第62話 聖女の護衛1
リゼットと再会を約束し別れた。迎えが来るまでは宿で過ごすらしいがジェラルド様が心配で仕方が無いと気をもんでいた。
この先から魔物が多い地域に入るとはいえここが襲われないとも限らない。だけどこの町はレスリー山脈周辺へ向う為の丁度いい位置にある為、連絡員がとどまることになった。数人の騎士が在中することになりその者達にジェラルド様が何度も婚約者を護るよう頼んでいた。
馬車はこの先二つの町と一つの村を通りレスリー山脈へ向う。数回の野営も含めて十日程の旅だ。馬車では長旅になるがその期間にハナコ様はもっと聖なる力の操作を覚えて頂かなくてはならない。魔術を覚えるには短過ぎる期間だ。
ハナコ様は馬車酔いと戦いながら魔石へ聖なる力を込める訓練を続けているがグウェイン様が納得するような速さで行う事はまだ出来ていない。小さい魔石にはスムーズに魔力を込められるようになっているが、大きい魔石だとやはり沢山の聖なる力が必要だし、一定の強さで押し込むようにしなければ上手く込められないらしい。まだまだ安定しないハナコ様の操作ではそれも難しそうだ。
「はぁ……出来ました」
半日馬車に揺られながらやっと大きい魔石一つに聖なる力が込められた。
「お疲れ様です、さぁコレをどうぞ」
馬車が休憩で止まった時にやっとハナコ様も休憩した。私は冷たい水に浸して絞ったタオルを渡しじっとりと汗をかいたオデコにあてるように言う。
「ありがとう、お水もらえる?」
「はい、ここに」
すぐに差し出すと一気に飲み干す。私がリゼットとの距離感の違いを口にしてからハナコ様が少しずつ敬語をやめてくれる事がちょっと嬉しい。
「エレオノーラ、水!」
私が心配しながらもニコニコとハナコ様の世話を焼いていると後ろから大人気ない、いや、主で偉大な公爵であるグウェイン様が当たり前だが偉そうに言ってくる。
「はい、只今」
うっかりグウェイン様の事を忘れてた。慌てて笑顔でグウェイン様に冷たい水の入ったコップを差し上げる。
「髪が乱れた」
今度はそう言って背中を向けて来た。
はいはい、整えますよ!
すぐに髪紐を解きいつも通り櫛を取り出し梳いているとハナコ様が隣に着てグウェイン様の髪を見て驚いていた。
「わぁ、サラサラ。綺麗だけど結いにくいでしょう?」
「そうですね、油断すると指の間から滑り落ちていきます」
「前の世界の本で植物油で髪を洗うとしっとりして柔らかく綺麗になると読んだことがあります。今度試してみましょうか?」
そうなんですか?とハナコ様と話しているとグウェイン様が嫌そうな声を出す。
「私で試すのはやめろよ」
「ま、まさか、そんな事しませんよ」
危ない危ない。ちょっとやろうかと考えてしまった。
髪を結い終わるとグウェイン様はハナコ様に向き合い、聖なる力を何処まで扱えるのか確認しようと薄い青色がついた空っぽの大きな魔石を取り出しそこへ力を込めるように言った。
ハナコ様はグウェイン様の手を通して魔石に力を込める為に下から手を添えてグッと真剣な顔をする。大きな魔石は少しすると透明になったがそれは外側だけが変わっただけで中身はともなっていない。更に力を込めようと頑張るハナコ様額に薄っすら汗がにじむ。
「ふむ、一旦止めてください」
グウェイン様がそう言いながら魔石をダンテ様に渡しハナコ様の手を掴むと手のひらをじっと見て指差した。
「手のひらの真ん中の部分だけから聖なる力を出すように意識して。今は手首から指先まで全面から聖なる力がだだ漏れている状態です。このままでは効率が悪過ぎる」
それを聞いたジェラルド様が口を挟む。
「ですが殆どの魔術師はそういう状態で魔力を操作しますし、聖なる力も同じではありませんか?」
どうやら集中して一か所から魔力を放出して操作することはかなり難しい事らしい。だけどグウェイン様は嘆息すると首を横に振る。
「騎士団に所属している魔術師はハナコ様の聖なる力より多くの魔力を持っている。だがハナコ様の聖なる力は魔力で例えるなら魔術師を名乗るには低過ぎる量だ。それを無駄に垂れ流していてはいつまで経っても封印には使えない」
やはりハナコ様の聖なる力は弱すぎるため余力が無く、漏れなく扱えるようにならなければいけないようだ。ハナコ様は苦痛に顔を歪ませると俯きご自分の手のひらをじっと見た。
「どうすればいいの……」
泣きそうな声を出しぎゅっと手を握りしめた。
「手のひらに集中すればいい」
グウェイン様がなんとも無いような言い方でハナコ様を見る。
「グウェイン様には簡単な事でも私には違います」
ハナコ様が言い返した事にその場が凍りつく。私がそっとハナコ様の背に手を添えるとハッとして顔をあげる。
「も、申し訳ありません!」
だけどグウェイン様は顔色も変えずに続ける。
「私とて最初から出来たわけではない」
グウェイン様はそう言って再び手にした大きな魔石をグッと握りしめた。それは見る間に内部に赤色の渦が巻上がり広がると魔石を真っ赤に染めあげ一瞬ふわっと光り突然パッと粉々になりサラサラと砂のように手のひらからこぼれ落ちていく。魔力を込めすぎると魔石が限界を超えて砕けるのだ。
「凄い……どうやって訓練なさったのですか?」
少し聖なる力を使えるようになった事でグウェイン様の凄さが身に沁みてわかるようになったハナコ様が素直に教えを請うた。
「私の場合は少し荒療治だ」
そう言って魔石がこぼれ落ちた手のひらをハナコ様に差し出した。その大きな手のひらをハナコ様と一緒に覗き込むとそこには交差する幾つかの切り傷の跡が残っていた。
「まさか……グウェイン様!」
私はその手を掴むと驚いて顔を見た。
「こうすれば痛みで嫌でもここを意識する。それに魔力を流し込むようにして覚えていった」
平然と話すそのやり方に驚き過ぎて誰も口をきかなかった。オーガスト様だけは前から知っていたのやれやれという感じで首を振っている。
貪欲に魔術を覚えようとしたグウェイン様って優秀だけどやっぱり変人だわ。何度も同じところを傷つけ放置した傷はポーションで治しても跡が残っている。
私とハナコ様は顔を見合わせてこんなやり方は真似できないと頷きあった。
この時私達は少し油断していたのかもしれない。ハナコ様の訓練に集中するあまり周りの護衛達がどんな気持ちでそれを見ていたのか考える余裕が無かった。
旅を続けているうちにハナコ様が必死に聖なる力を操作しようと訓練していることは自然と隊の皆に広がっていた。流石にもう隠れて出来る場所もなく見かけた者達からそれは広がっていた。
最初は聖女様が何故訓練をしているのか不思議に思っていたようだが、やがてそれはハナコ様の力を疑う事に繋がっていった。
騎士達には訓練内容はよく分からなかったが魔術師達は違う。これまで自分達が幼い頃に行っていた訓練をこれから大陸を救うはずのハナコ様が苦戦しながら行っている姿は彼らを不安にさせてしまったようだ。
もちろん露骨に何かを聞いて来る者は居なかったが、それでもハナコ様へこれまで向けていた聖女様への期待の視線とは違い、段々と懐疑的な眼差しが見られた。
私は出来るだけハナコ様にそのことを気づかれないようにしながら常にお傍に控えていた。グウェイン様もそれには気づいていたようで、これまでのように大人気ない行動は取らず黙って私のしたいようにさせてくれていた。
ある町で夜を過ごすことになった時、いつも通り眠る寸前迄一緒にいてハナコ様がベッドに入った事を確認して部屋を出た。ドアの前には今夜の当番の騎士が護衛についてくれていた。
「お役目ご苦労さまです。宜しくお願い致します」
私がそう言って頭を下げると騎士があぁという風に軽く頷く。すぐにグウェイン様の所へ向かい浴室の準備やベッドの確認をしていると廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
「何故持ち場を離れたんですか!?ハナコ様にもしもの事があったらどうするつもりです!?」
エドガールの叫ぶ声に驚いて廊下に出ると、さっきハナコ様の部屋を護衛していた騎士がダラけた態度で壁にもたれエドガールを見下していた。
「他を見回っていただけだ」
完全に下手な言い訳だが、いくら相手に落ち度があってもまだ文官見習いのエドガールが何を言ったところで相手にされない。
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