第61話 グウェインとエレオノーラ4
狭いベッドを抜け出し自分の部屋へ戻ると着替え階下へ降りた。
既に宿の者達が朝食の準備を始めていていい匂いが食堂に立ちこめていた。朝からグウェイン様の手を煩わせるのが嫌だったので湯を用意してもらい桶に入れると階段を上りグウェイン様の部屋へ向かった。
グウェイン様は起きたところのようでベッドに寝ぼけ眼で腰掛けていた。顔を洗って頂き髪をいつものように結うと着替えを手伝う。
朝食を手早く取るとすぐにグウェイン様といつもの側近達、そして騎士団の大隊長と数人の小隊長が食堂に集まり今後の事が話された。
「ここからは頻繁に魔物が出没する地域になるから気を引き締めるように」
オーガスト様が隊長達の顔を見回して言った。
小隊長の中には勿論魔術師もいて彼等を何処に配備するかで作戦が変わってくる。ハナコ様をお守りするという意味で馬車近くへ置き結界を張るのは勿論だが、隊全体を護り騎士達の安全地帯を確保することも重要だ。
「魔術師の数も少なくなって来ている為、今後馬車は私とダンテ、ジェラルドでお守りする」
馬車に手を取られ無いなら魔術師達が前に出て戦う方にも人が振り分けられるだろう。オーガスト様がそう言うと小隊長の一人がおずおずと手をあげた。
「侍女二人はここへ置いていかないのですか?」
その言葉にグウェイン様がピクリと反応する。小隊長にしてみれば出来るだけ護衛対象は少ない方がいいと考えるのは当たり前だ。ハナコ様だけを守るのと私とリゼットが増えるのとでは全く違うだろう。オーガスト様もその事を指摘されるとわかっていたようでコクリと頷く。
「一人はここへ置いていくが流石にハナコ様のお世話をするものが必要だからな、もう一人は連れて行く」
突然の話に驚いてグウェイン様を見たがこちらを見てくれない。そのままリゼットを見ると私を見て仕方なさそうに微笑んだ。自分が残ると決めているようだ。
知ってたの?
恐らくジェラルド様あたりから先に聞いていたのかリゼットに驚きは無かった。エドガールも勿論知っている感じだった。
話しが済むと出発の準備に取り掛かる。私はすぐにリゼットとハナコ様の傍へ行った。
「ハナコ様はご存知でしたか?」
最近はリゼットと仲良く過ごしていたハナコ様が動揺しないか心配になった。
「今朝、先に聞きました。寂しいけど仕方ありません。この先は危険だというし大事な体のリゼットにもしもの事があったら大変ですから」
自分に言い聞かせるように目を伏せながら話す。
「ハナコ様、リゼットが居なくなってお寂しいでしょうけど、一生懸命お世話致しますから私で我慢なさって下さいね」
「我慢だなんてそんな、エレオノーラさんと一緒に居れるのだって同じ様に嬉しいですよ。危険だとわかっているところへ来てもらうのは申し訳ないですけど」
「ですけど、リゼットとはかなり親しくなさってますから……いつの間にか名前も呼び捨てにされてますし……」
私のことはずっとエレオノーラ
「ぷふっ!馬鹿じゃないエレオノーラ、そんな事気にしてたの?」
リゼットがあらあらという感じで私をからかう。
「だって……敬称つきはちょっと、距離を感じるというか……」
ちょっと恥ずかしくて小さい事を気にしている自分が嫌になる。
そんな私を見てハナコ様は一瞬驚いた顔をしてパッと笑う。
「意識して分けてたつもりはないんです。エレオノーラさんは何だか『お姉さん』って感じがしていたのでそう呼ぶ方が似合う感じがしていたんです。でもそんな気持ちにさせてしまってごめんなさい。エレオノーラ……」
ニッコリとちょっと恥ずかしそうに小首を傾げるハナコ様。
あぁ、そんなに可愛く微笑まないで下さい。
「エレオノーラ、顔ヤバイよ」
リゼットの警告が入り慌てて緩んだ顔を引き締めた。ひと呼吸置いてリゼットを振り返る。
「ここに残るって、どうするの?」
囲壁も無い農家ばかりの小さな町だ。いつ戻るかわからないここにいつまでも居られないだろう。そう思っているとジェラルド様がやって来てリゼットの肩を大事なもののように優しく抱き寄せた。
「大丈夫だよ、すぐにうちの者が迎えに来るから」
リゼットもジェラルド様の方へ頭を寄せてニッコリと笑う。
「赤ちゃんが出来たの。私ジェラルド様と結婚するわ」
「……………………えぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
言葉の意味が理解出来ず意識が遠退いてしまったが何とか戻って来ると叫んでしまった事にうるさいなぁという感じでダンテ様が見てくる。
「なんだ知らなかったのか?」
ってことはダンテ様もご存知で?
「お付き合いしていることは聞いてましたが……まさか、赤ちゃんなんて……」
思わずまだ一切変化のないリゼットのお腹を見てしまう。
「あの、ジェラルド様、大丈夫なのでしょうか?リゼットは無爵位で……」
身分差の大きい結婚はあまりいい噂を聞かない。リゼットが今後どう子爵家で過ごしていくのかが気になる。
「大丈夫だよ、元々この戦いが終われば私は子爵家を出て傍系として生きて行く事が決まっていたからね。家は兄が継ぐ事が決まっているから気楽なものだ。このままグウェイン様の元で働いていれば生活は問題ない。リゼットは贅沢は望んでないというし、多少の財産くらい父上から分けてもらえるから貴族街の外なら家ぐらい買えるだろう」
そんな先の事まで話しが進んでいるなんて、本当に結婚するんだ。
「まぁ、この戦いが終われば側近である私達も多少報奨がもらえるだろうから出世してジェラルドも爵位が与えられるかもな。子爵を飛び越して伯爵になるとか」
自分は公爵だからこれ以上爵位が上がる事はないダンテ様がニヤリとしていった。
「伯爵かぁ、逆に面倒くさそうですね」
リゼットが心のそこから嫌そうな顔をした。
「公爵よりマシだと思うぞ」
ダンテ様が同じ様に嫌そうな顔をする。そんなに嫌なんですか?王に継ぐ位なのに。
「この国の公爵は国王の下僕だからな、面倒事は全て押し付けられる」
ダンテ様の横からグウェイン様が顔を出してそう言った。
下僕って……流石にそれは言い過ぎでは?
そこからグウェイン様は馬車に乗り込むまでこれまで国王から下された命令がどれだけ理不尽で無茶だったかを話していた。ダンテ様はそれを苦い顔をしながら黙って聞いている。どうやら私達下々の者には知らされていない結構酷い話が持ち上がると真夜中に呼び出しがあり、グウェイン様に命令を下して王が安眠を得る代わりにグウェイン様が眠れぬ夜を過ごすという事が繰り返されてきたらしい。
「ポーションが手放せない生活が待っているぞ」
グウェイン様の有り難いお言葉をダンテ様がうんざりした顔で頷いていた。
「ジェラルド、何が何でもお前を伯爵にするから絶対に私の側近になれ」
同じ地獄に引きずり込もうとダンテ様がいい顔でジェラルド様の肩を掴んだ。
「リゼット、大変そうね」
嫌がるジェラルド様とダンテ様が戯れる様子を見てリゼットも半分諦めたような顔をした。
「この戦いが終わったら私は何をすればいいんでしょうか……」
馬車に乗り込む寸前ハナコ様がポツリと溢した。これまでは『黒霧』を封印することばかりに目を向けていた為そんな事を考えたことは無かった。
「余計な事を考えるな。この件が上手く行かなければ何をするかなんて関係無い」
グウェイン様が馬車に乗り込みながら厳しい顔をした。一瞬にして場が静まってしまったが、俯きそうになるハナコ様に私は笑いかける。
「大丈夫、全部終わってから考えましょう。ゆっくりと考える時間が出来ればいい案が浮かびますよ。例えば好きな人と結婚するとか」
後ろに控えていたエドガールを振り返りそう話すとハナコ様がポッと頬を染めた。それを見たエドガールも同じ様に頬を染める。
あぁ、愛いです、甘酸っぱいです。
「その時はエレオノーラも一緒ね」
ハナコ様がそう言ってグウェイン様をチラッと見た。視線につられて私もグウェイン様を見たがまるで聞こえていないように一切こちらは向いてくれなかった。
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