第74話 聖女の力1

 大隊長が私に向けて剣を振り上げ、ハナコ様がそれを止めようと必死に暴れている。

 

「エレオノーラ!逃げて!」

 

 泣き叫ぶハナコ様。でもここで私が逃げたらエドガールがどうなるかわからない。睨みつけた視線の先で口の端しを上げる大隊長、その後ろで渦巻く竜巻が部屋中の『黒霧』を巻き上げ、そのせいで魔法陣へ魔力を注いでいるグウェイン様の姿がハッキリと見えた。

 

「来い!!」

 

 グウェイン様が叫び、剣を振り上げた大隊長が振り返った。

 

「早くしろ!間に合わんぞ!」

 

 大隊長の手が緩んだのかハナコ様が勢いよく床に転げた。

 

「行ってください!グウェイン様の元へ!!」

 

 私が叫ぶとハナコ様は弾かれたように立ち上がりグウェイン様の元へ向かった。グウェイン様はハナコ様の手を取ると二人で魔法陣の上に立ち頭上を見上げる。

 そこには今まさに攻撃を加えようと向かってくる『黒霧』の竜巻が急降下してきていた。

 

「何とかなったか」

 

 グウェイン様の呟きと共にギュンと魔法陣が光り輝き眩しくて一瞬目を閉じると部屋の中を強風が吹き荒れた。

 

「ひゃ〜!」

 

 ハナコ様の悲鳴が聞こえ、何とか立ち上がると魔法陣へヨロヨロと向かう。

 

「ハナコ様!グウェイン様!」

 

 強風は一気にしぼむと吸い込まれるように石の扉の向こうへ『黒霧』と共に消えて行った。

 竜巻が消えパラパラと小石や木片が部屋に降り注ぐ。尻もちをついた大隊長が唖然とした顔で固まっている。私はいつの間にかオーガスト様に支えられ魔法陣の側で立っていた。

 

「オーガスト、何故エレオノーラが怪我をしているんだ」

 

 不機嫌そうに私を見るグウェイン様の足元では魔法陣が仄かに光っている。

 

「終わったのですか?」

 

 信じられない気持ちでグウェイン様とハナコ様を見た。

 

「一旦押し込んだが、まだハナコ様は魔法陣ここから離れることは出来ない。今は急速に聖なる力を注ぎ込み勢いを止めたに過ぎないからな、だが」

 

 グウェイン様が私に手を差し出し引き寄せる。

 

「当面の大陸の危機は回避された、ということだな」

 

 足に力が入らず抱き寄せられたグウェイン様に身を預けるようにもたれ掛かる。

 

「グウェイン様、エドガールを……」

 

 ハナコ様が泣き出しそうな声で訴え、私も慌てて倒れた弟を振り返る。オーガスト様がすぐに様子を見てくれ意識は無いものの大丈夫だろうと言われて安心した。

 

 

 ジェラルド様が荷物を持ち込んでくれ、魔法陣の上から動けないハナコ様に毛布や食べ物を運んでくれた。私は怪我をポーションで治してもらい、ハナコ様の傍にいたがエドガールは外へ運び出された。

 部屋の中は竜巻のせいで荒れ放題だったが全てが終わったのだと思うとそれも気にならない。大隊長はグウェイン様とこの後の事を話し私をひと睨みして出て行った。

 

 ハナコ様はまだ魔法陣から出られないでいた。グウェイン様達は短い休憩を取っただけで石の扉を慎重に調べ、崩れて傾いている扉の修復方法を探っているようだった。『黒霧』は扉の隙間からまだ見え隠れしていてどうにかこちらへ出てこれないか窺っているようにも見える。まだ完全に封印は出来ていないようだ。

 

 床に描かれた魔法陣は封印の魔法陣にアレンジを加えられハナコ様の聖なる力を一定量自動的に吸い出して封印の魔法陣へ注ぎ込むよう作り変えられていた。本来なら自分で注がなくてはいけない聖なる力はハナコ様がここにいるだけで上手く作動しているようだ。ギリギリまで魔法陣を作り上げる事が出来ずしかも本番一発勝負だった為、万が一に備えハナコ様に魔力操作の訓練もして頂いていたようだ。

 

「本当にこれで終わったんですね……」

 

 

 グウェイン様達が忙しく働く中、私とハナコ様は魔法陣の上で軽く食事をとり、床に敷いた毛布にハナコ様が寝転がりウトウトとしている。

 一定量の聖なる力を引き出され続けている為、体が少しダルいようだ。私も毛布の上に座り込み押し寄せる眠気と戦っていた。

 これで大陸は救われ人々の生活はこの先も続く。カシーム国は『黒霧』で無くなってしまったが王族が生きているなら再建も可能だろう。きっとまたキンデルシャーナ国に助けを求めグウェイン様が立て直しに奔走するのだろう。何せ国王の下僕らしいから。

 

 

 いつの間にか眠ってしまっていたようで、ヒソヒソと話す声が聞こえ夢うつつの中、耳だけが起きていた。

 

「では修繕は魔術で可能のようですね」

 

「それでまた百数十年はもつのでしょう?」

 

「だな、これも全て聖女様のおかげだ」

 

「この大陸の平和は聖女に支えられていくんですね」

 

「そうだな、出来るだけこの部屋を過ごしやすく整えて差し上げるのが我々のこれからの役目だな」

 

 扉が閉まる音と同時に体を起こした。何だか気になる話だったような気がして胸騒ぎがする。

 隣にはハナコ様がすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。床に描かれた魔法陣はほんのりと光り今だ聖なる力を送り続けている事がわかる。  

 視線を閉じられた扉の方へ向けて信じられない物が目に飛び込んできた。

 荒れ放題だった部屋はいつの間にか片付けられどこかから調達してきたのか簡素ながらテーブルとイスが置かれている。だが部屋の中が変わっていた事はそれだけではなかった。扉の前に黒く細長い鉄格子が床から天井まで貫かれこちらから扉へ近づけなくなっていた。ドクンっと胸が叩きつけられたように痛くなり呼吸が苦しくなる。

『聖女様に支えられて行く・・・・・・・』さっき聞いた会話を思い出す。『この部屋を出来るだけ過ごしやすく……』

 そんな、まさか…まさかまさか!

 私は慌てて立ち上がると鉄格子を両手で掴んだ。

 

「誰か!!誰か来て!」

 

 ビクともしない鉄格子を力いっぱい揺さぶって叫んでみても誰も返事をしてくれない。

 

「エレオノーラ、どうしたの?お腹すいたの?」

 

 ハナコ様が私の叫び声で目を覚ます。私はすぐにお傍に行くと手を握る。

 

「ハナコ様、落ち着いて聞いて下さい。早くここから出ばければいけません」

 

「どうして?ここにいなきゃまだ『黒霧』が出てくるんでしょう?」

 

 小首を傾げて不思議そうな顔をする。崩れかけた石の扉はまだ修復されずそのままの状態だ。隙間から覗く『黒霧』が不気味に揺らいでこちら見ている気がする。

 

「だけど見て下さい、私達はここに閉じ込められています」

 

 鉄格子の方に顔を向けるとハナコ様も同じ様に顔を向け一瞬訳がわかららず固まったようだった。

 

「どうして、こんな……だってさっきまでこんなの無かった」

 

「きっと魔術で作ったんだと思います。これだけ部屋がきれいに片付けられているのに私も気づきませんでしたから」

 

 もしかしたらさっき食べた食事に何か入っていたのかもしれない。ハナコ様は少しずつ状況が把握出来だしたのか顔色を悪くした。

 

「でも、でも、何かの間違いか、勘違いで、だって魔術でこれを作ったんだとしたら、ここにいる魔術師はグウェイン様とか、オーガスト様とかで……」

 

 話をしていると鉄格子向こうの扉が開きグウェイン様が入って来た。

 

「目が覚めたか」

 

「グウェイン様!」

 

 立ち上がると鉄格子まで駆け寄ると両手で格子を掴んだ。

 

「これはどういう事ですか!?」

 

 変わらない美しいかんばせは疲労の色が濃く、青藍の瞳はまるで光りが消えたように暗い。

 

「なんのことだ?」

 

 冷静な感情がこもらない声を聞いて体が震える。鉄格子に阻まれここから出る事が出来ない私を見ても何も感じていないように見える。グウェイン様の冷たい態度に言葉を失っていると、扉からまた誰か入って来た。

 

「お食事をお持ちしました、聖女様」

 

 大隊長が部下に食事を載せたワゴンを運ばせ私の前まで来ると、グウェイン様が鉄格子の一部を一瞬消すとワゴンだけを中へ押し込みまた鉄格子を元に戻した。

 

「お前の望みを叶えてやるエレオノーラ、聖女様のお世話を存分にするがいい」

 

 ニヤつく大隊長は私にそう言うとハナコ様を見てわざとらしい礼を取った。

 

「聖女様、この大陸を救って頂き有り難うございます。これからも大陸の為にここで・・・聖なる力を存分に発揮して下さい」

 

 大隊長の言葉が聞こえているはずのグウェイン様は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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