第71話 聖女を追いかける2

 やっと『黒霧』から脱出し、急いで離れた場所まで移動した。

 枯れた林を通り抜け振り返ると遠目に見た『黒霧』は、べっとりとした厚みのある泥のようになだらかな坂を下って行く。あの中にさっきまで居たなんて信じられない。よく無事にここまで来れたものだ。

 

 しばらくぶりの陽光は既に傾き遠い地の果てに沈んでいく。ようやく少しは気を抜ける所に来たせいか忘れていた寒さを思い出し疲れた体が冷えてきた。『黒霧』は無いが当たり前に薄暗くなり気温は下がる。どうにか岩場の影を探し枯れ木を集めて火をおこして夜をしのぐことにした。

 エドガールが懐から固いパンのような非常食を取り出し二人で分けた。鍋は無いため温かい物は用意出来ないが水で流し込み空腹に堪える。

 交代で火の番をしながら仮眠を取り朝日が上り始めるとすぐに出発しなければ封印の時に間に合わない。あの方々のお傍にいなければ。

 

 

 

 

 

 用心はしていたがやはり恐れていた事が現実のものとなった。

 濃厚な『黒霧』に巻き込まれるとすぐにハナコ様の手を取った。

 

「「エレオノーラ!」」

 

 次いでエレオノーラの姿を探った手は空をかき、そのまま大隊長に押されるように『黒霧』からの脱出を急いだ。声を掛け合いオーガストや他の者達と必死に足を進め何とかお互いの姿が確認できるところまで来るとハナコ様が私の手を振り払おうとする。

 

「グウェイン様!エレオノーラがいません、エドガールも!早く戻って探さないと」

 

「いけません、聖女様。貴方はこのまま神殿を目指して頂きます」

 

 間髪を入れず大隊長がハナコ様を止める。

 

「大隊長!騎士が二名所在不明です」

 

 駆けつけた騎士から報告があがった。『黒霧』の中で方向を見失ったのか、魔物に殺られたのか、騎士とスタリオン姉弟が所在不明となっていた。幸いオーガスト達は無事だ。もちろん彼らにはハナコ様の魔石と方向を確かめる魔術具があるから心配はしていなかった。念の為エドガールにも持たせていて正解だった。どう考えても大隊長がなにかしたに違いないが今はそれを問い正している時間がない。

 

「居なくなったものを探す時間は無い。このまま我々だけで進む」

 

 私の言葉にハナコ様が泣き出しそうな顔をする。

 

「嫌です、私はエレオノーラとエドガールを探しに行きます!」

 

 来た道を戻ろうとするハナコ様前に大隊長が立ちはだかる。それを睨みつけるハナコ様を宥めようとジェラルドが近づいて来た。

 

「ハナコ様、エレオノーラはきっと大丈夫です」

 

「ジェラルド様!あんなに真っ黒い霧の中に取り残されて大丈夫なわけないじゃないですか!」

 

「ですが、今はハナコ様が神殿へ向かうことが最優先です。それがエレオノーラの願いでもあるのですよ」

 

『黒霧』を封印する事は当然、侍女の命よりも優先される。ここにいる全ての者がその事を理解しているがハナコ様には納得出来ない事のようだ。私とて心の内は冷静とは言えない。

 

「そんな……酷い、居なくなったのがリゼットでもそんな態度が出来るんですか!?」

 

 言ってしまった瞬間にハナコ様はハッとして口ごもった。ジェラルドを傷つけるようにわざと言った言葉であった事は明白だ。もちろんハナコ様も取り残されたのがリゼットだったとしてもこの様に心配しただろう。

 

「もし……リゼットだったとしても、私はハナコ様は神殿へ行くべきだと進言致しますよ。エレオノーラだから置いておくよう言ったわけではありません」

 

 ジェラルドが痛みに耐えるように答えた。

 

「ごめん……なさい……でも、私はエレオノーラが心配で」

 

 肩を震わせ俯くハナコ様へ大隊長が冷静な声で言う。

 

「聖女様、ここから神殿まではそう遠くありません。あるいは神殿で『黒霧』を封印する方がエレオノーラを助ける近道かもしれません」

 

 もちろんこじつけであろうがハナコ様を神殿へ向かわせる為には稚拙だが効果的だろう。

 

「わ……わかりました……」

 

 消え入りそうな小さな声で答えるとハナコ様は神殿があるであろう山の中腹へ向かってとぼとぼと歩き始めた。

 

 

 もはや数名しか残っていない騎士と共に警戒しながら目指す神殿は情報によると洞窟の奥深くにあるという。『黒霧』が流れ出る場所の他に幾つかの隠し通路のような物があるとされ、崩れていなければ上手く封印の間に比較的安全に近づけるはずだ。

 

『黒霧』を回り込むように進んでいたが地形の状態によっては近づかなくては進めない所もあった。『黒霧』の近くは魔物が現れやすいと心配していると後方から咆哮と共に駆け上がってくる黒い影が見えた。

 

「ウォーウルフだ!!」

 

 元々黒い毛並みの大型の魔物だが『黒霧』により不気味に姿を変えられ更に凶暴化していた。三頭で真っ直ぐ向かって来たかと思っていると直前で散開し三方向から攻撃を仕掛けてくる。

 

「オーガスト!右だ」

 

 私は正面から突っ込んでくる一際大きな個体に火炎を撃ち込むと右をオーガストに任せ左を見やると大隊長が騎士と連携し一頭を打ち倒していた。

 

「前方からも来ます!」

 

 すぐに山頂方向からも数種類の魔物が現れハナコ様の手を再び掴む。

 

「ここに留まってはすぐに囲まれてしまうだろう。このまま行くぞ」

 

 魔物を牽制しつつ魔術具で方向を確かめると移動を開始した。

 資料によるとそろそろ近づいているはずだが魔物の追跡が激しくじっくりと探る余裕がない。日も落ちかけこのまま夜を迎えては危険度が増すばかりだ。どこか身を隠すところが無いかと進んでいると巨大な岩壁に突き当った。いつの間にか逃げ場がない所へ追い込まれていたらしい。神殿探しに気を取られていたとはいえ油断したか。

 岩壁の前まで行くとハナコ様を背にし、護る為に騎士と大隊長が前を固める。

 

「グウェイン様、このままでは殺られます」

 

 私はダンテの言葉に舌打ちをする。もちろんここを打破するなど私には容易い。だが後の事を考えると魔力を温存しておきたかったのだか、仕方ない。そう思ってゆらりと魔力を練り始めた時。

 

「うわぁ、わわわわわぁ〜!」

 

 岩壁の側で立っていただけのはずのハナコ様が突然おかしな悲鳴を上げた。振り返るとハナコ様が岩壁へ吸い込まれ消えていくところだった。空中を掻くように腕を振り回し暗闇へと消えたハナコ様。

 

「どうなってる!?オーガスト!」

 

 すぐに二人で駆けつけ岩壁を探ったが硬い岩壁があるばかりだった。だがよくよく探ると地面と壁の接地するところに僅かに魔力の痕跡を見つけた。恐らく何かの魔術具だろう。そこへ魔力を送るとハナコ様が岩壁から転がり出て来た。

 

「ほぁっ!たったったっ、はぁ!?外?外に出れたんですか!?なんか暗くてよくわからなかったけど広い廊下みたいなとこで、怖かったぁ〜」

 

 起き上がったハナコ様の腕を掴むと振り返り叫んだ。

 

「中へ入る!早く来い!」

 

 騎士達も呼び寄せ魔物達が襲いかかる寸前に再び魔力で仕掛けを開放し未知の岩壁の中へ入って行った。

 

 念の為魔物が入り込まないか身構えていたがその気配は無かった。岩壁の中はひんやりとした空気で少しカビ臭く、まるで禁書部屋のようだった。あそこもエレオノーラが掃除するまでは少しカビ臭かった事を思い出す。

 ふと彼女の感触が蘇り拳を握りしめる。自分で置いて進むと決めたが納得は出来ていない。エドガールがなんとかしてくれているはずだ、そう信じて進むしかない。

 

 ジェラルドが火の魔術で灯りをともすと辺りを見渡した。岩壁の中は魔術で削り出したような整然とした通路のような場所で何も無い真っ直ぐな道が奥まで続いていた。

 

「まさかここ……」

 

 ダンテの言葉に皆の頭の中には当然のように同じ答えが浮かんでいただろう。

 

「どうやら神殿に入り込めたようだな」

 

「えぇー!!ここ神殿なんですかぁー!?」

 

 皆が同じ答えにたどり着くわけではないようだ。ハナコ様は驚いた顔でペタペタと壁を叩いている。

 

「あれ、これなんですか?」

 

 振り返るとハナコ様はどんな仕掛けがあるかもわからない壁の中に手を突っ込み何かを引っ張り出した。

 

「何してる!?手を離せ!」

 

 驚いて叫ぶとハナコ様が握っていた何かを離したがその途端壁の中でガコンと音がし我々が立っている場所のすぐ横で床が抜け落ち騎士の一人が危うく転落しそうになった。

 

「危なかった……恐らく魔物避けでしょう。下に落ちれば串刺しのようですね」

 

 大隊長が穴の中を覗き込みひんやりした目をハナコ様へ向けた。

 

「すみません、もうしません」

 

 ハナコ様は俯くと大隊長の視線から逃れるために私の後ろに隠れた。

 エレオノーラがいればこんな突飛な行動を止めてくれたはずだ。それともコレも可愛いと微笑むのだろうか?私には理解不能だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る