第70話 聖女を追いかける1

 小さな魔石からは頼りない小さな光りしか得られないが何故だか大きな安心感を与えてくれる。指で突きながら眺めているとエドガールが自慢気な顔をした。

 

「これはハナコ様の聖なる力が込められた魔石だよ」

 

 そう聞かされやっぱりという思いがする。ハナコ様が訓練の初めに聖なる力を込めて出来た魔石。ほんのりと温かみのある光が気持ちを落ち着かせてくれる。グウェイン様がそれをエドガールにこっそりと渡し密かに指令を出していた。

 

「もし姉さんが山中ではぐれたら聖なる力の魔石とコレで探すよう仰られたんだ」

 

 そう言って蒼い石がついた指輪を見せてくれた。

 

「これは?」

 

「姉さんがつけているサファイアのネックレスがあるだろ?それにはグウェイン様の魔力で外せないように魔術が施されている。つまりそれにはグウェイン様の魔力が残っていて、この魔術具の指輪でその魔力の痕跡を辿れるんだ」

 

 その指輪からは細い光りが糸のように出ていてそれは真っ直ぐに私がつけているネックレスを指していた。

 まさかの超高級サファイアが居場所を特定するための魔術具とかしていたのか。ちょっとショック……助かったけど。

 

 いつまでもここで座り込んでいる訳にもいかずゆっくりと立ち上がった。

 

「これって大隊長の仕業なのかな?」

 

 エドガールと手を繋ぎ寄り添いながら慎重に歩く。小さな光にぼんやりと見えるお互いの顔を確認しながらでないと心細くて進めない。

 

「ハッキリと見たわけじゃないから断言は出来ない。だけど怪しいのは確かだからね、この落とし前はグウェイン様的にもそうだろうけど、スタリオン家としてもいずれつけさせてもらう」

 

 ギリッと奥歯を噛みしめるエドガールの目がギラッと光る。

 あらら、怒ってる怒ってる。そりゃそうだ、私だってエドガールがこんな目に合わせられたと知ったら絶対に許さない。だけど……

 

「『黒霧』が無事に解決すれば私は別にいいけどね」

 

 個人的にはもちろん大変な目にあってしまったが、国の為、大陸の為と言われれば何となく許さなければいけない気がする。大隊長は彼なりのやり方で『黒霧』を退けようとしてるのだろう。

 

「オレは父さん似だからね、姉さんほど心が広くないんだ」

 

 弟の成長が著しくて大変驚く。いつのまにこんなに黒い顔が出来るようになったのやら。

 とにかくこの件は『黒霧』が無事に封印出来た後の話だ。今は急ぎグウェイン様とハナコ様の所へ行かなければ。

 

 

『黒霧』の中を延々と歩いていた。自分の足元はもちろん、聖なる力が込められた魔石があるとはいえ油断すればすぐ隣にいるエドガールの顔さえも霞む闇の中すり足で地面を探りながら少しずつ進む。

 エドガールは魔術具で方向がわかっているらしく、時々それを取り出し確認している。もし今、魔物に襲われればひとたまりもないだろう。片手は私と繋ぎ、反対の手には剣を握りしめ、暗闇と魔物という恐怖にさらされながらお互いに励ましあう。

 

「ハナコ様は大丈夫かしら?」

 

「もちろんだよ、グウェイン様や他の方々がお護りしているはずだからね」

 

 口では心配ない感じを装いながらなんだかもどかしそうだ。ホントなら自分が傍にいたいという思いを押し殺して言っているのだろう。

 

「エドガールって、ハナコ様とどうなの?」

 

「なっ……なんだよ!突然……」

 

 暗くたって顔が赤いのはわかるわよん。機会があれば傍にいて仲良くおしゃべりしている姿はお似合いだと思うけど。

 

「ハナコ様はあなたに何か言ってる?先の事とか」

 

 もしハナコ様と将来の約束を交わしているなら『黒霧』を封印した後、色々大変な事になる。ハナコ様は王族と同等扱いになるがエドガールは無爵位の下っ端文官という地位だ。どう見ても格差があり過ぎてどうにもならない。

 

「別にそんな話は出てないさ。オレとハナコ様じゃ釣り合わない……」

 

 やっぱりエドガールもそう思っているようだ。唇を引き結びグッと何かを堪えるような目をしている。

 

「姉さんこそ、どうするんだよ。その……グウェイン様と」

 

「……もちろん、同じくどうもしないわよ。どうにも出来ないし」

 

 姉弟共に不毛な方向に進んでいる気がする。どちらも身分差が越えられない相手だと思い知らされる。でもとにかく今は行かなければ、あの方々の元へ。

 

 

 足元が不確かな中をどれ程進んだだろうか。何となく、『黒霧』が薄れてきている気がし始めた。さっきまではぐっと近くまで体を寄せていなければ見えなかったエドガールの顔が普通に並んで歩いていてもボンヤリ見えている。

 

「きっともうすぐ『黒霧』を抜ける。姉さん頑張って」

 

 エドガールの方が気を張りつめて疲れているだろう。その中で私を気遣う弟がこれまた可愛過ぎる!

 

「『黒霧』を抜けたらどうするの?グウェイン様達はそもそも『黒霧』が出て来ている神殿に向かっているんでしょう?だったら結局『黒霧』の中に入らなければいけないんじゃないの?」

 

「まだハッキリとしないが神殿が完全に崩れていなければ『黒霧』が流れ出る方向を避けて中へ入る通路が幾つかあるはずなんだ。そこを現地で探る」

 

 他国から必死に集めた情報を精査した結果、神殿には抜け道が幾つかあり、それを利用して中へ入る予定だったらしい。父さんが情報屋で本当に良かった。

 

 段々と霧が晴れるように『黒霧』が薄まってきた。進行方向に明るい日差しを見つけホッとした。

 

「やっと抜けられそうね!」

 

 私は嬉しくてエドガールから手を離すと足を速めた。

 

「姉さん駄目だ!『黒霧』との境界は魔物が出やす……」

 

 エドガールが叫ぶと同時に目の前に二体のゴブリンが現れた。驚いて立ち止まり固まってしまう。

 ゴブリンは、正確にはゴブリンだったモノは全身が真っ黒に染め上げられた爛れて肩の部分は骨が見えている。腐臭を放つ二体から逃げようと後ろへ数歩下がると同時にそれらが勢いよくこちらへ向かって来た。

 

「姉さん逃げろ!」

 

 エドガールは私を横へ押し退け剣を振り下ろした。一体はかなり弱っていたのか一太刀でグズグズと崩れ去りべチャリとその場で黒い泥の塊のようになった。だがもう一体はそうはいかなかった。普通のゴブリンならきっとエドガールの敵ではなかっただろうが凶暴化したゴブリンはすきをついて攻撃してきた。腐った肉を撒き散らしながら振り下ろした腕をエドガールが剣で受け止める。

 

「クソッ!」

 

 受け止めた腕は勢いよく止められたせいか反動で腐肉の塊が地面に落ちる。それは黒々とした水溜りのようになり地面に吸い込まれた。きっとこのせいで土地が駄目になっていくのだろう。骨がむき出しになっているにも関わらずゴブリンはギシギシと骨を軋ませながら剣を受け止めたまま力で押してくる。

 

「姉さん!今のうちに」

 

「駄目よ、また離ればなれになる。そんなのは嫌!」

 

 私は持っていた短剣を鞘から抜くとゴブリンの背中に突き立てた。剣先はすぐに硬い骨に当たったのか弾き返され上手く刺さらない。だけど私が後ろから攻撃したせいでゴブリンが首を回してこちらを見た。

 ズル剥けた頬骨の上にある赤い目玉が私を見つめたかと思ったらゴポリと気持ちの悪い音を立てひしゃげて潰れ垂れ下がる。

 

「うぐっ……」

 

 こみ上げる吐き気を堪えきれず後ろへ下がると嘔吐した。ゴブリンが私に気を取られた瞬間にエドガールが身を躱し首を切り捨てた。

 

「姉さん大丈夫?」

 

 エドガールに支えられ急いで『黒霧』を抜けると差し出された水筒の水で口をすすぐ。倒したゴブリンから離れた所に来ても全身に腐臭が染み込んだようで匂いが取れない。息を吸うと体の中まで染み込みそうでまた気持ちが悪くなる。

 

「姉さん、聖なる力の魔石を握って」

 

 エドガールが急にそんな事を言い出し、自らも魔石を握り込む。不思議に思いながらも勧められるままにするとなんだか吸い込む空気が澄んだ気がして気持ち悪さも軽減されていく。

 

「これって……」

 

「ハナコ様のお力さ」

 

 誇らしげにエドガールが笑った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る