第59話 グウェインとエレオノーラ2

 満足そうにゆっくりと食事をするグウェイン様とハナコ様。

 

「リゼット、何かおかしくない?」

 

 なぜ皆が当たり前のような顔でグウェイン様の指示を受け入れているのか理解出来ない。

 私を貶める口を利くとそんな流刑のような目に合わさせるの?

 

「おかしくない」

 

「いやおかしいでしょう?!」

 

 リゼット、あなたはちゃんとした人だよね?

 

「私は権力に逆らわない凡人なの。ましてこの場合の権力者は公爵様でしょ?間違いなくグウェイン様に異を唱える事はしないし本心から賛同する。そいつは馬鹿で間違いない」

 

 満足気な三人を前に私は自分の良識がグラつくのを感じた。

 私がおかしいのかな?

 

 

 

 馬車に乗り込み野営地を後にした。

 ハナコ様はすぐに持ち込んだクッションに頭を乗せ横になっていた。

 

「例の件はどうなった?」

 

 グウェイン様が眉間に皺を寄せて尋ねる。

 

「大丈夫ですよ、エドガールが根回しして気づかれないように手を回していますから」

 

 やれやれという表情のオーガスト様。もしかしてさっきの件ですか?ハナコ様も目を閉じながら親指を立てるという謎の行動で賛同していることを示しているようです。

 

「あの、私の為に何もそこまでしなくても……」

 

「馬鹿な事を言うな、お前を貶めるということは選んだ私を貶めるも同意だ」

 

 あぁ、なるほど。ご自分の為だと仰る。

 

「だとしてもやり過ぎだと思いますが?優秀な部下と意見が違ったという風には捉えられませんか?私だってこの様にお言葉を返すこともございます」

 

 悪口ぐらいで死地へ向かわせるなんて酷すぎない?

 

「誰かは行かねばならん所へ、気に入らん奴がたまたま行くことが決まっただけだ。伯爵の息子だからといって安全な場所へ向かうとは限らん」

 

 まぁそういう見方もあるけれど。

 

「だがお前がそこまで言うなら無事に任務を終えた後は放って置いてやる」

 

 まさか戻って来た後も何かする気だったの?

 

私は・・、な」

 

 危ない危ない、エドガールと父さんのこと忘れてた。注意しとかなきゃ。

 

 予定通り数時間後、街道が交差する地点に到着し三つに分けられた内の二つはここで別れそれぞれ別の方向へ向う事になった。

 騎士達や魔術師達がこれまで騎士団で共に戦ってきた同僚として別れを惜しみお互いの無事を祈りあっている。

 私達も馬車から降りるとグウェイン様の後ろについて二つの隊を見送る事になった。

 隊はグウェイン様へ挨拶をしそれぞれ出発していく。当然今朝の騎士もそこに居てグウェイン様に礼を取った後、私をチラッと見て少し口の端をあげた。グウェイン様に遊ばれている馬鹿な女とでも思っているのだろうけど、口が災いしこの先とんでもない目に合うとは気づいていなさそうだ。返って同情したくなる。

 

「ジョンソン」

 

 グウェイン様が急にその騎士の名を呼んだ。

 

「はい、閣下」

 

 ジョンソンは一瞬驚いて一歩前に出た。

 

「優秀だそうだな」

 

 その言葉にジョンソンは嬉しそうに笑う。公爵に名を呼ばれお褒めを受ければこの先出世が望める。

 

「ありがとうございます!」

 

 グウェイン様は後ろ手に私を引き寄せ自らの隣に立たせる。

 えぇ!?何する気?

 

「ここからは危険な地域だ。充分じゅぅぅぅぅぶん気をつけるがいい」 

 

 そう言って隣に立つ私の頬を見せつけるようにそっと優しく指で撫でた。ジョンソンの頬がヒクッと引き攣りゴクリと喉を鳴らす。自分が漏らした不味い言動がグウェイン様にバレたとわかったのだろう。

 

「か、閣下!私は、その……」

 

「行け」

 

 何か言い訳をしようとしたジョンソンを一緒の隊の者達が両側から抱えすぐに連れて行った。

 可哀想に……ここからずっとグウェイン様に睨まれた事を後悔しながら危険な地域で危険な任務をこなさなければいけないなんて。っていうか気づかれないようにするって言ってたのに大丈夫かな?

 

 

 少しは馬車に慣れてきたのかハナコ様の為の緊急停止は無いまま無事に目的地の町に到着した。無事とは言うものの一度は先行隊が魔物を目撃したらしいが何かから逃げるように何処かへ行ってしまったそうだ。やはり魔物も『黒霧』に対して恐怖を感じているのだろうか?

 

 今回逗留する町は小さく囲壁もない。農業を営む事で生活を立てている町で、数軒しかない商店では収穫された農産物が販売されたり、それを加工した物が提供されたりしている。

 宿は町に二軒しかなくどちらも貴族が泊まるような宿ではなく、買い付けに来た商人が泊まるだけの簡素な感じだ。部屋数も少なく隊の全ての人が泊まることは出来ない為、宿の裏の空き地に天幕を張り殆どの騎士や魔術師はそこで休む事になった。

 

 グウェイン様やハナコ様はもちろん宿で休む事になり今夜はまともなベッドで眠って頂く事が出来そうだ。

 二軒とも宿を貸し切り一軒はいつものグウェイン様の側近ばかりで泊まる事になった。こんな辺鄙な町へ来る客は滅多におらず、今回も一人しか泊まり客は居なかった為その人は町長の家に移ってもらった。

 

 宿の一階が食堂でいくつかのテーブルを引っ付けて大きなテーブルにし、全員が集まり一緒に早目の夕食を済ませた。

 その後、ハナコ様は町を見て回りたいと言い出し数人の護衛を連れてリゼットとエドガールと共に散歩がてら出て行った。小さい町だからすぐに戻って来るだろう。

 宿の二階に客室があり、廊下の突き当りの一番広い浴室つきの部屋がグウェイン様、当然私はグウェイン様の隣で向かいにもう一つの浴室つきがハナコ様の部屋、その隣がリゼットの部屋となった。他の部屋には浴室はなく階下に共同シャワーがあるだけだった。

 私の隣から階段へ向けてオーガスト様、ダンテ様、ジェラルド様、エドガールが泊まる事になり他の部屋は防犯上無人とした。

 もちろん宿の周りは厳重に警護され夕食後は宿の者達も他へ移らせた。

 

 夕食後、グウェイン様はすぐに部屋へ向かわれたので一緒に行き部屋の浴室の準備をしようとしてちょっと落ち込んだ。ここには蛇口がない。これまで官舎暮らしだったしお勤めも上位貴族のお屋敷かお城だった為失念していたがここは平民の町だ。高価な魔石が必要な魔術具などあるわけもなく湯船に湯をはる為には一階で湯を沸かしここまで運ばなくてはいけない。おそらく普段は宿の者がやってくれるのだろうが既に朝まで他へ行ってもらってここにはいない。

 護衛騎士に頼むのは気が引けて仕方無く自分で運ぶ事にした。私が浴室から出るとグウェイン様が準備が出来たと思いイスから立ち上がった。

 

「申し訳ありませんが少しお待ち下さい。ここは蛇口が無くて」

 

 そう言うとグウェイン様はあぁと頷き浴室へ入って行った。

 

「お待ち下さい、すぐに湯を運んで参りますから」

 

「いや、構わん。自分でやる」

 

 驚いてついて行くとグウェイン様が湯船の前に立ち、見る間になみなみと湯が溜まりイイ感じに湯気が立つ。

 

「わぁ〜凄い!」

 

 思わず歓声をあげるとグウェイン様が呆れ気味に私を見る。

 

「私を誰だと思っているのだ」

 

 お湯はり名人!じゃなくて……

 

「稀代の大魔術師グウェイン・ウィンザー公爵閣下です!流石ですね」

 

「これくらいで褒められても嬉しくない」

 

 グウェイン様がシャツのボタンを外し始めたので慌ててタオルの用意をする。

 あぁ、着替えをまだ用意してない!

 

「グウェイン様、お待ち下さいすぐに着替えをお持ちしますから」

 

 慌てて部屋へ戻り着替えを持って再び浴室へ入るとグウェイン様は既にゆったりと湯に浸かっていた。

 わわわわわっ、見えちゃう!キャー!見ない見ない見ない!

 湯船の方を見ないようにしながら着替えを置く。

 

「一緒にどうだ?」

 

 パシャリと水音をさせてグウェイン様が体を起こし私を誘って来る。チラリと見てしまうとむせ返りそうな色気が漂う体にふわりと湯気をまとわせ、首筋から滴る水滴が鎖骨を伝いするりと胸筋に落ちていく。

 駄目駄目駄目駄目駄目っ!絶対に駄目!こんな神が作り給いし完璧な御身体を前に私の貧素な裸体など決して目に触れさせる訳にはいかないし恐らく必ず間違いなく恥ずか死ぬ!

 

「いぃぃぃぃえぇ!結構です!」

 

 焦りながら浴室から出るとドアにスカートを挟んでしまった。アワアワとしもう一度ドアを開け、またすぐに閉めたがグウェイン様の笑い声が浴室に響いていた。

 もう完全におちょくられてる。

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