第65話 聖女の護衛4

 遠くレスリー山脈に陽が沈むのをずっと眺めていた。ハナコ様は疲れ切り立ち上がるのも辛そうだった。召喚されてきた時はふっくらとした頬が可愛らしい方だったが、今ではほっそりとした顎のラインがハッキリとわかる。

 

「ハナコ様、お食事にしましょうね。ここにお持ちしますか?」

 

 安全を確保する為なのかここ数日は馬車を降りてからも騎士達がやたらとまわりにいることが多く、なんとなく落ち着かない感じだった。

 黙って頷くハナコ様からそっと離れ振り返ると直ぐ側まで騎士が来ていて驚いた。厳しい顔つきで私を一瞥しすぐにハナコ様へ視線をうつす。護るためにいてくれているはずなのに安心感はない。皆がいるところから少し離れているとはいえ目が届く範囲なのに異常な感じがする。

 少し戸惑ったが食事を取りに向った。何度か振り返って見たが騎士はハナコ様から目を離さず、ハナコ様は気づいていないのか振り返らずじっとしている。夕食のスープやパンを用意しつつ気になっているところへエドガールが目に止まりすぐにハナコ様の元へ行くように頼んだ。

 急いでハナコ様のところへ向うエドガールを見て少しホッとしているとオーガスト様がやって来て私に小さな声で囁く。

 

「気にするな、危害は加えない」

 

 私が驚いた顔で見ると周りを少し窺いながら続けた。

 

「監視だ、ハナコ様が逃げ出さないように」

 

 その答えに衝撃を受けた。騎士達は護衛としてだけでなくハナコ様が過酷な状況のせいで聖女としての役割を投げ出さないか監視するためにいるらしい。

 

「そんな……酷い」

 

 そう言いかけて口をつぐんだ。大隊長が私の事を鋭い目つきで見ていたからだ。

 私は急いでハナコ様の元へ戻るとエドガールと和やかに話す姿を見て少し安堵した。相変わらず騎士は側にいたが構わず食事をハナコ様に差し出した。

 

「三人分持ってきましたから一緒に食べましょうね」

 

 私がそう言うとエドガールが少し嫌そうな顔をする。

 

「姉さん気が利かないな、俺とハナコ様の二人が良かったのに」

 

 エドガールも何か感じているのかわざと笑顔で話している感じだ。それを聞いたハナコ様がポッと頬を赤らめる。

 

「何言ってるの!ハナコ様は私と二人が良いのに仕方無しにあなたも入れて上げてるんじゃない」

 

 わざと明るく声をあげるとハナコ様が嬉しそうに笑った。

 

 

 

 三人で話をしながら楽しく食事を取ったつもりだったがハナコ様はやはり少ししか召し上がらなかった。また後で何かつまめるものを勧めておかなくては。

 皆が居るところへ戻って来ると食後のお茶をエドガールと二人で飲むように勧めて、私はグウェイン様のところへ向かった。

 グウェイン様はオーガスト様達と食事したあと、大隊長も交えて明日からの経路について話している所だった。ここ数日は何度か魔物と遭遇したが数体の弱った物ばかりで騎士達が軽く倒していた。

 

「いつもならもっと強い魔物が多くいる地域のはずです」

 

 大隊長が部下から聞いた情報をグウェイン様話しているようだ。オーガスト様やダンテ様が地図を広げつつ頷く。

 

「恐らくこの辺りの魔物は『黒霧』に触れた魔物に追いやられ他へ移ったのだろう」

 

 もうすぐレスリー山脈に到着する。こちら側の山が崩れたということはこちらへ『黒霧』が流れ出ているということ。その情報を聞いてから既にかなりの日にちが経ってる。どこへ流れて行っているかの予測は不可能だが確実に領土内に『黒霧』は存在する。もうすぐ側まで来ていてもおかしくないのだ。

 

「魔物共に阻まれないのは都合がいいが『黒霧』が近いということでもあるな」

 

 グウェイン様も厳しい顔つきだ。いよいよレスリー山脈へ、『黒霧』へ近づいているのだと思うと背筋に冷たいものが走る。

 まだ見ぬ『黒霧』に恐ろしさを感じ立ち尽くしていると大隊長が私に気づいた。

 

「エレオノーラ、聖女様の様子はいかがだ?」

 

 突然話しかけられ驚いたが落ち着くよう自分に言い聞かせ答えた。

 

「お疲れのご様子です。今はエドガールとお茶を召し上がっています」

 

 そう言うと大隊長はふむと頷きグウェイン様に視線を向ける。

 

「今夜からはエレオノーラをハナコ様とずっと一緒にいさせる方が宜しいのでは無いですか?」

 

 大隊長はもとよりここに居る者達は皆、私がグウェイン様の元で夜を過ごしている事を知っている。

 グウェイン様が明らかに不機嫌な声を出す。

 

「何故だ?」

 

「もちろん聖女様のお心の安定と身の回りのお世話の為です。『神殿』についたときに万全の体制で挑んで頂かなくてはいけませんからね」

 

 大隊長の考え方はともかくハナコ様のことを護る行為事態は素晴らしいものだ。だがここであからさまにグウェイン様にただの侍女である私がお願いすることは出来ない。不機嫌さを隠さないグウェイン様をオーガスト様が視線を向け頷いて同意を促す。

 

「はぁ……わかった。エレオノーラ、お前はハナコ様につけ」

 

 よしっ!

 私は心の中で拳を突き上げるとペコリと頭をさげた。

 

「畏まりました」

 

 グウェイン様の事だってもちろん心配だが、今はハナコ様を優先した方が良いだろう。あと少しなのだから。

 

 

 私はハナコ様とエドガールの元へ戻った。

 二人はカップを手に焚き火の前に並んで座っていた。私が今夜からは一緒に寝ましょうねと言うとハナコ様は喜びエドガールは不本意そうな顔をした。

 

「エドガールは駄目よ、羨ましいでしょうけど」

 

「ち、違う!羨ましくなんかない!……わけじゃ無いけど」

 

 オロオロするエドガールを見て笑っているとハナコ様が急にハッとした。

 

「それってグウェイン様も一緒ってことですか?」

 

「「そんなわけないし!」」

 

 ハナコ様って時々突拍子もない事を言い出すから困ったもんだ。

 

 

 

 休む寸前迄エドガールと三人で他愛もない話をして昼間の緊張感が和らいだ頃合いを見計らい天幕に入った。

 

「エレオノーラ……」

 

 狭い空間に並べたベッドに寝転ぶとハナコ様がおずおずと手を差し出してくる。可愛くてすぐに私も差し出した手を握ると安心したような顔で微笑んだ。

 

「ずっとお傍にいますからね」

 

 その言葉にコクリと頷き目を閉じた。

 

 

 

 ハナコ様と一緒に眠るようになって数日後の真夜中、天幕の外が騒がしくなり起き上がった。野営の時は服のまま簡易ベッドに入っているのですぐに外の様子を窺うために入口の幕をめくり顔をだすと騎士達が天幕を中心に警戒しているのがわかった。

 

「魔物ですか?」

 

 近くにいた騎士に尋ねるとあぁと頷く。

 

「結界があるとはいえ油断出来ないからな。聖女様は?」

 

「起きております。天幕を片付けますか?」

 

 振り返るとハナコ様は既に起きあがりベッドに腰掛けている。もし逃げるような事態になるなら天幕は邪魔だ。

 

「いや、今のところグウェイン様達が迎え撃っておられるから心配は……」

 

 そこまで言いかけた時、不意に叫び声が聞こえた。

 

「聖女様を御守りしろ!『黒霧』の魔物だ!!」

 

 声と同時に少し離れた所に大きな火柱があがった。あれはグウェイン様の魔術だ。

 私はすぐにハナコ様の元へ行き手を握ると天幕から出た。

 

「こちらです!!」

 

 さっきの騎士に案内され馬車へ向う。馬車前にはエドガールがいて開けられたドアから三人とも乗り込むとすぐに走り出した。騎兵も並走し凄いスピードで馬車が走る。

 

「グウェイン様達は大丈夫なの!?」

 

 エドガールに問いかけると窓から顔を出し辺りを窺いながら叫ぶように答える。

 

「グウェイン様からの命令でハナコ様を移動させている!『黒霧』の魔物が夜陰に紛れて近づいて来ていたんだ!この辺りはもう『黒霧』の中だ!!」

 

 夜の帳に『黒霧』が紛れ込み間近に迫るまで気づかなかったようだ。

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