第55話 焦る聖女3
慣れない
グウェイン様が私にくれたネックレスは高級過ぎて気後れしてしまい、とにかく一旦お返ししようかと外そうとしたが外れない。ジェラルド様によると、どうやらつけたときに簡単には外せないように魔術を施したらしい。ボソッと言ったよく聞き取れなかったあの言葉は、上位貴族が大切な宝飾品を落とさないように時折使われる魔術だそうだ。
外せないって言ってたのってこのことか。
グウェイン様の言葉を思い出し複雑な気持ちになる。確かに『天空の涙』と呼ばれる程の品を落として無くしたり壊したりする心配をしていては私の身がもたない。だけどこんなの着けてちゃジロジロと胸元を見られて恥ずかしいったらない。とにかく服の中に入れるとグウェイン様の部屋へ急いだ。
部屋にはダンテ様とオーガスト様がいて話していたが私を見るとオーガスト様が一瞬おっ!って顔したあと、ん?と表情を変えた。
「エレオノーラ、グウェイン様に買ってもらったんじゃないのか?」
アレですよね。
「えぇ、まぁ、ですけどコレはちょっと……」
「なんだ、気に入らないのか?だったら他のを選べよ」
グウェイン様が顔を曇らせる。
「いえ、気に入らないとかではなくて。高級過ぎて」
私は服の下にしまっていたネックレスを引き出した。オーガスト様がまじまじと私の胸元のサファイアを見る
「凄いな!これがあの『天空の涙』か。確かオークションでとんでもない値がついたと聞いたことがある」
そんなこと聞いたって手の震えが増すばかりなんですけど!
「グウェイン様、外して下さい!こんなの着けて歩くの怖いです」
急いでお傍に行くと背中を向けた。顔だけ後ろを向いて見上げ早く早くと懇願する。
「そんな事をそんな風に強請られると叶えてやりたいがここはグッと我慢だな、駄目だ」
実に楽しそうに断ってきた。
「そんな……だったらダンテ様、外して下さい!出来ますよね?」
今度はダンテ様のところへ行き背中を向けた。同じ魔術師なんだし上位貴族達が使っている魔術なんだからダンテ様も使えるはずだ。
「出来るには出来るが……いや無理だ」
チロリとグウェイン様の方を見てブルッと体を震わせた。
「そんなぁ、オーガスト様!」
今度はオーガスト様を見て泣かんばかりに訴えたが首を横に振られた。
「諦めろ、グウェイン様の許可が無いと誰も外せん」
ガックリ項垂れ仕方無くまた『天空の涙』を服の中に入れた。
この宝石だって私のささやかな胸じゃ無くってもっとゴージャスに盛り上がった胸に載りたいだろうに。
念の為コソッと他の魔術師の人に頼みに行ったがネックレスを見た途端物凄い勢いで走って逃げた。確かにグウェイン様が外せないようにしたネックレスを他の人が外したと知れたら大変な事が起きそうだと私にも薄っすら分かる。
数日の準備期間を経ていよいよ明日はレスリー山脈へ向けて出発する日となった。
ハナコ様はますます訓練に力を注いでいたが上達は捗々しく無い。根を詰めすぎないようにリゼットと上手く連携しエドガールにも協力してもらって何とか体調を崩さないように休みを調整していた。
ハナコ様はそれでいいとしてもう一人問題児がいる。
私が一緒に眠らないときは睡眠を殆ど取らないことが判明して以来、毎夜寝所へお邪魔することにしていた。
以前は何となくそんな雰囲気になった時だけ一緒に眠っていたが今はもはやお仕事の一環とばかりにさも当たり前かのようにグウェイン様のベッドへ乗り込む。
グウェイン様が夕食を終え、入浴している間に私は急いで部屋に戻り食事とシャワーを済ませて夜着に着替え父さんに見つからないようにグウェイン様の部屋へ行く。
相変わらず雫を垂らしているグウェイン様の髪を拭き仕度を整え執務机に戻ろうとするところをベッドに引きずり込み就寝。
「…………まるで情緒がない」
淡々と熟年夫婦のように並んで眠る私にグウェイン様がボソリと溢す。
「情緒で睡眠が補えるとは思えません、早くお休み下さい」
灯りを消すと真っ暗な中、黙って毛布を被る。
淡々としてるって言ったってこっちは毎夜緊張してる。
いつもウトウトし始めたグウェイン様は背中を向けた私にすり寄ると後ろからお腹あたりに手を回し抱きしめてくる。首の下くらいに顔を引っ付けて大きく息を吸い込むと静かに寝息を立てる。それがこそばゆくてゾワゾワしたりドキドキしたりで暫く私は眠れない。だけどグウェイン様の寝息を聞いているうちに段々眠くなりいつの間にか意識が遠のく。
翌朝目覚めると眠る前と違い、向かい合った状態で私がグウェイン様の胸の中にいてグウェイン様が私の頭に顔を寄せて眠っている。
毎朝寝ぼけ
グウェイン様と連日夜を共にしていると段々とオーガスト様の機嫌が良くなっていった。
「いやぁ、グウェイン様が安定して睡眠を取られているなんて素晴らしい!」
最初のうちは仕事の進行は少しばかり遅くなったが追い込まれない分、全ての事が余裕を持って進められ効率が良くなったそうだ。ピリピリしていた騎士や魔術師達にも笑顔が見られるようになり、皆の心にゆとりが生まれた。
「出発の準備が整いました」
どんよりした雰囲気で部屋に入ってきたのは父さんだった。
父さんだけはグウェイン様や他の方々と反対に段々元気が無くなっていった。
ひとり娘の乱れた生活に苦悩する父よ。貴方が想像するような事は起きていませんよって言ってあげたくなりそうだ。言わないけど。
馬車に乗り込みいよいよチャンドラー伯爵邸を出る。思ったよりも長く滞在しかなりの出費を強いられたチャンドラー伯爵もさぞホッとしただろう。莫大な費用はこの領地に聖女様の力に頼る貴族たちが集まり、滞在費を落として行く事により街が潤い、そこから支払われる税によって補われるだろう。まったくいい商売だ。
ここからは隊を小さく編成しなおした為、ハナコ様もグウェイン様と同じ馬車に乗り私とオーガスト様も含めて四人でいる。
来るときと違いハナコ様の出発は知らされていなかったのか、伯爵邸から街の外へ向う護衛騎士や馬車の行列を見てすれ違う人々が驚いていた。一度も街へ出歩くことが出来なかったハナコ様も興味深かそうに馬車の窓から外を眺めていた。
「あの子たち……」
「どうかしましたか?」
隣に座っている私も一緒に窓から覗くとハナコ様が馬車に乗っていることに気づいた小さい子供達が走りながら手を振っている。
「聖女さまぁ〜、頑張って!また来てねぇ〜!」
可愛く手を振る子供を見ればハナコ様なら振り返しそうだが、戸惑ったような顔でただ見つめている。
「私、まだ上手く力を使えて無いのに……」
そう言って自分の不甲斐なさを嘆くように視線を落とす。
「ハナコ様……大丈夫ですよ。毎日キチンと訓練されているじゃないですか」
確かにまだ上手く聖なる力を使いこなせてはいないが……
「手を振ってくれているあの子達は私がちゃんと役目を果たさなかったら大変な事になるんでしょう?」
もし、ハナコ様が聖なる力を上手く使えなかったら。
もし、『黒霧』を止める事が出来なかったら。
もし、ハナコ様の身になにか起きてレスリー山脈へ行けなかったら。
不安要素を上げれば切りが無い。
「ハナコ様、子供達に手を振り返して上げれば良いじゃありませんか。それであの子達は安心して暮らしていけます」
「でも、振り返したら、なにか約束するみたいで……もし失敗したときに申し訳無くて……」
泣きそうなハナコ様の肩をそっと抱き寄せた。
「ハナコ様お一人のせいではありませんよ、この先何があっても最後まで私も一緒にいますから」
「最後まで……」
「はい」
私は迷うことなく頷いた。ハナコ様が上手くいけば大陸は救われるし、上手く行かなければ何処にいたって遅かれ早かれ終わりが来る。だったらその時までご一緒しよう。
そこには必ずグウェイン様も居るはずだから。
振り返ると私を見つめるグウェイン様の青藍の瞳が悲しげに見えた。
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