第56話 焦る聖女4

 馬車は街を出ると二度ほどハナコ様の為に緊急停止し、草むらへ駆け込むということが起こったがそれ以外は順調に進んで行く。

 その後は薬が効いてきたのかハナコ様は私にもたれかかり眠っている。次の街までは遠く今夜は野営の予定だ。

 グウェイン様は移動中も書類に目を通しオーガスト様に指示を出したりコソコソ話したりしている。

 

 しばらく進むと昼食の為に休憩を取ることになった。グウェイン様とオーガスト様がすぐに馬車から降り、眠ったままのハナコ様を座席に横に寝かすと静かに馬車を出た。リゼットが後ろの馬車から降りてくるとハナコ様が気が付かれたときに備え念の為馬車の外に控えてくれると言うので少し近くをうろついて休憩を取ることにした。

 座りっぱなしで腰は痛いしじっと動かず揺られているだけなのも疲れる。これなら仕事で走り回っている方が楽だ。

 移動中の食事は護衛騎士達は簡易食を各々食べている。勿論グウェイン様にはもう少しマシなサンドイッチなどが用意されているはずだがどこかへ行ってしまい食べて頂く事が出来ない。最悪は馬車が進み出してから食べてもらうしかないか。

 

 街道沿いの少し拓けた場所に隊は止まっていた。王都から伯爵邸に行ったときはかなりの大隊だったが今は私達が乗る馬車二台と荷物用の馬車が一台だけ。後は数十人の騎士や魔術師が護衛として同行しているがその内の数人が偵察にでも行くのか二手にわかれ隊から離れて行くのが見えた。

 街道はすぐ先で十字路に差し掛かり左右にそれぞれ馬に乗った騎士と魔術師の姿が遠ざかり小さくなる。

 何となくそれを眺めていると道から離れた所にある木陰から話し声が聞こえてきた。そんなつもりは無かったがそっと近づき聞き耳をたててしまう。

 

「勿論陛下はご存知だ。お前が口を挟む事ではない」

 

「しかし閣下!それではあまりに……」

 

 グウェイン様と父さんが話していた。向かい合う二人のうち、グウェイン様はこちら向きに立っていて目が合ってしまう。どうやら聞いてはイケナイ話だったようで、グウェイン様が私に気がつくとニッコリ笑った。

 

「エルビン、話は終わりだ。エレオノーラが私を迎えに来てくれたようだ」

 

 父さんも慌てて振り返り私を見て少し気まずそうにする。

 エドガールと父さんは色々な情報を収集してはグウェイン様や城へ届けているようだが、今は二人共旅に同行している。このままレスリー山脈まで来ることは無いだろうからもうすぐ離れ離れになってしまうだろう。

 グウェイン様が私の側に来ると肩に手を添え耳元でコソッと話す。

 

「少しエルビンと話すといい」

 

 耳に響く低音の声がくすぐったくてドキッとしたが黙って頷く。

 そのまま父さんと二人にされてなんだかお互いに黙って俯いていた。

 

「エレオノーラ……馬車の旅は大変だろう、大丈夫かい?」

 

 沈黙に堪えられなかったのか、父さんが優しく尋ねてくれる。本当に聞きたいことはそんなことじゃ無いだろうに。

 

「うん、大丈夫よ。父さんは何処まで一緒に行くの?」

 

「街までだ。そこからは別の所へ行かなくてはいけないからな、だがエドガールはもう少し先まで行く。もし……途中で帰りたくなったらすぐに言いなさい。私やエドガールが居なくてもダンテ様かオーガスト様でもいい」

 

 途中ということは、レスリー山脈まで行かずハナコ様を置いて、グウェイン様から離れるということだ。

 

「そんなことにはならないよ」

 

 この旅が成功するかそうでないか、どちらにしても最後まで行くと決めた。

 

「はぁ……エレオノーラ」

 

 父さんは私に近づくと両手を広げてぎゅうっと抱きしめた。もしかすると街で別れたらもう会えないかもしれない。

 

「父さん……」

 

 私は出来るだけそのことを考えないようにした。でないと涙がでそうだ。

 

「まだ嫁にはやらんぞ」

 

「馬鹿な父さん、私はお嫁には行かないよ」

 

 私も抱きしめ返すと父さんは良しっと嬉しそうに言った。

 お互いに言いたいことはあまり言えなかったと思うけど、気まずいまま別れる事はしなくてすんだ。少しでも話せたことで気持ちが楽になり二人で馬車の方へ戻った。

 

 すぐに馬車は出発し結局グウェイン様は馬車の中で食事を取った。リゼットと交代しても良かったが仕事を続けるグウェイン様に昼食を食べさせてあげる事は出来ないと断られ、馬車の中ではハナコ様が朦朧としながら私の手からサンドイッチを食べるグウェイン様を見て「良いなぁ……ラブラブだぁ……」と呟いていた。

 

 

 

 日が翳り始めた頃、隊は予定していた野営地に到着し滞在する準備を始めた。

 グウェイン様用の大きな天幕が張られその隣にハナコ様用の天幕が連なる。騎士達は交代で見張るためちゃんとした寝床は無いようだが食事は温かい物が用意されるため辺りにいい匂いがたち込めてきた。

 

「お腹すいたぁ〜」

 

 馬車酔いのため昼食が進まなかったハナコ様がやっと落ち着きを取り戻す。食事の準備が整いハナコ様を案内すると不思議そうに首を傾げた。

 

「ここはグウェイン様の場所ですよね?」

 

「はい、警備上まとまってお食事して頂く事になります」

 

 リゼットが答えるとハナコ様が急に緊張した面持ちをする。

 

「えっ……私、大丈夫かな」

 

 この大陸に来たばかりの頃はマナーが身に付いておらず少々難があったことを言っているのだろう。

 

「大丈夫ですよ、随分上達しておりますしここにはハナコ様を値踏みする人はおりませんから」

 

 グウェイン様、オーガスト様、ダンテ様、ジェラルド様とご一緒に食事を取るのは初めてだが皆ハナコ様の事を充分理解している。それでも上位貴族方ばかりなので気後れするのか、全員が席につき食事が始まってもなかなか手をつけようとしなかった。

 もじもじとするハナコ様にオーガスト様が気づいた。

 

「あぁ、我々だけでは楽しく食事など出来ませんね。エレオノーラ達も一緒に食べるといい」

 

「いいんですか!?」

 

 駄目です!と断るすきも与えられずハナコ様の喜ぶ顔に押し切られ、私とリゼット、そしてどこから聞きつけてきたのか父さんとエドガールまで一緒にテーブルにつくことになった。

 確かに貴族の端くれで上級メイドまでしているのだからマナーは熟知しているが私だって上位貴族の方々とご一緒する事は殆どなく出来ればご遠慮したい。

 しかたなく席につこうとすると何故か左右から手を引き合われる。

 

「エレオノーラさんは私の隣です!」

 

 ハナコ様の反対の手はリゼットを握りしめている。

 

「駄目だ、私の隣だ」

 

 私の右手はハナコ様に繋がれているが左を大人気ないグウェイン様が繋いでいる。

 

「エレオノーラは私の隣に来なさい」

 

 ややこしくなるから父さんは黙ってて。

 数分後、私はグウェイン様とハナコ様の間、リゼットは反対側に。私の向かいに不満気な父さんが座りその隣、ハナコ様の前にエドガールが座った。

 私を確保したもののエドガールの事が気になっていたハナコ様は上機嫌だ。私はなんだか落ち着かないけどハナコ様が楽しそうにしているからまぁ良いか。

 食事は簡単な物だが和やかに進んでいた。そろそろ終わりかとリゼットとお茶の準備に向かおうとした時、突然天幕の外が騒がしくなり護衛騎士が駆け込んできた。

 

「お食事中失礼いたします!警戒中の者からの知らせで魔物の集団がこちらへ向かっているという情報が入りました!」

 

 すぐにオーガスト様が立ち上がるとその騎士に付いて天幕から出ていく。後をダンテ様とジェラルド様が付いて行ったがジェラルド様は一瞬リゼットを振り返った。リゼットが小さく頷き恋人を見送る。

 エドガールが不安そうな顔をしたハナコ様の傍へいき笑顔を見せて安心させようとしていた。グウェイン様は父さんと二人で私達から離れた所でニ、三言葉を交わすとこちらへ戻って来た。

 

「エレオノーラ、私は今すぐここから離れる」

 

 父さんがそう言って私の方へ来た。

 

「どうして、次の街まで一緒のはずでしょ?」

 

 戸惑いながら尋ねると父さんが私を見つめ柔らかく笑う。

 

「少し想定と違っていたから仕方がないんだ。すまない、危険が迫って不安なのにまたお前たちと一緒にいてやれない」

 

 エドガールもそばに来ると刹那そうな目で私達の事を抱き寄せる。

 

「そんな昔の事はもういいよ、それより大丈夫なの?魔物が来てるんでしょう?」

 

「あぁ、だからその知らせを持って行かなくてはいけない」

 

『黒霧』によって凶暴化した魔物が押し寄せ通常の魔物達の動きも予測が難しく、あらゆる所に居る人々に情報を行き渡らせなければいけない。

 勿論それは大事な仕事だし重要な案件だから父さんが行くのも仕方がないとわかっているが、娘の気持ちとしては他の人に頼めないかと言いたくなる。

 

「気をつけてね……」

 

 そんな言葉しか言えない自分が嫌になる。

 

「大丈夫だよ」

 

 これ以上別れを長引かせては辛くなるだけだと思ったのか、父さんが私達からすっと離れ天幕を出て行こうとした時、グウェイン様が父さんを呼び小さな袋を投げ渡した。

 

「お守りだ、肌身離さず持っていろ」

 

 そう言ってニヤッと笑った。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る