第64話 聖女の護衛3

 早朝、グウェイン様の仕度が整った時、ノックがし大隊長と第三部隊の部隊長、そして昨夜の護衛騎士のリッツが顔面がボコボコになって部屋の中に入って来た。

 

「恐れ入ります。グウェイン様、部下がとんでもない事をしでかしたようで申し訳ありませんでした」

 

 一斉に頭を下げる騎士達。流石に騒ぎを聞いたのかオーガスト様、ダンテ様、ジェラルド様までがやって来た。皆が揃ったが大隊長は頭を下げたまま動かない。

 

「グウェイン様、護衛は不要とおっしゃったとか」

 

 オーガスト様が騎士達を見たあとグウェイン様に視線を移した。恐らく仲立ちを頼まれたのだろう。

 

「護衛どころかハナコ様の安眠を邪魔する輩は不要だろう。そいつは『黒霧』が溢れようが大陸が滅亡しようが構わんらしいが私は違うのでな」

 

 リッツは床にひれ伏すと申し訳ありませんでしたと改めて謝罪した。恐らく大隊長にでも鉄拳を食らったのか顔は腫れ上がり原形を留めていない。

 

「申し訳ありません、どうやら今回の件に関して説明不足だったようで理解出来ていないものが少なからずいるようです」

 

 やっと頭をあげた大隊長がそう言うとオーガスト様が頷きながら同意する。

 

「魔術部の方もそうですよ。騎士達と違って態度に出すものはいませんでしたが」

 

 流石にあからさまにグウェイン様に逆らうような大馬鹿は魔術部にはいない。

 

「そもそも申し訳なく思っていいくらいのはずの大の大人が、責任を全て押し付けている少女一人まともに護衛も出来ないとはな。救って頂く側がそのような態度ではハナコ様のやる気もかなり削がれただろうな」

 

 ハナコ様には聖なる力がある。これはまぎれもない事実で、『黒霧』を封印するためには必ず必要な物だ。

 

「お力を操作することに不慣れだから訓練をする。それはより確実に封印をするための事で別段行わなくても良い事だ。不足の事態に備えてやって頂いている行為を足りない頭で間違った解釈の元、ハナコ様を軽んじる者はこの先不要だ。其奴と馬鹿共をまとめて地方へ向かわせろ。『黒霧』封印の手柄を分ける話は無かった事にする」

 

 どうやら当初、ハナコ様をレスリー山脈へ連れて行くのは魔術部が行うとグウェイン様は国王へ申し出ていたらしい。だけどそれでは『黒霧』封印の成功後に手柄全てがグウェイン様はじめ魔術部にある事になる。それは国内の勢力バランス的に良くないだろうということで現地まで無事届けるという任を騎士達に、その後封印の場は魔術師にとなっていたようだ。

 あー面倒くさい話しだ。

 

「閣下、それでは真面目に護衛に取り組んでいた他の者達が納得出来ないでしょう」

 

「それは騎士団の問題で私が関知することではない」

 

 大隊長の言葉も無下にするグウェイン様をオーガスト様がまぁまぁとなだめ始めた。

 

「では大隊長と数人の小隊長だけは残し他は地方へ向わせましょう」

 

 予め話しがついていたのかオーガスト様が誰を残すか大隊長に指名し、護衛の人数を三分の一ほどに減らした。大隊長は抵抗なくその案を受け入れ部屋を出て行った。

 

「これでいいですか?」

 

 オーガスト様がやれやれという感じでグウェイン様を見た。

 

「もう少し減らせなかったのか?」

 

「流石に不審に思われますよ。これくらいなら何とかなるはずです。魔術師達はどうします?」

 

「バランスを取ったことにしてお前達以外は騎士達に割り振って一緒に行かせろ」

 

 なんだかお二人だけで話しが通じているようで、私はもちろんダンテ様とジェラルド様もあ然としていた。

 

「決まっていた事だったのですか?」

 

 ダンテ様が何かを察したのかグウェイン様に尋ねる。

 

「この先は出来るだけ少人数で行きたいと思っていた。いいタイミングで馬鹿な騎士が下手をうってくれて助かった。あの大隊長をどう説得するかが問題だったからな」

 

 オーガスト様の話によれば先程謝罪に訪れていた大隊長はホレス・シェード伯爵といって騎士団長に次ぐ実力者。大隊長は魔術部に手柄が偏る事は良くないだろうと王へ進言した内の一人らしい。

 

「今回の件を片付ければ出世が見込めるからな。騎士団長と侯爵の二つの地位を欲しがっているのだろう」

 

『黒霧』を封印するという恐ろしい状況を出世の機会だと思うなんてもの凄い神経の持ち主らしい。

 

 

 グウェイン様が食堂に向われ、私はハナコ様の仕度に向かった。ノックしてドア越しに部屋の中の様子を窺って数秒たってからドアを開ける。

 

「おはようございます、ハナコ様」

 

 ひと目で見渡せる狭い部屋にはハナコ様以外誰も居ない。着替えをご自分で済ませベッドに座るハナコ様はよく眠れたようで顔色がいい。

 

「お一人ですか?」

 

 私が尋ねるとハナコ様は途端に顔を赤らめ手で頬を隠した。

 

「は、はい!私はひとりです!」

 

 焦っている様子から一緒に眠ったがエドガールが先に部屋を出たらしいことがわかる。

 ん〜、手は出してなさそうね、よしよし。

 

 ハナコ様の仕度を済ませて食堂へ向かった。既に護衛騎士達は下がらせたようでいつもと違い静かな雰囲気にハナコ様が驚いていた。騎士も魔術師も他へ向かわせたと話すと自分のせいと思われたようだが、オーガスト様が反対に助かったとお礼を言ったので更に驚いていた。

 テーブルにつくとハナコ様の向かいにエドガールが座る。二人は恥ずかしそうに微笑み合うと黙って食事を始めた。

 あぁ、甘酸っぱいです。

 

 食事も終わり出発するために宿から出るとそこには十数名の騎士が揃いグウェイン様とハナコ様に頭を垂れる。

 

「昨夜の無礼の数々、申し訳ありませんでした。騎士団一同心よりお詫び申し上げます」

 

 グウェイン様が軽く頷くだけで済ます中、ハナコ様が驚いて申し訳無さそうな顔をする。

 

「いいえ!大丈夫です、気にしていませんから。それより返って申し訳なく思ってます、私が頼りないばかりに皆さんにご迷惑をお掛けしているようで」

 

 ハナコ様も護衛達のぞんざいな態度に気づいていたのだ。それを聞いた小隊長達も流石に大人気なく無責任な自分達の態度に気づいたのか更に深く頭を下げた。

 

「こんな事をしていては時間の無駄だ、行くぞ」

 

 グウェイン様が騎士達の前を通って馬車に乗り込みハナコ様もそれに続く。よく見ると馬車は一台だけになり隊は二十名に満たない小さい規模となっていた。一気に減った護衛の数に不安を感じるがグウェイン様が意図して行った事のようなので黙って馬車に乗り込んだ。

 

 

 あれから数日、馬車は確実にレスリー山脈へ近づいていた。魔物が多く現れる地域に入った為、移動速度もあがり休憩を取る回数も減り馬車の揺れも激しい。

 改善されていたハナコ様の馬車酔いもまた酷くなり、横になりながら耐えるしかないハナコ様が心配だった。昼間は移動でお疲れなのに夜は聖なる力の訓練に励む。倒れてしまうんじゃ無いかと心配になるが笑顔で大丈夫だと繰り返す健気なハナコ様。

 ある夜、野営するために止まった馬車からふらつくハナコ様を連れ出していた。連日の強行のため慣れた騎士達と違いハナコ様の疲労は色濃くなっている。

 まばらに木が立ち並ぶ道のそばに騎士達が手早く小さな天幕を張ってくれていた。薄暗くなって来ていたが見通しがよく遠くに薄っすらとレスリー山脈が見える。皆が忙しなく野営の準備をしているところから少し離れるとハナコ様が大きく息を吸い込み遠くを見るように顔を上げた。

 

「あそこまで行くのね……」

 

 疲れた顔のハナコ様がポツリと溢す。道端の石に腰掛けため息をつく姿は弱々しく思わず後ろから抱きしめてしまう。

 

「私も一緒に行きますよ」

 

「ごめんね、危険なところなのに。本当はリゼットと一緒に帰った方がエレオノーラの為だったのに……」

 

「私達の為に行くのに何を言うんですか。それとも私ではご不満ですか?」

 

 ちょっと悲しそうな顔をして言うとハナコ様が笑顔で首を振る。

 

「エレオノーラでないと駄目」

 

 私が笑顔でまた強く抱きしめるとハナコ様は黙って涙を溢す。疲れ切った体をかかえ、きっと不安に押し潰されそうになっているのに嘆いたり騒いだり怒ったりしない。必死に聖なる力を使いこなそうと頑張り、懸命に堪えている。

 この方が聖女でなくて一体誰が聖女なのだ。

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