第73話 聖女は神殿へ2
私達が無事だったことを口では歓迎しているように言っている大隊長が早速ハナコ様を石段の上に行くよう促す。
「騎士達はここに残れ、万が一魔物や邪魔をする者が現れてもこの扉の向こうへは行かせるな」
グウェイン様の言葉に残っていた数名の騎士は従ったが大隊長だけは同行を申し出てきた。
「私には聖女様を無事に送り届け『黒霧』を封印した事を見届け王へ報告する義務があります」
「この先は魔術師だけの方が都合がいいのだがな」
ついてくるという大隊長に明らかにウザそうな目を向けるグウェイン様。
「であるならばスタリオン姉弟も同行しない方がいいのでは?」
大隊長が含みを持った言い方をするとグウェイン様がニヤリと口の端をあげる。
「では其方がハナコ様の面倒を見ると?我々魔術師はこの先は忙しくなる、エレオノーラとはぐれてからここに来るまでの様子を知っているのだから世話係が必要なのはわかっているだろう」
その言葉に大隊長の眉間のしわが深くなる。ハナコ様を見るとテヘッと舌を出しているが一体何があったのだろう。
「ですが、私も同行致します」
私とエドガールを排除することは諦めたが大隊長としても引けないらしい。
「好きにしろ」
グウェイン様何かを諦めたのか扉の前に向かった。
石段を上がるとすぐに大きな扉があり全面に円形の模様、恐らく魔法陣が描かれている。
「これを封印するのですか?開いている様子はありませんけど」
ハナコ様が小首を傾げグウェイン様に問う。グウェイン様はそれに返答をしないまま魔法陣に手を伸ばすと触れたところからギュンと光りが伸びていき扉の全体に行き渡ると一際眩しく輝き広間にガコンと何かが外れるような音が響くと扉が少し開いた。
「開いた!」
「開けたのだ」
ハナコ様に冷静に言い放つとそっと扉を大きく押し開いた。
一瞬もわっとした空気がこちらへ漂って来た。生臭いようなすえた匂いが微風と共に扉の中で渦巻いている感じだ。
グウェイン様が警戒し、大隊長と共に先に中へ入って行く。オーガスト様やダンテ様も続きジェラルド様はハナコ様の隣についた。
「この中が封印の間のようだね」
エドガールが私の後ろから顔を出し薄暗い部屋の中を覗き込む。部屋は城の大会議室ぐらいの広さで正面は暗くてどうなっているのかわからない。ただわからないながらも不気味で近寄りがたい雰囲気だ。
ひと通り見回ったのかグウェイン様が手を振り魔術を使ったのか部屋が明るく照らされた。
「キャー!」
明るくなった部屋を見てハナコ様が悲鳴をあげた。部屋の正面には不気味な石で出来た崩れかけた扉のような物がありそこからもうもうと『黒霧』が吹き出していた。そこだけが別空間のようで私も驚いて声をあげそうになったが何とか堪えるとハナコ様と繋いでいる手に力を込めた。
「落ち着いて下さい。アレはこちらへは流れて来ないようです」
グウェイン様や大隊長が動揺していないところを見ると、この部屋の中はまだ安全なようだ。
『黒霧』は部屋の天井へ向かって上っている。恐らくどこか外へ通じる隙間があるのかどんどん流れ出ているようだ。
それを見ていると恐怖心が込み上げ、目をそらせて入って行くと正面の不気味さと反対に部屋の中は古びて汚れが目立つものの普通に人が住める感じになっていたことがわかった。壁には本棚もあり埃をかぶっているもののテーブルやイス、天蓋付きのベッドまである。
「ここに誰か住んでいたんですね」
ハナコ様が本棚へ向かおうとしたが私は手を引き止めた。
「汚れてしまいますし、古い棚が崩れては危険ですわ」
そう言うとこっくり頷き戻って来た。グウェイン様もそばへやって来ると一度扉の前まで皆で下がった。
「オーガスト」
「はっ」
部屋の中央を広く開けグウェイン様が濃い魔力を練り始めた。オーガスト様が懐から紙を取り出しそれをヒラリと前へ飛ばすとそこへ魔力を注ぐように送り込む。すると魔力で紙が床にピタリと押し付けられるように張り付き、さらに一気に床に複雑な光りが走りやがて円形に外側を囲うと光は消えた。だが床には黒く細い線が残り見事な魔法陣が不気味な崩れかけの扉の前に出来上がっていた。
「流石オーガスト様、一瞬であのような複雑な魔法陣を完成させるとは」
ジェラルド様が感嘆の声をあげる。
オーガスト様が一歩下がると次はグウェイン様が魔法陣に近づいた。
「少し時間がかかるだろうが邪魔はするな」
そう言うなり靴先で魔法陣に触れ魔力をそこへ送り込む。それはまるでハナコ様を召喚した時のように見た目には進行具合はよくわからないが足元の魔法陣に触れた場所から外側の線をなぞるように光りが伸びていく。
それを見た私はハナコ様をエドガールに任せると広間へ戻り騎士達の持つ荷物から水筒を取り出した。残念ながらストローは無いが術が完成した後すぐに水を飲んで頂けるようにしたかった。
ハナコ様の分も水筒を持ち込み再び封印の間に入ると何故かそこには『黒霧』が充満していて天井から床へ向けて重厚な闇がゆっくりと落ちて来ているようだった。
「ハナコ様!」
慌ててお傍へ行くと皆が体を低い位置に構え床に手をつくようにして『黒霧』とグウェイン様を見ていた。
「グウェイン様の術が進むに連れ『黒霧』があの石の扉の向こうから出てくる勢いが増したんだ」
エドガールがハナコ様の手を握り膝をついていつでも連れて部屋から飛び出せるような態勢でいる。
「外で待っていたほうがいいのではないですか?」
近くにいたオーガスト様が首を横にふる。
「いつ完成するかわからないし、完成後はすぐにハナコ様のお力が必要のはずだ」
ハナコ様の怯えた様子に大隊長がさり気なく出口を塞ぐように場所を移動する。逃げ出さないようにしているつもりなのだろう。大変ムカつくが今は気にしている場合ではない。
グウェイン様の頭はすっぽりと『黒霧』の中に入って表情はわからない。だが魔法陣を見ていると細かい線を光りが素早く走って行く様子で順調であることがわかる。召喚の魔術より目に見えて進む光りに若干の安心感がある。
「こんなに長い時間魔力を出し続けるなんてグウェイン様は本当に凄すぎます。私は結局魔石に少しずつしか魔力を込められないままなのに」
ハナコ様はずっと努力なさっていたがここに来てまだ上手く魔力を操ることは出来ていない。
このままで本当に大丈夫なのだろうか……
心配になってきてオーガスト様に聞いて見ようかと思った時、突然『黒霧』が溢れて来ている石の扉がゴトッという音と共に傾き、より多くの『黒霧』が流れ出ると同時にそこから黒い四足の魔物が飛び出して来た。
「構えろ!!」
「キャーッ!!」
一直線にハナコ様へ向かって来る魔物にダンテが素早く炎の魔術で攻撃した。オーガスト様もハナコ様を背に庇うとダンテ様が攻撃した魔物の姿をじっと見る。魔物は火炎攻撃を受け一瞬持ちこたえた様に見えたがすぐに霧散した。それは本物の魔物ではなく『黒霧』で作られた物のようだ。
「まだだ!」
ジェラルド様の叫ぶ声に今度はオーガスト様が風の魔術で攻撃したが何故かそれは魔物をすり抜け全くダメージを与えられない。
「風はきかん!火炎攻撃だ!」
そこからは次々と飛び出てくる魔物に三人の魔術師が攻撃を加えていた。グウェイン様はまるでそれに気づいていないかのように一心に術を進めていて、魔物がグウェイン様に近づかないようダンテ様が必死に護っていた。魔物の多くはハナコ様の方へ攻撃を仕掛けてきている事は明白で、聖なる力を感じ、それを排除しようと『黒霧』が攻撃を仕掛けてきているように思える。
「クソっ、術はまだか!?」
大隊長がハナコ様の傍で剣を振るい『黒霧』の魔物を排除しようとしているが無駄だった。
「もう少しだ!踏ん張れ!!」
オーガスト様の叫びに反応するように石の扉から悍しいほどの『黒霧』が吹き出すと今度はそれが竜巻のように渦を巻き部屋の中に吹き荒れた。部屋中の物を巻きあげイスやテーブルが壁にぶち当たり破片が飛び散る。このままではハナコ様に害が及ぶ。
「オーガスト様、一旦ハナコ様を外へ出しましょう!」
エドガールが叫びハナコ様の手を取ったが大隊長がそれを阻む。
「行かせん!」
「しかしここハナコ様何かあっては元も子もありません!」
「ここで逃げ出されては何の為に召喚したかわからんではないか!」
その言葉にハナコ様の体がビクリとこわばった。
「そんな言い方はあんまりです!貴方はハナコ様を護る為にここにいるのでしょう!だったらもっと役に立ちなさいよ!」
戦力になっていないばかりかハナコ様を護ることも出来ないクセに偉そうな!
「何を生意気な!」
大隊長が私を睨みつけ剣を振り上げた。それを見たエドガールが体当たりをして大隊長を押し倒した。
「行け!姉さん!」
私はすぐにハナコ様の手を引き出口へ向かったが扉にたどり着く前にエドガールが大隊長に蹴り上げられ吹き飛ばされた。
「エドガール!!」
ハナコ様が私の手を振り払いエドガールへ駆け寄ろうとしたが、すぐに大隊長に捕まった。
「離して!」
私は大隊長の腕にしがみつきハナコ様を逃がそうとしたが反対の手で打ち払われた。エドガールの側へ飛ばされ、何とか体を起こすと弟を背に大隊長を睨む。大隊長はハナコ様を掴んだまま乱暴に引きずりながら私に近づき剣を向けてきた。
大隊長ごしにチラリと視線を部屋の中へ向けたがオーガスト様達は竜巻を攻撃するのに手を取られこちらを見ていない。
「残念だったな、公爵の威光も『黒霧』で届かんようだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます