第75話 聖女の力2

 足に力が入らずへなへなとその場にへたりこんだ。

 

「エ、エレオノーラ……」

 

 涙声で私の名を呼びながらハナコ様が這うように私のそばに来た。何か言わなければと思うけれど喉が張り付いたようになり声が出ない。隣で震えながら涙を流すハナコ様にやっとの思いで顔を向けると肩を抱き寄せる。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ……私が、お傍に……」

 

 どうしてこんなことに……

 ここに来るまであんなに必死についてきた。ハナコ様のお世話をし、最後までご一緒しなければという思いでここに来た。まだ幼さが残るこの方だけに大変な思いをさせられないと、そして、そして……

 

「グウェイン様……まさか、最初から決まっていた事だったのですか?」

 

 とめどなく流れる涙を止めるつもりも無く、目の前に立つグウェイン様の美しい姿を見上げる。

 

「そうだ、禁書部屋に前回の『黒霧』の封印に同行していた者の手記が残っていた。その者はただの侍従であった為詳しい封印のやり方などは記録されていなかったが、賢者はここに留まり封印の魔法陣から生涯出る事無く過ごされると書かれてあった。もっとも賢者は自ら魔法陣へ力を注ぐことが出来たから私の様に聖なる力を自動的に吸い出す魔法陣を作る手間は無かったであろうがな」

 

「そんな……」

 

 何かの間違いでも勘違いでも無くこれは計画通り進んだ結果だった。大隊長だけでなく、国王が、グウェイン様が、大陸を救うためにハナコ様をここへ生涯幽閉する計画を進行していたのだ。

 ショックを隠せない私達に大隊長が得意げに話す。

 

「そうそう、二人の私物はもうすぐここへ到着する。チャンドラー伯爵家で買い集めていた宝飾品やドレスも全て持ち込みますから。他にも欲しい物があれば仰って下さい、すぐにご用意させます。あぁ、エドガールを呼び寄せましょうか?今は近くの町へ行かせていますがご要望とあれば……」

 

「駄目!エドガールは呼ばないで!!エドガールまでここに閉じ込めないで!」

 

 泣いて俯いていたハナコ様がエドガールの名を聞いた途端顔をあげて叫んだ。

 

「おやそうですか?ではまた気が変わったら仰って下さい」

 

 大隊長が意外そうな顔でニヤリとすると部屋から出て行った。入れ替わるようにオーガスト様が入って来た。

 

「ハナコ様、エレオノーラ、だいじょ……いや、グウェイン様、出ましょう」

 

 オーガスト様が複雑そうな顔をしたが助けてくれそうな様子はない。私達に同情はするがそれ以上の事は出来ないと決めている感じだ。無表情に私達を見下ろすグウェイン様の腕をオーガスト様が引き、部屋から出て行った。

 

「うぅっ、うわぁ〜〜、ごめんなさい、ごめんなさいエレオノーラ!」

 

 ハナコ様は突然声をあげて泣き出した。呆然とグウェイン様を見送っていた私はそのあまりに大きな泣き声に驚き我にかえった。

 

「ハナコ様、そんなに泣かないで下さい。それにどうして謝っているのですか?むしろ謝罪しなければいけないのはこちらの方です」

 

 私達の為に召喚され、私達の為にここに閉じ込められた。完全に否は私達にある。

 

「だって、だってエレオノーラは私のせいでここに閉じ込められた。聖なる力は私だけにあるんだから私だけがここにいればいいのに……エドガールを呼ぶって言われてエドガールを巻き込んじゃいけないって思ったんだけど、でも、私、独りになりたくなくて……だから、エレオノーラをここから出してって言えなくて……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 床に手をついて壊れたように謝るハナコ様を見て私も何かが壊れてしまった。

 

「ハナコ様、私の方こそ申し訳ありません!こんな事になってしまって……うぅっ……」

 

 二人で泣きながら抱きしめ合い、謝り合っていた。

 

 泣いて泣いて、体中の水分が消え去った頃、ようやくどちらともなく体を離しお互いの顔を見合った。

 

「ぷふっ、酷い顔……鼻水と涙でグショグショだよ」

 

 ハナコ様がパンパンに腫れぼったい目で笑う。

 

「ハナコ様こそ、誰?って感じですよ」

 

「えぇ!?エレオノーラこそ、鼻が真っ赤だし目が開いてないよ、見えてる?」

 

「ハナコ様こそ……ぷっ、ふふふ、アハハッ……」

 

「エレオノーラがおかしくなったぁ!アハハハッ……」

 

 泣き過ぎた後は笑いが止まらなくなり二人で腹がよじれるほど笑った。

 

 

 

 泣いて、笑って、感情のままに振る舞った結果、ズキズキと頭が痛む。二人してワゴンに載せてあった水で顔を洗いパンを一口だけかじった。食欲もわかず毛布に並んで寝転び天井を眺める。

 

「あそこって『黒霧』が吸い込まれてたとこだよね?」

 

 天井には修復し忘れたのかひび割れがあり隙間があるようだ。だがもし私達が通れる隙間だったとしてもあそこまでどうやって上ればいいのか。窓も無く他へ続く通路も……

 

「そうだ……」

 

 ハナコ様が突然なにかを思いついたのか部屋の壁を丹念に調べ出した。磨かれた石のタイルで出来ている壁は『黒霧』を封じるときに起きた竜巻のせいで壊れていたが今は修復されキレイになっている。

 

「駄目か……ここへ来る時みたいに何かの仕掛けがあるかと思ったんだけど」

 

 ハナコ様によれば神殿へ入ったのは偶然、仕掛けがある場所にたどり着いたせいだと言う。私とエドガールもたまたま休もうとしていた岩陰が、より奥へ通じる洞窟だとわかり一か八か賭けてみた結果、上手くハナコ様と合流出来たのだ。

 

「まさかアチラへ入る訳にはいきませんものねぇ」

 

 私は崩れかけた石の扉を見つめて言った。

 

「あの先ってどうなってるのかな?」

 

 ハナコ様も興味深げに見つめている。そしてトトトッとそこヘ駆け寄り隙間から中を覗き込もうとした。

 

「いけません、ハナコ様!『黒霧』はまだ完全に封印されていないのですよ」

 

 すんでのところでハナコ様の腕を掴みお止めするとめっと叱る。ハナコ様はテヘッっと舌を出しごめんなさいと謝る。

 この方も手のかかる人だ。

 ふともう一人の手のかかる人が思い浮かんだ。さっきも乱れた髪を梳きもせず放置していた。毎夜抱きしめられ、間近に見ていた美しい青藍の瞳も、熱いくちずけも私のものでは失くなった。最初から私のものでは無かったと、わかっていたはずなのに……もうお世話をすることも無いだろう……

 潤んでくる目を瞬かせてごまかし、私とハナコ様は離れた場所から角度をかえつつ石の扉を眺めて中の様子を窺っていた。

 

「暗くてよくわからないだろう?」

 

 ジィーっと見入っていると突然後ろから声をかけられ二人で驚いて飛び上がった。

 

「グウェイン様!」

 

 脅かさないでくださいよ〜っと言いかけて口をつぐんだ。今はそんな気安く話せる相手ではない。ハナコ様も驚いたあとぎゅうっと私の腕にしがみついてきた。

 

「何か、御用でしょうか?」

 

 胸がドキドキとし、息苦しい。私とハナコ様をここに閉じ込める為に連れて来たと言われ、奈落の底へ落とされた気分だったのにまだほんの僅かにこれは嘘で本当は私達をここから出すと言ってくれるのではないかという思いが頭によぎる。

 

「私は王都へ引き上げる」

 

 私達の顔が引きつっているのを見たのか、眉間にしわを寄せるとそれだけ言って部屋から出ようとしたがふと立ち止まりまたこちらへ視線を向けると、急に私達と石の扉の間に壁が作られた。壁は半円を作り石の扉を床から天井まで覆う。

 

「近寄るなと言っても聞かん奴がいるからな」

 

 そう言ってハナコ様をひと睨みする。

 

「確かにヒヤヒヤさせられましたからな」

 

 大隊長が開いていた扉から入って来ると鼻で笑いながらそう言う。その後から数人の男が幾つも荷物を抱えて鉄格子の前に来た。グウェイン様が面倒くさそうに鉄格子の一部を開けると男達は荷物を運び込む。小さな箪笥や鏡台、そしてベッドを持ち込み魔法陣の上に置いた。次いで食事を載せたワゴンを置くとぞろぞろと出て行った。その様子を大隊長が満足そうに眺めグウェイン様を窺うように見た。

 

「すぐに王都へお帰りですか?」

 

 グウェイン様が居なくなることを私達に分からせるようにわざわざ言ってる感じだ。

 

「あぁ、もうここには用はない」

 

「羨ましいですよ。私は当面ここの責任者を任されましたから、暫く王都へは帰還できません。ですが大陸を救った聖女様をお護りするという栄誉ですからね」

 

 ぞっとするような視線を向けられ首筋に寒気が走る。ハナコ様もそう感じたのか顔色が悪い。

 大隊長はお送り致しますよと言いながらグウェイン様と一緒に出て行こうとした。

 

「待ってください!」

 

 私は鉄格子の前まで行くとグウェイン様の瞳を見つめた。

 

 

 

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