第57話 焦る聖女5
父さんが天幕を出て行った後すぐグウェイン様も私達にここから出るなと指示し一人で行ってしまった。
何もわからず誰も話さず静かな天幕内でどんどん不安が湧き上がる。気持ちを落ち着けようとリゼットと二人でお茶の準備をしているとハナコ様が落ち着きなくうろうろと歩き回り不安を抑えようとしているように見えた。
「大丈夫ですよハナコ様、護衛騎士達が護ってくれますから。それにいざとなれば私も全力でお守りします」
エドガールも多少の剣の心得があるから最悪でもハナコ様一人くらいなら連れて逃げることは出来るだろう。ハナコ様はそれを聞いて首を横に振る。
「違うの、私も何かしたくて。でも何も出来ないから……」
自分が上手く聖なる力が使えない事を負い目に感じて良く無い方向に思考が向いているようだった。涙ぐむハナコ様を見てリゼットがポンッと手を叩きニッコリと笑う。
「ハナコ様、だったらハナコ様が今出来ることを致しましょう」
そう言ってジェラルド様が持ち込んでいた木箱を持ってくると中から魔石を取り出した。薄っすら青い色のついた魔石は元々水の魔力が入っていた物だとわかる。
「ジェラルド様が仰ってたんです。ハナコ様は随分聖なる力を使うのが上手くなったって。それに魔石に聖なる力を貯めておけばそれを利用して魔術具を使って誰でも『黒霧』を防げるかも知れないって」
「そうなんですか!?」
私もだがハナコ様も初耳だったようで二人で驚いていた。エドガールは前から知っていたのか驚きはなく少し複雑そうな顔をしている。
「リゼット、それはまだ確実ではない情報です。口外しては駄目だ」
どうやらジェラルド様が口を滑らせてしまったらしくリゼットがやっちゃった感を出す。
「あわわ……でも他の人には絶対に話してはいけませんよ、ハナコ様」
自分が失敗したのに慌ててハナコ様に口止めをした。
ハナコ様はそんなに迂闊じゃないよ。
「だったら私が聖なる力を込めた魔石をあげれば皆が助かるかも知れないんですね!」
あぁ、駄目だ……ハナコ様もやっちゃいそう。
「駄目ですよ、ハナコ様の力をそんな風に使えるとわかったら誰かが無理矢理連れ去って自分だけ助かろうとしたり、それでお金儲けをしようとする輩が現れますから。それにまだ出来るかどうかわからないんでしょう?」
エドガールに確認するとコクリと頷く。
「さっきリゼットが言っていたのは魔術具を使って聖なる力で結界を張れないかということなんだけど、それには魔石に入れられた聖なる力を魔術具を使って結界の魔法陣へ流さなければいけない。
例えば浴室なんかにある蛇口には水を出す為の水の魔石とそれを動かす為の魔法陣を重ねる事で水が出るけど、聖なる力はそもそも結界の為の力じゃないから普通の結界の魔法陣を重ねるだけでは力が流れ無い。そこが難解だそうだ」
「グウェイン様でも駄目なの?」
稀代の大魔術師だよ?
期待した目でエドガールを見ると呆れたように私を見た。
「いくらグウェイン様でもこれまで見たことも無い物の事はわからないさ。毎日試行錯誤なさっているようだよ」
もしかして馬車の中でも書類と睨みあっているのはこの事だったのか!こんなところまで事務処理をさせられているのかと思っていたが違ったようだ。
「えっと……話は良くわからないけど、とにかく魔石に聖なる力を込めるのは皆の役に立つってことね。だったら頑張る!」
まだまだ魔術の話しはよくわからないようだが、それでも今出来ることを見つけてハナコ様は落ち着きを取り戻し魔石に聖なる力を込め始めた。
天幕の外からは騎士達が鎧をガチャガチャと鳴らし走り回る音が聞こえる。遠くで叫ぶ声も聞こえるが悲鳴ではなく指示や報告のようで緊張感はあるが危険が迫っている様子ではない。
ハナコ様が聖なる力を込めた小さな魔石はいくつも出来上がり透き通った美しい魔石がテーブルの上に並べられる。用意してあった小さい魔石の全てに聖なる力を込め終わり、今度は大きな魔石に取り掛かっていく。
最初の頃より効率よく聖なる力を使えるようになったのか、まだ疲れは見えず集中なさっている。
私はそっと天幕を出ると薄暗い中、騎士達が走り回る間を抜け魔物が迫っているらしい方向へ足を進めた。
騎士達が先行して魔物を倒しているのかと思っていたが周辺には赤を基調とした騎士服が目立つ。そのまま進むと一番前に黒を基調とした服の魔術師達がズラリと並び立ち、どうやら結界を張っているらしいことがわかった。
隊は三角形に陣を構え、長く尖った方を魔物がいる方向へ向けている。先頭に一番強いグウェイン様がいるのかと思って目を凝らすとオーガスト様がダンテ様、ジェラルド様を連れて立っているのが見えた。近くへ行くことは出来ないが三人で何か話している事はわかる。
グウェイン様はどこだろう?
周りを見ても結界を張っている魔術師の中にも姿が見えず少し不安を感じ始めた頃、突然前方からドォーンと爆音が聞こえ巨大な火柱があがった。
「オォ!相変わらず桁違いなお力だな」
「安全確認は終わってるのか?」
「大丈夫だ、前方に人影が無いことは確認済みだ」
「また何か試したい事があると仰ってお一人で向かわれたらしいな」
離れていても熱を感じるほどの強力な火の魔術を見て騎士達が笑顔で話す声が聞こえ呆れて物が言えなかった。
そこから二度ほど爆音が聞こえ、暫くすると遠くから軽い感じで馬を駆ける小さな影が近づいてくると歓声があがった。
「さすがグウェイン様だ!」
「今回も余裕だったな」
何事も無かったかのように隊へ戻ると馬から降りこちらへ向かって歩いて来て、私がいることに気づくと少しニヤリとする。オーガスト様と話しながら側まで来ると私の手を握る。
「心配していたのか?」
そのまま天幕へ手を引かれ歩きながら顔を近づけてくる。暗くなって来ているとはいえ近過ぎるよ。
「お一人で何なさってたんですか?」
「言えない」
でしょうね、ムカつく。
「せめてオーガスト様だけでも連れて行かれてはどうですか?」
私の言葉に隣を歩くオーガスト様が深く頷く。きっと何度も進言しては拒否されているのだろう。
「ひとりの方がやりやすい。オーガストは時々うるさ過ぎる」
主の我儘発言にオーガスト様共々ため息をつく。心配する方の身にもなって欲しい。
天幕内へ入るとハナコ様が必死に魔石に聖なる力を込めている姿を見てグウェイン様が感心したように微笑んだ。
「少しは自覚が出てきたようだな」
そう呟き並べられた透き通った魔石を手に取るとじっと見つめる。
魔物の集団はグウェイン様が殆ど焼き払い残りは方向を反らされたようだ。ゴブリンやオークなどの比較的弱い魔物ばかりだったらしいが一人で戦ったのだからお疲れだろう。長椅子にドッと腰を下ろすと手を振りオーガスト様達を追い払う仕草をした。
ハナコ様も魔石に聖なる力を込めるのを止めるとご自分の天幕へ戻って行った。
私は水が入ったグラスをグウェイン様に差し上げ、温かいお茶とお菓子を用意しグウェイン様の側に置く。
「体を拭きますか?」
馬で駆けたせいか髪が少し埃っぽい。それになんだか少し生臭い匂いがする。
「手伝ってくれるのか?」
「……いいですよ」
珍しい事もあるもんだと思いながら桶に湯を入れて準備をするとグウェイン様がぎこちない感じでマントを外し上着を脱ぐ。
「グウェイン様!?」
「……っつ!騒ぐな。かすり傷だ」
薄暗かった上に黒い服で誰にも気づかれ無かったがグウェイン様が肩に傷を負っていたようだ。自分でポーションを使ったのか服に染み込んだ血の量の割に傷口が小さい。本当はもっと酷い傷だったのだろう。
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