』を封印した後に駆けつけていた王都の騎士団の半分以上は既に引き上げてますし、残りも交代要員がくれば王都の騎士はいなくなりますよ。魔術師は私も含め既に周辺から来た者ばかりですし」

 

 食事を運ぶだけの魔術師なら王都のエリート魔術師は不要だ。貴重な魔術師が先に帰ったのはグウェイン様の指示かもしれない。

 そうですかと返事をした後少し考え込んでいると一緒に来ていた騎士が不満そうな顔をした。

 

「何か心配事でも?それとも私達が護衛では不安ですか?」

 

 どうやら王都の騎士達に引け目を感じているらしい。

 

「いえ、とんでもない。私は彼等に疎まれておりましたから居なくなると聞いて安心したのです。それにこの辺りの事はお近く出身の者の方が地理に明るいでしょうからそつなく警護を熟すのではないですか?」

 

 私の話に気をよくした騎士と魔術師が部屋を出て行った。ハナコ様がそれを確認すると私のそばへやって来た。

 

「どうしてあんな事聞いたの?」

 

 私はハナコ様と一緒に食事をテーブルまで運ぶと皿をならべ向かい合わせに腰掛けた。ここに来てからはこうやって一緒に食事を取っている。

 

「王都の騎士達が引き上げたということは、警備が厳重では無くなったということです。『黒霧』も消え去り当面の危機が去った事を確認したからでしょう。つまりこれはチャンスかもしれません」

 

 ハナコ様は首を傾げる。

 

「いくら警備が厳重でなくなったってここを出る事は出来ないでしょう?」

 

 そう言って出口の方を振り返り冷たくそそり立つ鉄格子を見つめた。確かに私達がどれだけ力を合わせたところで自力での脱出は不可能だろう。だが……

 

「きっと、父が動き始めるはずです」

 

 あの父が私をここへ閉じ込めていることに納得するなんてありえない。前までならそこまで父を信じられなかったが今は違う。結構激しい裏の顔も知ってしまったし。

 

「エドガールも来るかな」

 

 ハナコ様がポツリと言った後で気まずい顔をした。

 

「ごめん、エレオノーラ……」

 

 グウェイン様は来てくれない、かな……

 

「いいえ、愛する弟はきっと来てくれますから」

 

「そうなったらエレオノーラとはお別れだね」

 

 ハナコ様が悲しそうに微笑んだ。

 

「何を仰ってるんですか!私がここを出るときはハナコ様も一緒に決まっているではありませんか」

 

 私の言葉に笑みを崩さず首を横にふる。

 

「駄目だよ、私がここを出ればまた『黒霧』が出てきちゃう。そうなったら皆が大変な事になる。私はここに居なくちゃいけないよ」

 

 ハナコ様はもうここから出ることを諦めてしまったようだった。

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