第72話 聖女は神殿へ1

 エレオノーラが居ない今、ハナコ様の行動には細心の注意が必要なようだが、その役目は私では無いだろう。ジェラルドにハナコ様から目を離さないように命じ私のすぐ後ろにつくよう隊列を組んだ。先頭にダンテとオーガスト、しんがりは大隊長だ。

 

 恐らく魔術師が造ったであろう神殿の中を慎重に進む。壁の中へ入ってからは魔物の気配は無いものの、時折壁や床に魔力の痕跡を感じ、某かの仕掛けがある事がわかる。魔術師ならば関知することが出来るようにしていることを鑑みれば対魔物用であることは確かだが、危機回避の為に設置してあるだけあってわかりやすい場所に仕掛けのスイッチがある事がハナコ様を連れている我々には危険この上ない。

 

「ハナコ様、触れてはいけませんよ」

 

 ジェラルドが何度かこのような発言をしているということはハナコ様が何度か試そうとしていたということだ。

 

「すみません、私いつもスイッチとかレバーとか触りたくなっちゃうんです」

 

 もじもじとしながら両手を胸の前で握りしめるハナコ様の目は通り過ぎる仕掛けのスイッチに釘付けだ。

 魔力を操作する訓練を真面目に行っていたせいで失念していたが召喚初日にバルコニーから転落しかけ、いつの間にか部屋から逃げ出し行方不明になっていたことを思い出した。元々落ち着きのない少女だったのだ、気をつけなければ。

 ひとまず魔物から逃れた事もあり今夜はここで過ごすことにした。

 

 

「どこまで行けばいいんでしょうか?」

 

 翌朝から再び進んでいると騎士の一人が不安そうにボソリとこぼす。魔術具で灯りをともしているおかげで暗闇ではないが我々がいるところ以外は視界が通らない静かで不気味な場所だから無理はない。

 壁の中に入った所は少し狭かったが道を進み、いくつか曲がり角を過ぎるころには道幅は大人二人が余裕をもってすれ違える程度には広くなっていった。感覚的には緩やかな上りのようで、天井もそれなりに高さがあり圧迫感はないが、それでも数時間も進むと精神的に疲労を感じる。

 

「小休止だ」

 

 無論ハナコ様は道の真ん中で毛布を敷いた所に休ませ壁には近づかせない。ハナコ様も背後から大隊長の鋭い視線を感じたのか大人しく座りポケットから魔石を取り出すと魔力を込めだした。何か作業をさせている方が良さそうだ。

 少し進むと道が別れているようでダンテが騎士を連れて様子を見にいった。大隊長はハナコ様の傍らで立ちながら警戒を緩めず腰に帯びている剣の柄頭をしきりに握っている。平静に見えてもコイツも緊張が高まっているのだろう。

 

 様子を見に行っていたダンテ達が戻ってきた。

 

「グウェイン様、この先の道ですが右は先が曲がりくねっており少し進んでみましたが道幅が段々と狭くなっていることが何となく気がかりです。左は少し進んだところで曲がり角はありますがこれまで来た道と変わらない感じです。先がどうなってるかはどちらも不明ですがどうしますか?」

 

 大隊長も含めて思案していた。右の道が狭くなるという事は警備上もハナコ様的にも確かに気になるが……

 

「当然左でしょう」

 

 大隊長がさもありなんという感じで意志を示す。

 

「右の道は恐らくどこか他の場所から神殿の中心部へ向かう為の道でしょう。我々がここへ来た道も段々と広くなっていった。ということは当然その道もここへ来て広がってきたということでしょう」

 

「確かに一理ありますがそんな簡単な事なんでしょうか?」

 

 直接見てきたダンテが何かを気にしているようだったが大隊長はハナコ様を立たせるとさっさと歩き始めた。

 私としてはどちらも決定打に欠ける感じだったので直に見てから進む方向を決めようと思っていた。

 二又に分かれた場所まで来ると皆がそれぞれ左右を目を凝らして見えるはずもない暗闇を見ていた。

 

「やはりこちらでしょう」

 

 大隊長が左に進みかけ騎士たちもそれに倣おうとした瞬間、ハナコ様が突如右の道に身を乗り出した。

 

「呼んでる……」

 

 マズイ!

 

「ダンテ止めろ!!」

 

 ハナコ様の隣に立っていたダンテに叫んだが遅かった。ハナコ様は脱兎の如く駆け出しあっという間に見えなくなった。

 

「ハナコ様お待ち下さい!!」

 

 焦ったダンテが灯りを手に後を追う。続いて私も走って行ったが道はすぐにせばまり並んでは進めない。

 

「クソっ!」

 

 ダンテがもどかしそうに溢すが曲がりくねった道は進みづらく思うように行かない。我々よりも体が小さいハナコ様の方が小回りがきいているのか全く姿が見えない。

 

「ハナコ様!お待ち下さい!」

 

 何度か叫びながらどんどん迫る壁に不安を感じながら進む。このままハナコ様しか通れないほど細い道になっていれば万事休すだ。体を斜めにしつつさらに進んで行くと突如拓けた場所に出た。

 

「なんだここは……」

 

 高い天井、飾り柱が並ぶ壁、磨かれた床、正面には石段の上に重厚な扉がありそこには封印の魔法陣に似た物が描かれてあった。どこかに魔術具が設置されているのか全体が明るい。

 

「ここが……封印の間ですか……」

 

 後から追ってきていたのかこの広間に辿り着いた大隊長が目を見張り首を巡らせている。後ろから次々と騎士達もやって来ると嘆声をもらし、オーガストやジェラルドも同様だった。

 

「あっ!?ハナコ様!」

 

 ダンテは素早く気を取り直したのか叫ぶと同時に封印の扉が設置されている場所の脇に向かって走り出した。それを追いかけながら目をやるとハナコ様が飾り柱の土台によじ登っているところだった。更にタイルが貼られた壁の一部が剥がれ落ちた所にポッカリと空いた穴に入り込もうとしていた。

 

「何をしているんです!!」

 

 すんでの所で飛び上がり穴に入り込むハナコ様の足を掴んだダンテがそのまま引きずり下ろす。

 

「離して下さい!この先にエレオノーラが……」

 

「ハナコ様!?」

 

 ハナコ様が入り込もうとしていた穴からひょっこりエレオノーラが顔を出した。なんという嗅覚だ、これが聖女の力なのか?

 

「エレオノーラ!」

 

 ダンテの手を振り払うとハナコ様がエレオノーラに手を伸ばす。

 

「良かった、やっと会えた!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねエレオノーラの手を握って喜ぶハナコ様。

 

「ご無事で良かったです」

 

 破顔するエレオノーラを見て心の底から安堵した。

 

 

 

 

 

「姉さん、早くそこを退いて」

 

 エドガールが後ろからもどかしそうな声をあげて私の背中を押してくる。

 

「待ってよ、いま下りるから」

 

 腰を屈めながら進んできた狭い道から突如拓けた場所に出たが床までは少し高さがある。

 

「手をかせ」

 

 ハナコ様と再会を喜んだあとすぐにお傍に行こうとしたが飛び降りるのを躊躇しているとグウェイン様が手を差し出してくれた。

 胸がドキッとする。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 相変わらずの美しいかんばせに少し疲労の色が見える。足を先に垂らせるように出した後、グウェイン様の手を取ろうとするとそのまま引きつけられ抱きしめられる。

 

「くふ、ラブラブぅ〜」

 

 ハナコ様がニンマリと見ていて中々恥ずかしい。エドガールがすぐに飛び降りて来てゴホンと咳払いをし私を解放することを促す。

 

「うるさい奴だ。お前もそこで再会を喜んでいろ」

 

 そう言ってハナコ様を見やった。その視線に気づいたハナコ様がポッと頬を赤らめる。

 相変わらず可愛いですね。

 グウェイン様から体を離すとハナコ様の傍へ行きエドガールと一緒に抱きしめた。

 

「またお会いできて良かったです、ね?エドガール」

 

 直ぐそばにある弟の顔も頬が熱々そうだ。

 

「封印に間に合って良かったです」

 

 エドガールの言葉に頷くとハナコ様と手を繋ぎグウェイン様の前まで行った。

 

「その手を離すなよ、お前が居ない間にえらい目にあった」

 

 うんざりしているのはグウェイン様だけでは無さそうだ。ダンテ様も頷いているし後から来たオーガスト様とジェラルド様も私の無事を喜ぶ様がちょっと違う感じだ。

 私達が辿り着いた場所はどうやら神殿の中枢にあたる封印の間の前室のような所だ。壁にあいた穴から出て来た私とエドガールを連れて石段の前まで行くと大隊長と人数が減ってしまっている騎士達が驚いた顔で迎えてくれた。

 

「これは……よく無事だったな。どうやってここまで来たんだ?」

 

 喜んでくれているかどうかは気にしない事にする。

 

 

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