第60話 グウェインとエレオノーラ3
一気に疲れが押し寄せる。
なんでいたいけな侍女をもて遊ぶかな……
よく考えてみれば一緒に眠るのだってもて遊ばれていると言えるのかも、なんて自虐的な考えはまぁ置いといて。頼まれて納得した、それでいいと決めたのは自分だから仕方が無い。決してグウェイン様は無理強いしてなかった……まぁあの美貌で無理強いは必要無いだろうけど。
ベッドを確認して整え荷物を片付けているとグウェイン様が浴室から出て来た。相変わらずいい加減に拭いた髪をイスに座って頂き後ろにまわって拭いていく。
「お前の部屋には浴室が無いのだろう?」
「はい、階下に共同シャワーがありますからそこで……」
と言って気がついた。客室に蛇口が無いのにシャワーはどうなっているのだろう。恐らく自分で湯を沸かしてタンクに入れる方式だろう。結局湯を沸かして運ばなくてはいけないとわかりまたもやちょっと落ち込む。
「ここで入ればいい」
「はぁ?い、いいえ!とんでもない!大丈夫です、階下で入りますから」
グウェイン様は肩越しに振り返るとムッとした顔をする。
「他の男が出入りする浴室など使うな!命令だ」
なんとか断ろうかと思ったが結局押し切られグウェイン様の浴室を使わせて頂くこととなった。ちなみにリゼットはジェラルド様に湯を入れてもらってハナコ様と一緒に入るそうだ。私もそっちが良かった、なんだか楽しそう。
自分の部屋から着替えを取って来てグウェイン様の部屋の浴室に入ると湯船の前に立ち早速湯を溜めてくれていた。
「ありがとう、ございます……」
ちょっと恥ずかしくてもじもじとしてしまう。グウェイン様はふっと笑うと私の頭をポンと叩いて出て行った。ドア一つを隔てて隣にグウェイン様が居ると思うと何故かドキドキしてしまう。
私って馬鹿だな、何もないのに。
ゆっくりと湯に浸かり緊張していた気持ちも緩んだ。髪を洗い体を洗いスッキリして、ついでに湯船も湯を抜き軽く掃除しておく。
髪を乾かし浴室から出るとグウェイン様がベッドに腰掛けこちらを見ていた。
「まさか待っていらしたのですか?」
思わずそう尋ねると少し拗ねたような顔をした。
「昨日は一緒に眠れなかった」
「昨日はグウェイン様が長椅子で眠ってしまわれたし、簡易ベッドは狭過ぎます。今夜だって二人で寝るには狭いですよ」
普通の宿の普通のベッドだからね。グウェイン様の城のベッドはこの三倍位の大きさだ。
「せまくても大丈夫だ」
そう言って私の手を引きベッドへ座らせた。
「寝苦しくても知りませんよ」
私は頬が熱くなることを知られないように、仕方無くという風にそのまま横になるとグウェイン様も横になりすぐに背中から抱きしめてきた。いつもはうとうとし始めてから抱きしめられすぐに眠ってしまわれるので平気だったが、今夜はまだ眠くないのか私の髪の匂いを嗅いだり耳に触れて来たりと遊んでいる感じだ。
「まだ眠れないのですか?」
後ろでもぞもぞされるのがこそばゆくて首もとがゾワゾワする。肩越しに振り返ると顔を前向きに戻された。
「こちらを向くな、我慢出来なくなる」
「なっ!何を言っているのですか!そ、そんな……」
どどどどうしよぉ〜、我慢って、あの、その……
「冗談だ、動くな。もう寝る」
完全に弄ばれちゃってるよ、もう寝よう。
これほど安心しきった顔で眠られると男として見られていないのではと疑問に思ってしまう。
エレオノーラは深く眠ると私の方に体を向けて胸に顔を擦り寄せる癖がある。普段のキビキビと働く凛とした姿と違い寝顔は少し幼く見えて可愛い。
眠っている彼女のおでこに起こさぬようにくちびるを寄せると深く息を吸い込んだ。
最近はエレオノーラの温もりが感じられないと眠れなくなっていた。
『黒霧』の情報は毎日届けられそれを精査しつつ封印の魔法陣の精度をあげている。レスリー山脈にある『黒霧』が発生している地点に行けば否応無く使うことになる為今のうちに何度か試す機会を狙っているがそうそう魔物の集団にはでくわさない。
先日の野営地での戦いで魔法陣の一部を試した。初めは上手く作動せず傷を追ってしまったが最後にはコツを掴めた。これなら何とかなるだろう。封印するための魔法陣はそれ自体を護るためにも『黒霧』だけでなく魔物も退ける力が無ければいけない。封印に失敗すれば大陸は凶暴化した魔物で埋め尽くされる。
稀代の大魔術師と呼ばれあらゆる魔術に精通して優秀だと自他共認めるところだが実際は私とてただの人間だ。
これまでどの時代でも完全には封印出来なかった『黒霧』を私も上手く収める事が出来るかはやってみなくてはわからない。封印には聖なる力が必要不可欠で、魔法陣を展開させそこへ聖なる力を注がなければいけない。
ハナコ様が魔術を使えない以上その役目は私が行う事になるだろうが不安が残る。これまでは賢者が全てを一人で担っていた事を二人で実行することに何か支障が出るかもしれない。
出来れば現在の封印の洞窟があったカシーム国に詳しい資料があれば少しは役立つだろうが既にカシーム国王は行方不明で生きているかどうかさえわからない為、資料も存在するかどうかもわからない。
「うぅん……」
エレオノーラがすりすりと顔を寄せて来る様子を見て頬が緩んでしまう。
不思議な事に何故か彼女だけはそばに置きずっと触れていたいと思う。これまでも数人の女性と関係したことはあるがこんな気持ちにはなったことはない。
初めはからかうつもりで距離を詰めていたが、ハナコ様と共に姿が見えなくなったと知った時は動揺しオーガストを激しく叱責した。
助けた後くちずけを交わし同じ寝所で眠るよう誘うと彼女は最初拒否したが、私が「頼む」と断り切れず今日まで来ている。
彼女は弱味を見せた者には殊更心が揺さぶられるようなので、私以外にそこに付け入る者がいないよう注意しておかなくてはいけない。エルビンは勿論娘の性格をわかっていたから細心の注意を払い私に近づけることを嫌がっていたのだろう。
だがこの先に進むつもりは無い。エレオノーラもそう望んでいるし、私にはやらなければいけないことがある。それを達成しなければこの大陸に未来は無い。
だがふと、考える事がある。
もし、『黒霧』など発生せずただの公爵とメイドとしてエレオノーラと知り合ったのなら。恐らく身分差のため彼女は必要以上に私に近づく事はなかったろう。そこらの馬鹿な令嬢共とは違う。
もし、身分差等無くただのグウェインとエレオノーラとして出会っていたなら。ハナコ様がいた世界では身分制度自体が無いという。そんな世界で出会っていたらどうなっていただろう……例えば平民として出会っていればお互いをどう思っただろう。
エレオノーラはきっとどんな場所でもキビキビと働き凛とした美しさで評判になっているだろう。実際今もそうだとオーガストが言っていた。
私はどうだ?ただの魔術師なら恐らく冒険者になっていただろう。周りの目を気にせず行きたい所に行きたい時に行く。そんな私を見てエレオノーラはどう思うだろう?
馬鹿馬鹿しい、私は何を妄想にふけっているのだ。そんな事考えたところで仕方が無い。私には公爵として、大魔術師として、国王の側近としての責任がある。そのことに集中し必ず今回の件を成功させなければいけない。
エレオノーラがまた私に顔を擦り寄せて来た。その髪をそっと撫で頭にくちびるを落とすと目を閉じた。
今この瞬間エレオノーラは私だけの物だ。
そう思うと安心して眠ることが出来る。
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