第63話 聖女の護衛2

 それでもエドガールは引き下がらず騎士を睨みつける。

 

「ここを通った時に誰も居なくてそこから私がずっとここにいたんですよ。あなたが戻って来るまではどれくらい時間が経っていたかわかっているんですか?」

 

 エドガールの話しぶりから数分では無いとわかる。

 

「別にドアの前に居なくても階下には他の騎士もいるし、建物の周りも護衛はいる」

 

 だからここに居なくても危険は無いと話を続け、エドガールを追い払うように手を振る。

 私がその様子を黙って見ているとそれに気づいた騎士が少し気まずそうな顔をした。エドガールはそれでも気が収まらずまだ何か言おうとした時、ハナコ様部屋のドアが開いた。

 

「あの……大丈夫です」

 

 ハナコ様はおずおずと廊下へ出るとエドガールへ頷き、騎士を見上げてそう言った。私は慌ててお傍に行くとハナコ様の背中にそっと手を添える。

 

「お騒がせして申し訳ございません」

 

 そう言うとエドガールも慌てて謝罪した。

 

「ハナコ様、申し訳ありません。私が大きな声を出してしまったせいで起こしてしまいましたか?」

 

 ハナコ様はいいえと首を振る。

 

「どうせ眠れなかったからいいんです」

 

 そして騎士を見上げる。

 

「護衛はいりません。大丈夫ですからお休みください」

 

 ハナコ様の言葉に騎士は驚く。

 

「お言葉ではありますが、これは上からの命令ですので従えません」

 

 一応の礼儀を守った言葉だがムッとした顔をして答えた。すると開けっ放しだったグウェイン様の部屋から声だけが聞こえた。

 

「護衛の任を解く。所属と名前を言え」

 

 流石にグウェイン様には逆らえない騎士は急に態度を改めると慌ててグウェイン様の部屋の前まで行った。

 

「あの、いえ、護衛は続けます」

 

「不要だと言った。お前はハナコ様の言葉だけでなく私の命令も聞かぬつもりか?」

 

 感情の無い言い方に騎士の顔が真っ青に変わっていく。グウェイン様はどんな顔をしているのだろう、って、きっと血も凍りそうな顔に違いない。

 

「いいえ!そのようなつもりでは……」

 

「所属と名前」

 

 騎士はビクリと体を震わせ、騎士団第三部隊所属マテオ・リッツと答えた。爵位もなく家名も聞いたことはない。

 

「ではリッツ、大隊長に伝えておけ、今後ハナコ様の護衛は不要だと」

 

「し、しかしそれでは聖女様の安全が保たれません」

 

「ハッ、笑わせるな。ハナコ様の安全は我々魔術師による魔法陣で常に保たれている。ここまで同行してそんな事も気づかんのか。騎士団の騎士も質が落ちたな、ゴーサンス公爵に言っておかねば」

 

 騎士団長の名を出されリッツはますます震えあがった。

 

「も、申し訳ございません!」

 

「そもそも私は今回の件に関して騎士は不要だと言ったのだ。ハナコ様をレスリー山脈にある神殿へ連れて行くのに騎士が一体どれだけ役に立つ?ここに来るまで遭遇した魔物の殆どは私一人で倒したし移動も少人数の方が早く、休む時に使う魔法陣も範囲が小さくて消費する魔力も少なくて済む。ハナコ様自体の魔物避けの力も合わせれば騎士など不要だ」

 

 不要だとハッキリ言われリッツは悔しそうに顔を歪ませた。

 

「私の言っている事が理解出来ぬようだな。さっさと大隊長へ今言った事を報告してこい」

 

 リッツは一応の礼を取ると足早に去って行った。恐らく言われた通り大隊長の元へ行ったのだろうが本当に大丈夫だろうか?グウェイン様はもちろんここで最高責任者だが、あまり尊大な態度では騎士達がついて来ないだろう。本当に騎士が居なくてもレスリー山脈へ行けるのだろうか?

 

 騎士が去ってすぐにハナコ様がグウェイン様の部屋へ向かったので私とエドガールもついて行った。開けられたままだったドアから入るとペコリと頭を下げる。

 

「グウェイン様、すいませんでした」

 

 ハナコ様は申し訳無さそうな顔をする。

 

「ハナコ様が謝ることは何もありません。あの騎士が、いや騎士全体が馬鹿なだけだ」

 

 わぁ〜、結構お怒りな感じですね。

 するとエドガールがハナコ様とグウェイン様に謝罪した。

 

「申し訳ありません、私が騒いでしまったばかりに」

 

「エドガールのせいではないですよ、私の事を心配してくれたのですから。私が頼りないから皆さんが不安になったのでしょうし」

 

 ため息をつき落ち込むハナコ様。最近よく眠れていないようだ。

 

「ハナコ様、そんな事ありません。ハナコ様が必死に頑張っていらっしゃる事は私達がよくわかっておりますから」

 

 そっと優しく抱き寄せポンポンと背中を叩くとハナコ様もぎゅっと抱きしめてきた。この小さな体にどれだけの重責が負わされているか……

 私はハナコ様をソファへ座らせると温かいよく眠れるお茶を用意した。

 皆にカップを配り終わり、ハーブティの香りが漂うと部屋の中が少しゆったりとした雰囲気になって行く。

 何を話す訳でも無いがハナコ様はエドガールと少し言葉を交わして微笑み合い、グウェイン様は書類を手にしているが一向にページは変わらない。

 こんな風にのんびりと過ごして行ければそれだけで良いはずなのに……

 

 やっと落ち着いてきた頃、そろそろ部屋へ戻れとグウェイン様がハナコ様を促す。ハナコ様は立ち上がると出て行こうとして少しもじもじとする。

 

「どうかしましたか?」

 

 私が声をかけるとハナコ様が恥ずかしそうに私の手を握った。

 

「あの……一緒に寝て欲し……」

 

「駄目だ!エレオノーラは私と寝る」

 

 ハナコ様が言い終わらない内にグウェイン様が目を剥いて言った。

 

「ひゃうっ!すいません、でも今夜はなんだか寂しくて……だけどリゼットもいないし。今夜はエレオノーラを返して・・・下さい」

 

 ハナコ様は驚きながらも何とか私と一緒に寝ようと言い募る。恥じらうその顔がなんとも言えない可愛らしさで……

 

「駄目だ、エレオノーラは貸して・・・やらん。コレはそもそも私の侍女だ」

 

「だけど最初にエレオノーラに優しくしてもらったのは私です!」

 

「残念だったな、ハナコ様が来る前にエレオノーラは私の世話をしていたのだ」

 

 十六歳の少女相手に恥ずかしいくらい大人気ないですよ、グウェイン様!

 私が呆れてなだめようとしたらグウェイン様が突然恐ろしい事を言った。

 

「だいたい寂しいならエドガールと寝ればいい」

 

 一瞬、部屋の中から音が消えた。

 

「なななななななにを仰るのですか!?」

 

 エドガールがワタワタしてグウェイン様とハナコ様を交互に見ている。

 

「そんな事無理です!第一、エドガールが嫌がりますよ!」

 

 ハナコ様も負けないくらいワタワタしながら私の後ろに隠れている。

 

「別に構わんだろ、エドガールとハナコ様は仲が良いようだしエルビンも居ない」

 

 ニヤリとしたグウェイン様は早く出て行けと二人を追い出した。

 いやいやいや、ちょっと待って!

 

「グウェイン様、少し失礼します」

 

「すぐ帰れ、もう寝る」

 

 もう〜、グウェイン様が余計な事をいうから大変なのに!

 廊下に出るとハナコ様とエドガールがお互い顔をそらしてそわそわとしている。

 

「エドガール、ちょっと……」

 

 弟を呼び出しハナコ様に聞こえないようにコソコソと話す。

 

「本当に一緒に寝るの?」

 

「寝ないよ!そんな事出来ない!」

 

 小声で叫びながらエドガールはハナコ様を振り返った。

 

「言っとくけど今はハナコ様に手を出しちゃ駄目よ。全部終わってからにしなさい」

 

 可哀想だけど今は『黒霧』の方に集中して頂きたい。

 

「わかってる……」

 

「でもね、手を出さないなら一緒に眠るのは良いと思う。ハナコ様がその方が安心できるなら」

 

 今は恋愛に全てを傾けてしまう訳にはいかないが、それでも好きな人の傍にいればきっとそれは力になるはず。私もお傍に居たいけどグウェイン様の傍も離れる訳には行かない。

 

「姉さん……」

 

「話合ってみて、お互いにいい方法を探ってみて」

 

 もし……もし『黒霧』の封印に失敗したらこの二人が想い合うことは出来なくなる。その先の事はあまり考えたくないが、せめてひと時でも寄り添えれば幸せを感じる事が出来るんじゃないだろうか。少なくとも私はそうだ。

 二人にお休みを言うとグウェイン様の元へ戻った。

 

 

 

 

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