第58話 グウェインとエレオノーラ1

 急いで置いてあったポーションを持ってくると残っていた傷にかけた。

 

「どうして何も仰らないのですか!こんなに血が……」

 

 上着には肩から背中にかけて切り破られた跡がありかなりの重症だったことがわかる。傷が塞がった事を確認し絞ったタオルで血を拭っていく。桶の湯はあっという間に血で濁り取り替えてもう一度拭く。

 新しいシャツに着替えさせ、さらに新しい湯を用意し今度は顔を洗って頂く。タオルを渡すと鼻をすすった。

 

「泣くな、大丈夫だから」

 

「大丈夫ではありません!何故お一人で向かったのですか!?」

 

 グウェイン様は大きくため息をつくと私を隣へ座らせ肩にコテリと頭をのせた。

 

「ちょっと試したい事があったんだ」

 

 腹が立ちのせられた頭をさける為に身を引いた。

 

「別にオーガスト様くらい居ても出来ることなんじゃ無いですか?」

 

 もたれていた頭が宙に浮いて困ったように首を傾げて私を見上げ青藍の瞳を潤ませるグウェイン様。

 

「駄目だ、一人がいい。それともお前がついてくるか?」

 

 誰だ!こんな奴にこんなかんばせを授けた奴は!稀代の大魔術師で光彩奪目こうさいだつもつの姿を与えるから誰もグウェイン様に逆らえないんだ!

 

「本当にお望みなら行きますよ」

 

 垂れ流される色香に堪えられず目をそらして答えた。グウェイン様は嬉しそうにククッと笑うと私の膝に頭をのせた。

 

「危険だから、駄目だな……」

 

 そう言って目を閉じ気持ちよさそうに寝息を立て始めた。

 やっぱり無理していたんじゃない……

 膝の上にある美しい顔にかかる漆黒の後れ毛をそっと耳にかけると、そのまま耳の輪郭を撫でる。胸の奥がきゅっと痛む気がするがそれよりも、私の腕の中で安らぐグウェイン様に満足感がこみ上げる。他の人には決してこんな姿を見せていないと思うと自分が特別な存在であるような気がして嬉しくなってしまう。

 ふぅ……このままじゃ駄目だ、勘違いしちゃう。

 眠りが深くなった事を確認し、グウェイン様の頭にそっとクッションをあてると寝台から毛布を持ってきてかけた。起こすのもかわいそうだし、運ぶ事も出来ない為、そのまま静かに天幕を出た。

 

 外では騎士達が交代で見張りに立ち、闇夜に幾つも篝火がたかれ辺りを明るく照らしている。魔物の集団はグウェイン様が倒してしまったとはいえ、本来の護衛騎士として彼らが楽をしている訳では無い。魔術師も交代で結界を張ってくれているようで人数は少ないが人気が無い感じはしなかった。

 私の寝床はグウェイン様の天幕の中のいくつか仕切られたスペースの一つだ。流石に野営地で一緒に眠れるほど大きなベッドは用意出来ない。

 明日のことを考えるともう眠る方がいい。疲れた体を拭きたくて湯をもらいに魔術師の所に行くとダンテ様がいた。

 

「グウェイン様は大丈夫だったか?」

 

 暗かったとはいえ流石にダンテ様やオーガスト様には怪我をしていたことはわかっていたようで皆に聞こえないようにコッソリ尋ねられた。

 

「天幕でもポーションを使いました。かなり出血なされたようです」

 

 そもそも魔物と対峙するときにポーションを持って行かないわけがない。それでも間に合わずもう一本使ったと聞けばかなり重傷だったとわかる。

 

「あの方はいつも無茶をなさる」

 

「ダンテ様からもちゃんと言い聞かせて下さい、義理とはいえご子息になったのですから」

 

 その言葉にダンテ様は嫌そうな顔をする。

 

「義父と思った事はない、あくまでグウェイン様は仕えるべき主だ。だから私が何か意見するなど……」

 

 とんでもないという風に首を振るダンテ様。

 

「それじゃグウェイン様がまた無茶をしてもいいって言うんですか!?」

 

「そうではないがグウェイン様に何か言えるとしたらエレオノーラの方が良いだろう」

 

 逃げ腰になりながらダンテ様が言う。

 

「私が何を言えるんですか?ただの侍女ですよ」

 

「侍女は侍女だが『ただの』では無いだろう」

 

 そう言い残し足早に去って行った。

 適当なこと言って逃げたな!私はどっからどう見てもただの侍女だよ!何の約束も何の言葉も無い、ただ他の人よりお傍に居させてくれているだけのただの……なんなんだ私って……わかんないよ。

 

 

 

 浅い眠りを繰り返し何とか朝を迎えた。まだ時間には早いがそっと起き出しグウェイン様の部屋の様子を窺う。長椅子に横になっていたはずが既に姿は無く天幕内の何処にもいない。

 私も支度を整え外へ出ると騎士達は野営の片付けをし交代で食事を取るなどしていた。

 ぐるりと見回すとグウェイン様が数人の騎士や魔術師と何か話している姿が見えた。昨夜着替えたシャツ姿のままで髪も結ばず整えていない。話しながら手元の書類を見て俯くとさらり漆黒の髪が前に垂れ下がる。

 私は急いでそこへ行くと失礼致しますとササッと髪を櫛で梳き緩く編み込みにしていく。グウェイン様はチラリと振り返っただけで何も言わずそのまま話を続けていた。側にいた騎士はぎょっとした顔をしていたが魔術師は見慣れているのか何も反応はしていない。

 整え終わるとすぐに天幕に引き返しグウェイン様の上着を持つとまた傍に行き上着を着せて差し上げる。

 

「ではそのように頼む」

 

 話が終わったのかグウェイン様がそう言うと騎士と魔術師が礼を取り、立ち去るのを見送っていた。私も後を追いかけていたが後ろで話す声が聞こえる。

 

「この侍女が例の女か」

 

 騎士がコソッと言うと魔術師が私をチラッと見て慌てる。

 

「馬鹿!余計な口を利くな」

 

「だけど無爵位の娘だろう?グウェイン様もやるよな、けっこう見れるし婚姻を迫られる心配も無い」

 

 その言葉にグッと胸が苦しくなった。足を止めて俯いてしまう。

 気にしちゃ駄目だ。公爵であるグウェイン様と私が噂されればこうなることはわかってたんだから。

 絶対に泣くもんかと奥歯を噛み締め顔をあげるとグウェイン様を追いかけた。

 天幕に入るとハナコ様が朝食のために来ていてテーブルの準備が進められていた。

 

「ハナコ様、おはようございます」

 

 まだ少し眠そうなハナコ様がニッコリと微笑み挨拶を返してくれる。

 うんうん、これで全然頑張れる。

 

「エレオノーラさん、お疲れの感じですね」

 

「少し寝付けなかったもので、ですが大丈夫ですよ。ハナコ様はよく眠れましたか?」

 

 ハイと元気よく返事なさるハナコ様は聖なる力を魔石に込めていたため程よく疲れグッスリと眠れたようだ。

 昨夜と同じ様に私とリゼット、エドガールもテーブルにつき食事を取りながら今日の予定が話される。

 ここから半日ほど進むと隊を三つに分けてそれぞれレスリー山脈から一定の距離にある街や村に向うらしい。レスリー山脈から『黒霧』が侵入して広がれば徐々に被害が広がる。その状況把握と人々を安全に誘導するための先行隊になるらしい。

 報告を兼ねたダンテ様の話しが終わろうかとする頃、グウェイン様がおもむろに口を開いた。

 

「オーガスト、ジョンソン伯爵の息子がいたろ?あいつはベッチアへ向かわせろ」

 

 オーガスト様が一瞬動きを止めた。

 

「何をやらかしましたか?」

 

「あいつは死んでいい」

 

 今度はテーブルについている全員の手が止まった。ダンテ様とジェラルド様が顔を見合わせてお互いに首を振る。

 

「グウェイン様、ジョンソン伯爵のご子息はいずれ大隊を任せられるのではと言われておりますが?」

 

 ダンテ様がグウェイン様の意図を汲み取ろうとしている。どうやらさっき言っていたベッチアという地域は荒涼とした所らしく皆が避けたがる場所らしい。そこへ行く道中も魔物が多く出没する地域を通らなければならず危険度が格段に高いようだ。

 

「あんな浅はかな馬鹿に大隊は任せられん」

 

「しかし騎士の叙任は騎士団長の役目ですよ」

 

「ゴーサンス公爵は別に馬鹿が一人減ったところで何も言わんだろう」

 

 そこまで毛嫌いされるジョンソン伯爵のご子息って一体何したんだろう?

 皆が不思議に思っているとハナコ様が素直なお言葉を溢した。

 

「そんなにお嫌いなのですか?その方のことを」

 

 あぁ、ハナコ様、口を挟んでは駄目ですよ!

 私は慌ててハナコ様の腕にそっと触れ抑えようとした。ハナコ様はそれで以前注意された事を思い出したのかハッとして頭を下げた。

 

「申し訳ありません!」

 

 グウェイン様は気にする風でもなくヒラヒラと手を振る。

 

「かまわん、知りたければ教えてやる。その馬鹿はエレオノーラを貶める口を利いた」

 

 私は驚いてグウェイン様を振り返った。さっきの話しが聞こえていたらしく、嫣然と微笑みながら皆を見回す。

 

「それは当然の罰ですね」

 

 ハナコ様がムッとした顔でコックリと頷きそれ以上誰も何も言わない。エドガールが無表情に顔を固めると無言で立ち上がり天幕を出て行った。オーガスト様も仕方なさそうに首を振りながら食事を素早く終えるとダンテ様とジェラルド様を連れて出て行った。

 

 

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