第69話 神殿へ向かう聖女4
焚き火を囲い暖を取る。
灯り代わりの幾つかの焚き火が辺りを照らしているが光りの届かない範囲は真っ暗で狭い空間に閉じ込められたような閉塞感がある。上を見てもどこが空かもわからない。今が昼なのか夜なのかもよく分からない感じがして漠然とした不安が湧き上がる。
「結界を張ってありますから安心して少しお休み下さい」
オーガスト様がハナコ様に毛布を手渡しながら私にも頷いて見せる。結界内は『黒霧』があまり入り込まずハナコ様は口元を覆っていたマスクを外すと簡易食を食べすぐまた魔石に聖なる力を込める訓練を始めた。
「もう少しでいっぱいになるはずだから、これをやり終えてから……」
ハナコ様が集中を途切れさせたくないのか姿勢を保ったまま言う。私とオーガスト様は仕方なく終わるまで少し傍で待っていた。
「はぁ……出来た。でも今日はまだ二つしか込められてない……」
屋敷で訓練しているときは一日に三つは大きな魔石に聖なる力を込めていたので少し残念そうだ。移動しながらの訓練なのでそこは仕方が無いだろう。
さぁ、今度こそ眠りましょうねとハナコ様を地面の乾いた所に寝かせて毛布で挟んだ。私もすぐ隣に寝転ぶと疲れた顔で微笑まれ目を閉じた。
「グウェイン様、少しお伺いしてもいいでしょうか?」
やっとハナコ様を休ませようとした時、少し離れた所にいたグウェイン様の所へ大隊長がやって来た。
「なんだ?」
グウェイン様はオーガスト様とまた何か書類を見ながらコソコソ話していたがそれを閉じると顔をあげた。
「聖女様の訓練の進行具合の事ですが、神殿に到着するまでに封印の魔法陣に聖なる力を込める事が出来るようになるのでしょうか?」
その言葉にハナコ様がパチリと目を開いた。
チッ、なんてタイミングで聞くのよ!
起き上がろうとするハナコ様を制し、私は黙って首を横に振った。
「ホレス伯爵は記憶力が悪いのか?訓練は念の為行っていると言ったであろう」
グウェイン様が鼻で笑いながら言う。
「それは訓練が達成出来なくとも『黒霧』を確実に封印出来るということで間違い無いですか?」
「その為に私がここにいる。それとも私が信用出来ないか?」
大隊長を威圧するように低い声がする。チラリと覗くと血も凍りそうな冷ややかな視線を大隊長へ向けている。それに耐えている大隊長ってかなりのやり手だと思う。
「まさか、グウェイン様を信用しないなどありえません。これまでキンデルシャーナ国に多大なる貢献をしてその名を大陸中に轟かせる稀代の魔術師ですから」
威圧を物ともせずわざとらしい礼を取り頭を垂れる大隊長。
「そうだ、稀代の
「申し訳ございません、そこまで言い切るお言葉を賜りたかったのです。私は大事な部下を失いここまで来ました。もしこれで失策に終われば国王陛下にも国民にも顔向け出来ません」
「気が済んだならさっさと下がれ、その方の小さい肝を慮るほど私は暇では無い」
大隊長はもう一度恭しく頭を垂れると引き下がる。振り返りざま私達の方を見た視線はゾクリとするほど冷たいものだった。ハナコ様が背中を向けていて助かった。
翌朝、と言っても目を開いた所で眩しい朝日が見えるわけではない。人が忙しなく動く気配で目が覚めたのだが、既に騎士達は出発の準備を始めていた。
薄暗い中で私はハナコ様を起こすと簡易食を召し上がっていただく。短時間しか眠れてないハナコ様の顔色は悪く、本来なら温かい湯で顔を洗って頂き身仕度をして差し上げたいがここではそうもいかない。申し訳なく思いなにか出来ることが無いかと考えていると地面の深い所から響くような音と振動を感じた。
「エレオノーラ、来い」
ピリッとした緊張感が広がりグウェイン様に呼ばれてハナコ様を連れて素早くお傍に向かう。結界は解かれマスクをすると全員で急いで移動を始めた。
グウェイン様がハナコ様と並んで歩き私はその少し後ろを歩く。気がつけば大隊長が私の直ぐ側にいた。ハナコ様をお護りするためだと思えば決して不自然な事ではないが、前にオーガスト様から私を排除しようとしていると聞いた事を思い出し不審感がつのる。
皆が無言で足を速めていたが音が段々近づいて来る。次の瞬間、左前方から闇が吹き出したかのようなモクモクとした黒煙の塊のような物が現れ隊を包み込んだ。これまでの『黒霧』と違い隣にいるはずのハナコ様の姿も闇に吸い込まれるように消えていきかけ慌ててその手を掴んだ。
「ハナコ様!」
「「エレオノーラ!!」」
グウェイン様とハナコ様の声が重なりぐいっと引き付けられる。この手を離しては見失ってしまうに違いないと必死に力を込めていたが闇に包まれた中、突然何か腕に衝撃を感じ繋がれていた手が離れてしまう。手探りで離れた手を探しながら焦って声をあげる。
「ハナコさ……」
叫ぼうとしたが頭から何かを被せられたような感触と共に突き飛ばされどちらが上か下かもわからないくらいぐるぐると体が投げ出される。
「『黒霧』だ!慌てるな!とにかく進行方向の右前方を目指せ!」
くぐもったようなオーガスト様の声が聞こえるが既に方向を見失っている私はどちらへ行けばいいかわからない。オマケに被せられそれから抜け出すのに時間がかかりそうこうしているうちに近くにあったはずの人の気配が消えてしまった。
「誰か……グウェイン様!ハナコ様!」
座り込んだまま叫んだが全く返事は聞こえない。自分の手元も見えない全くの闇の中で一人取り残されたことがわかるとゾクリとした寒気が背筋を上り全身が震えだす。
どうしよう、どっちへ行けばいいの……
震える足で必死に立ち上がったが暗闇に平行感覚も失われふらふらとしてしまう。頭がクラクラとし立っていられない。それでも覚束ない足を必死に進める。
もしかして私はもう死んだの!?
あまりに静かで耳が塞がれたような感覚がする。実はさっきの瞬間魔物に攻撃されて痛みを感じる事なく命を落としたのかも知れないという思いがこみ上げる。
ここは死後の世界なの?
グラリと体が傾いだ気がして急に顔に衝撃を受け痛みを感じて自分が倒れた事がわかり、口に広がる鉄の味に怪我をしたことよりまだ生きている事を確認する。
「うぅ……痛い……誰か、助けて……父さん、エドガール!どこにいるの!!」
心細さで涙が溢れ泣きながら叫んだ。
「姉さん!そこか!?」
突然優しい弟の声が聞こえバフッと抱きしめられたような感覚がして必死にその腕を掴んだ。
「エドガールなの!?」
「やっと見つけた……」
安堵した吐息が背中に感じられエドガールの存在を実感した。
しばらくは涙が止まらず震える私をエドガールもそのまま抱きしめ大丈夫だよと慰め続けてくれた。頼れる大人になったエドガールに少し寂しさを感じていたがこんなに頼りなる立派な弟が心の底から愛おしかった。
やっと涙が落ち着いた時、姿が見えないままのエドガールが私の前に回ってくるとほんのりとした光りが彼の顔を照らしていた。間近に迫らなければお互いの顔を確認出来ないほど小さな光りだが、それでも暗闇の中に取り残され心細かった胸に温かい気持ちが溢れ返る。
「姉さん、傷が……」
転んで出来た唇の傷を見たエドガールの顔が曇る。
「これくらい平気。エドガールは怪我してない?」
「オレは平気だよ、姉さんこそ他に痛い所ないの?」
パタパタと体を確認され私もエドガールの体を同じ様に触って確認する。
お互いに無事を確認してホッとするとエドガールがその小さな光りを二つに分けた。
「それなんなの?灯りの魔術具ではなさそうだし」
分けられた光は細い鎖につけられた小さな魔石だった。二つ首にかけていた内の一つを私の首にかける。
「これで弱い魔物は寄ってこないし、『黒霧』も少し避けられる」
そういえばエドガールの顔を『黒霧』の影響を受けずにハッキリと見ることが出来る。
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