第66話 神殿へ向かう聖女1
激しく揺れる馬車の中でハナコ様を支える為に抱きしめていた。遠くで爆発音が聞こえるがこちらにはまだ魔物は姿を現していない。
「何処まで行くの?」
出来るだけ早くグウェイン様達と合流したほうが良いだろう。それならあまり離れない方がいい。
「落ち合う場所は決めてある。グウェイン様達が引き付けてくれている間に少し大回りしてレスリー山脈へ向う」
ここはまだ比較的平坦な所だがレスリー山脈へ入ると道が険しく勾配もある為馬車は使えない。ハナコ様の事を考えても出来るだけぎりぎりまで接近してから徒歩で山へ入る予定のようだ。
「来たぞ!あれは、オークだった奴か?!」
騎兵の一騎が声と共にスピードを落し後方へ下がって行く。窓から乗り出していたエドガールも馬車の後ろを振り返ると舌打ちする。
「随分変化してるな……三体か」
エドガールが体を中へ戻すと自分が座っているイスの下から剣を取り出し帯びる。どうやら『黒霧』により姿が変わり凶暴化している魔物らしい。
「あなたも行くの!?」
ハナコ様が驚いてエドガールの手を掴む。エドガールはニッコリと笑ってその手に自分の手を添える。
「大丈夫です、オレはハナコ様のそばを離れませんから」
そう言って再び馬車の後方を見る弟が急に大人びて見える。エドガールは文官志望という
これならいざという時はハナコ様だけでも連れて逃げられるだろう。
「私にも武器をちょうだい」
もちろん戦った経験などない。だけど前回の件もあるし万が一のときは私もハナコ様を御守りしなければいけない。エドガールは一瞬迷ったが剣を取り出した所から短剣を取り出し私にくれた。
「殺るときは躊躇するな、力一杯突き刺すんだ」
大人びた弟が真剣眼差しで言う言葉にコクリと頷き短剣を握りしめた。
「エレオノーラ……」
「念のために持っているだけですよ」
不安そうなハナコ様に笑いかけ、片手に短剣を握りもう片方の手で肩を抱き寄せて言った。
「掴まれ!!」
突然ダンテ様の声が聞こえた気がすると馬車のすぐ後方で衝撃がし車体が少し浮き上がった。
「キャー!」
ハナコ様の悲鳴と共に車体が地面に打ち付けられはね返る。ハナコ様がイスから落ちそうになり咄嗟に引き寄せると二人とも足元に転がった。
「ハナコ様!姉さん!」
エドガールが手を差し伸べてくれていたが彼自身も壁に打ち付けられていた。
「いっ……!」
手をついたときに捻ったのか手首に激痛が走る。まだ馬車は走り続けているためこのままの体制でいたほうがいいだろうと、起き上がるとイスには戻らず足元に座っていた。
「エレオノーラ大丈夫?」
ハナコ様が私を気遣ってくれたが手首の事は黙っていた。
「大丈夫です、ハナコ様こそ」
「私はエレオノーラが庇ってくれたから平気よ」
お互いに確認し合うとエドガールが御者台の方の小窓を開けた。
「ダンテ様!どうなりました?」
さっきの声はやはりダンテ様だったらしく御者台の小窓から顔を覗かせた。
「騎兵が一騎やられたが、魔物は始末出来た。このまま走る」
最初に後方へ向かった騎士が犠牲になったようだ。ハナコ様を護る為に残った騎士は小隊長以上の者達ばかりだったはず。その方々がオーク三体に引けを取るはずはない、通常ならば。だがここは既に『黒霧』の中なのだとすれば魔物は凶暴化し、これまで以上の強さを発揮しているということだ。
しばらくもの凄い速さで走っていた馬車が少し速度を緩めた。魔物が追ってくる気配もなく、馬も限界だったのだろう。もう大丈夫かと思いなんとかイスに戻ると窓から外を見やった。
そろそろ夜が明ける。いつもなら空が薄っすら明るくなり周辺の景色が黒い夜の縁取りを残しつつ射し込んだ日差しによって地面に影を作り始める。遠く地平線の向こうからゆっくりとのぼる朝日に一日の始まりを感じるはずだった。
だが今はその期待を裏切るかのようにまるで砂塵が吹き上げたようなザラついた黒い粒子が辺りに漂っている。耳をそばだてても風が吹き荒れる気配はせず、まるで空が覆い隠されたような圧迫感がする。
「エドガール、なんだか変だわ」
窓から顔を出そうとして止められる。
「『黒霧』だよ、姉さん。よくわからない物だから出来るだけ触れないで」
窓ガラスを通して見る『黒霧』は霧というより砂のように小さい粒子がふわふわと漂っている感じだ。
「ダンテ様や騎士の方は大丈夫なの?」
触れていけないなら外にいる皆が危ない。
「あぁ、特に人が『黒霧』に触れて害があったという報告はまだされていない」
直接人体に触れても今のところ影響はないようだ。だが長時間となるとわからない。山脈を崩すくらいだから相当な毒素が含まれている可能性はある。まして魔物は凶暴化しているのだから無害では無いだろう。
よく見ると騎兵達は鼻と口を布で覆い『黒霧』を吸い込まないように一応気をつけているようだ。
窓から見える景色は日が遮られ『黒霧』に覆われているせいか全てが色を失い森も人も馬も霞んで見える。そんな恐ろしい景色を見ているといつの間にかグウェイン様達と落ち合う地点についたのか、馬車が唐突に止まった。
騎兵も慎重に辺りを窺いながら馬車を囲うように油断せず警戒している。御者台から誰か降りたのかギシギシと音を立て揺れると顔の半分を布で覆った姿のダンテ様がドアを開け素早く乗り込んできた。入る時に冷たい空気と共に巻き込まれた『黒霧』が足元にふわりと舞った気がしたがすぐに消えた。
「はぁ……中はまだ大丈夫だな」
布を引き下げ大きく呼吸するダンテ様に積み込んであった水筒を渡すとゴクゴクと飲んだ。
「助かる、ぷはっ……まだグウェイン様達は来てないようだがそれは計算内だから心配するな」
一番知りたかった事を最初に言われてドキッとした。魔物を引き付け私達を逃してからここへ向かってくるはずのグウェイン様が遅れてくるのは当たり前だ。そう自分に言い聞かせて体が震えそうなのを押し殺した。
「ここはもうレスリー山脈に入っているのですか?」
ハナコ様が顔色を悪くしながらダンテ様に尋ねた。ダンテ様は簡単な地図を取り出すと今私達が居るところを指し示した。
「もうここはレスリー山脈に連なる山で当時『
ダンテ様の話にハナコ様が驚く。
「探すって、どこにあるかわかってないのですか?」
そうですとダンテ様が頷く。元々神殿があるとされる場所はカシーム国の領土でキンデルシャーナ国が関知するところではない。
その昔はどこの領土であったかは分からないが山脈を超えて領土が広がっていたとは考えにくいので恐らくは当時も向こう側の国の領土だろう。その為かこの国には資料は少なく父の情報網を駆使して各国に残る古い文献をかき集めて今回の封印にたどり着いている。
国によって残っている文献の量もまちまちで、中でもカシーム国の隣国に残っていた資料が一番多かった事から恐らくは当時はそこの領土の一部だったと予想された。だが既に境界線が変わって久しく神殿の管理はおろか場所すら曖昧になっていた。ただ『黒霧』の出処を探ればおのずとたどり着くだろうと、被害状況を分析した結果によりここまでやって来たのだ。
「この先は時間との戦いになります。魔物も強いものが多く出現するでしょうし、『黒霧』によってまた山が崩れ入り口が変わってくるしまうかもしれませんから」
元々カシーム国側からしか入れ無かったはずの場所が崩れてこちら側へ『黒霧』が流れ出ている事により入れるだろうと予測したのだ。再び崩れてどこか他へ変わっても不思議では無い。
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