第67話 神殿へ向かう聖女2
時間が経っても空が明るくなることはなく、砂嵐の中に巻き込まれたような視界が通らない状態に気持も沈んでいく。
魔術具により方向や位置の確認は出来るようだが、本当にこんな状態のなかでグウェイン様と合流出来るのか不安になって来ていた。
あの方は無事なんだろうか……
時間が経つに連れ口には出せないが胸が締め付けられるように息苦しさを感じる。
「きっともうすぐ来るよ。グウェイン様なら大丈夫」
ハナコ様が急に私の顔を覗き込むとニッコリと笑う。
私ってそんなに心配が顔に出てた!?
年長で気遣わなければいけないのはこちらの方なのに申し訳ない。
「はい、そうですね。グウェイン様がそんな簡単にやられるわけありませんから」
私も笑顔で答えた時、遠く馬のいななきが聞こえた気がした。聞こえた方の窓に顔を寄せると騎兵達がゆっくりと近づいて来る影に警戒して構えた。
「待たせたな」
『黒霧』の中から布で顔の半分を覆ったグウェイン様、オーガスト様、ジェラルド様が現れ、続いて大隊長と他の騎兵達も疲れた様子で合流した。
ダンテ様が素早く馬車から下りるとグウェイン様の元へ向かった。私もついて行きたかったがエドガールに止められた。きっと今後の打ち合わせをしているだろうから今は邪魔になってしまうということだろう。
窓から外で話し合う様子を見ていると、さっきの地図を広げ魔術具を手にどちらの方向へ行くかを確認しているようだった。
ここからは恐らく寒い中徒歩で進む事となる。騎士達が馬車から荷物を下ろし数頭の馬に積み込んでいく。彼らが白い息を吐く姿に気温が下がっていることを感じる。私はエドガールの席の下にハナコ様のコートが入っていた事を思い出し取り出すとそれを着せて差し上げた。エドガールと私の分も取り出したとこで馬車のドアが開けられた。
「少し場所を開けてくれ」
振り返るとグウェイン様がいてかなりお疲れのご様子だった。出発まで休憩なさるのかと思いエドガールとハナコ様が馬車を出たので私も続いて出ようとするとそのまま押し込まれグウェイン様が乗り込んできて後ろ手にドアを閉めた。ササッと窓のカーテンを閉じられ二人きりの空間が出来上がる。
「グウェイン様?」
驚いているとマスクを取るなりいきなり抱きしめられた。
「ふぅ~、疲れた……」
いやいや、お気持ちはわかりますけどこんな状況でこういう行為は如何なものかと思いますよ。
私は自分の頬が緩むのを棚にあげてグウェイン様の背中に手を回しポンポンとする。
「お疲れ様です。お水召し上がりますか?」
そのまま座るように促し閉じた座面に腰を下ろすと体を離そうとした。
「後だ、もう少しこのままがいい」
更に抱きしめる手に力が込められた。
もぅ……手がかかる人だなぁ……
「少しだけですよ、皆様が準備なさってお待ちになっていますから」
そう言うとグウェイン様は私の耳に口を近づけそっと囁く。
「この先はハナコ様の傍から片時も離れるな。誰が何を言おうと一緒に行動するんだ、いいな?」
いつになく真剣な声に首筋がゾクッとする。
「わ、わかりました。あの、何故か伺っても?」
「大隊長がお前を排除したがってる」
排除!?
「ハナコ様を神殿へ連れて行くのにお前がいては面倒が起こりそうだと懸念している」
「どうしてなんでしょう?私はハナコ様の為にこうやってここまで来ているのに」
グウェイン様はふっと嘆息する。
そんな事をそこでやられるとゾワゾワが止まらないです!
「
そんな事ありません、と言いかけて思わず口をつぐむ。確かに私はハナコ様があまりに負担になるなら封印出来なくても仕方ないと思っているし口にしたこともある。
「身に覚えがあるだろう?」
抱きしめていた手から力を抜くとグウェイン様が私に美しい自分の顔を魅せつけるように傾け距離を詰めてくる。
はわわわわっ、近い近い近い!
ここに二人きりで籠もっていることは全員が知っている事なのにコレは無理。
「わかりました!」
小声で叫びながら必死に体を後ろへ引こうとするが腰に回された手と後頭部を支えられた手によってあっさり引きつけられくちびるに柔らかく接してくる。
「私の目の届かない所へ行くな」
くちびる同士が微かに接したままそう言われ、間近に迫る青藍の双眸に捉えられた私はただ必死に返事をした。
「わかりました!わかりましたから離し……」
「わかればいい」
もちろんそのまま解放はされなかった。ここ数日、一緒に眠れなかったしこういう
「もう……駄目です……」
グウェイン様から離れようと体をよじるとまだヤリ足りないと拗ねたように口を尖らせ解放してくれた。
「少し休んだら出発する」
そう言ってダラリと背もたれに体を預けたグウェイン様を置いて逃げるように馬車から出た。本来なら赤いであろう頬を冷ましてから皆の前に出たかったがそんな事を考える余裕がなく出てしまい、違う意味で驚いた。
「寒い!!」
馬車の中でも少し感じていたがレスリー山脈の麓は思っていたより気温が低かった。さらに『黒霧』により日が遮られていて昼間だというのに気温は高くならず恐らくこれからも上がらない。きっと夜はもっと冷え込むだろう。
騎士達は休憩と見張りを交代で取り出発に備えている。ハナコ様とエドガールはダンテ様、ジェラルド様と一緒に焚き火にあたり暖をとりながら食事を取っていた。慌ててお傍に向かったがエドガールがハナコ様の世話をしてくれているようで寒い中寄り添い楽しそうだった。ほっこりしながらそこへ近づいていると大隊長にすれ違いざまにジロッと睨まれた気がした。
ここに来るまでに馬でかけ通し疲れているせいもあるだろうが、硬い表情の大隊長が少し怖く感じる。
「どうしたの?姉さん」
私の顔がこわばっていたのか気がついたエドガールが声をかけてくれる。
「えっ、あぁ、寒くってビックリしちゃった」
わざと身を縮めるようにするとエドガールとハナコ様の間に入れてくれ焚き火に当たらせてくれた。
「エレオノーラ寒いの苦手なの?」
ハナコ様にまで心配されてありがたかったが大隊長の事は知らせない方が良いだろう。そうなんですよぉとわざとハナコ様にくっつき何とかごまかす。エドガールが私にも食事を渡してくれそれを皆で食べていた。
簡易食なのであっという間に食べ終わるとグウェイン様が馬車から出て来た。さっきよりはマシな顔をしているがこんな短時間の休憩で疲れが取れるわけがない。少し心配ではあるがここに留まるわけにも行かない。
「皆準備はいいか?ここからは足で神殿へ向う。我々魔術師が前を行くから後方は騎士達で護ってくれ、大隊長頼んだぞ」
オーガスト様の言葉に皆黙って頷く。
皆でマスクをつけダンテ様とジェラルド様を先頭に神殿へ向かう為かつて神山と呼ばれた山を登り始めた。視界は『黒霧』によって見通しが悪く足場も悪い。魔物が多く出没するこの山へは日頃から登る人は地元でもあまりいないらしい。
今回大規模ながけ崩れのせいでこちら側へ『黒霧』流れ出している事は確かだが正確な場所の特定は出来ていない。
慎重に足を進めていると突然先頭を行くジェラルド様が止まるよう合図してきた。並んで立っているダンテ様がゆらりと魔力を高めていくのがわかる。
私とグウェイン様でハナコ様を挟むようにして並んで歩いていたが、左手でハナコ様の手とつなぐと右手でポケットにしまってあった短剣を握る。さっき馬車の中で手首を少し痛めてしまったが問題無く握れる。私達のすぐ後ろにはエドガールがいて腰に帯びている剣をスラリと抜いた。
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