第54話 焦る聖女2

 父さんと別れハナコ様の部屋へ戻るとリゼットとジェラルド様が二人で楽しそうにお茶を飲んでいた。

 

「ハナコ様とエドガールは?」

 

 するとリゼットがニンマリしてバルコニーを指差した。二人きりで外でお茶を飲み休んでいるようだ。

 

「ハナコ様ったら可愛いのよ。エドガールが来た途端力が抜けたようになっちゃって」

 

 張り詰めていた気持ちが緩んだのだろう。これはエドガールにしか出来ない事だ。

 

「顔を見るだけでホッとする相手がいるのは幸せなことだからね」

 

 ジェラルド様が嬉しそうにリゼットを見る。

 

「まぁ、そうだけど」

 

 リゼットも素直じゃない感じだけど嬉しそうだ。

 あれ?私って邪魔な感じ?ここってハナコ様に言わせれば所謂ラブラブな二人の空間的な?仕事中なのに何してるんだ!なんて無粋なことは言わないほうがいい感じ?

 流石に独りで立っている訳にもいかず廊下へ出た。父さんが居るかもしれないエドガールの部屋にも行きづらいし仕事中なのに自分の部屋に行くわけにもいかない……何よりさっきから頭の中にグウェイン様の顔が浮かんで仕方がない。主なんだし何か御用があるかもしれないんだからグウェイン様の部屋へ行けばいいんだけど何だか意識してしまい行きづらい。

 

 結局何処にも居場所がない気がしてポツンと廊下で立っていた。

 廊下の窓からは屋敷を囲う外壁の向こうに街が見える。王都の城と違い屋敷の外に出ればすぐに高級住宅街があり、伯爵邸には及ばないものの大小様々な貴族の屋敷が立ち並んでいる。

 高級住宅街なんだから静かな感じかと思っていたが結構人や馬車の往来があり忙しない感じに驚いていた。

 

「ハッ、何処かから嗅ぎつけた輩が集まりだしているようだな」

 

 急にダンテ様が来て私の隣に並ぶと外の様子を見て鼻で笑う。

 

「嗅ぎつけるって何をですか?」

 

「もちろんハナコ様の事だ。聖女がいる街なら安全だと考えているんだろう。最近普通の魔物からの被害も増えているからな、外国からもチラホラ来ているみたいだ」

 

 なるほど、ハナコ様のお力にあやかろうってことか。

 

「それよりグウェイン様がすぐに商人が来るから準備を整えるようにと言ってたぞ」

 

 先程の頼みを早速実行してくれたらしい。

 

「ありがとうございます」

 

「ところでどうしてこんな所に一人で居るんだ?」

 

 ダンテ様は色々と忙しいだろうに、何故か私の事を気遣ってくれている。

 優しいなぁ……

 

「いえ、何でもないのですが……何となく居場所が無くて」

 

 ハナコ様にはエドガールがいるし、リゼットにはジェラルド様がいる。

 

「サボリか、たまにはいいんじゃないか?エレオノーラは真面目過ぎるし」

 

 いつもは厳し目のダンテ様からの意外なお言葉にちょっと驚く。

 ダンテ様はこの度正式にウィンザー公爵家の養子となり今はダンテ・ウィンザー、そしてグウェイン様の義理のご子息であり順当にいけば次期公爵となる。

 

「次期公爵様のお言葉ですから有り難く享受いたします」

 

 わざと恭しく礼を取るとチラリと見上げた。

 

「止めろ、自分でも実感が無いし今はそれどころじゃない」

 

『黒霧』のせいで大々的にお披露目も行われておらずあまり人々にも知られていない。折角の誉れなのにご実家のウルバーノ子爵家も残念に思っておられるのではないだろうか。

 ちょっと恥ずかしそうに頬を染めていたが、ダンテ様はそのまま窓から外を眺めため息をつく。かなりお疲れのようで顔色も悪い。あまり寝てないのかな?

 

「大丈夫ですか?よく眠れるハーブティーでも淹れましょうか?」

 

 最近グウェイン様もよく飲まれる物を勧めた。

 

「あぁ……いや、メイドに頼むからいい。エレオノーラはグウェイン様に集中してくれ、夜、独りの時は眠れて無いようだから」

 

 そう言って微笑むと私の肩をポンと軽く叩き去って行った。

 なんですって……眠ってない!?

 私は慌ててグウェイン様の部屋へ急いだ。

 

 

 ノックをし部屋へ入るとオーガスト様と二人で執務机で何か打ち合わせをなさっているようだった。グウェイン様が私をチラリと見たがそのまま話を続けていたのでお茶の用意をしそれぞれの前にそっと置いていく。二人共カップを手に取ったがそれでも休む事なく話を続けていた。このままここにいても話は出来ないだろうと一旦廊下へ出る。そこへ商人が沢山の荷物をハナコ様の部屋へ持ち込むのを見て急いで向かった。あぁもうっ!

 

 ハナコ様の服や下着などを選び、ついでに私とリゼットの物も選ぶ。勿論私達の防寒具だって無いから仕方がなく選んでいるのだ。

 

「リゼット!絶対にこっちの方が似合うって、こっちにしなよ」

 

 ハナコ様が楽しそうに見せてきたのは襟元に毛皮のついた物で腰からふんわり広がるかわいいコートだ。リゼットが手にしている物より確実に一段階お高く温かそうだ。

 

「えぇ!そんな高級そうな物、私には……そうですかぁ?」

 

 一瞬だけ遠慮してリゼットは袖を通した。はいはい良く似合ってますよ。

 

「エレオノーラさんはこれね、品がある感じ」

 

 私に勧めてきたコートは派手さはないが美しく大人っぽいデザインだ。

 

「このコートは上位貴族でも侯爵以上の方にオススメする高級品ですよ、よくお似合いです」

 

 商人の女主人がここぞとばかりに売り込んでくる。さすが侯爵以上に勧めるだけあって手触りがよく薄いのに軽く温かい高級品だ。だけど袖が長すぎる。自分で何もしない貴族ならともかくこれじゃ侍女の仕事に差し障る。

 

「私はこっちのコートでいいです。あれは動きにくそうだから」

 

 いかにも普通の上位貴族のお嬢様が侍女として着るような感じの物を選んだ。これだって私にすればかなり高級品だ。

 リゼットはさっきの毛皮付きのコートにし、ハナコ様も可愛らしいふわふわの飾りがついた物を選んだ。そこからまた宝飾品も勧められハシャグ二人について行けずちょっと引いているとグウェイン様がふらりとやって来た。

 

「お前は選ばないのか?」

 

 キャッキャッいいながら宝石を見ている二人を見ながらグウェイン様が私の隣に来る。

 

「はぁ、宝石なんて持ったことないですし、何を選べばいいかわかりません」

 

「エルビンはひとり娘を着飾らせなかったか。まぁ、正解だな。そうしていれば今頃大変だったろう」

 

 何が?と思って見上げたらグウェイン様がちょっと嬉しそうに笑う。目の前に並ぶ宝石よりもキラキラしい笑顔に来ていた商人の女性達がパァッと顔を赤らめる。

 

「公爵様、何をお探しですか?」

 

 グイグイと近寄ろうとする若い女性達を力強く制し広げられた商品の元へ誘導したのは女主人らしき年配の女性だった。ここが勝負所だと睨んだのだろう。

 

「シンプルで珍しい物を」

 

 その一言に女主人はギラッと目を輝かせた。ひとりの使用人に目配せすると別格に高級そうな鞄を持って来させグウェイン様の前でどうだとばかりにゆっくりと開いた。鞄の中には私にだって特別な物だとひと目でわかる煌めきを放つ超高級品が並んでいた。

 

「ん〜、これだな」

 

 なかでも一際目立つネックレスを指さした。

 

「さすがお目が高い!これはかなり希少価値がある最高級品の蒼玉サファイアで別名『天空の涙』と言われております」

 

 それは雫型の蒼い石でそれを引き立てるように小さなダイヤが周りを囲っている。確かに他のネックレスや指輪よりかなりシンプルなデザインだがこのサファイアにはこれが一番魅力を発揮する形だろう。

 そんな高級品のネックレスをグウェイン様は気軽に手に取り私に向き直った。

 

「動くな」

 

 命令され動けず、キョトンとしているとそのまま正面から後ろに手を回しネックレスをつける。嬉しそうに微笑むキラキラを直視出来ず顔を横に向けると、いつもグウェイン様が魔力を使った時のようなゆらりとした気配がし、耳元でボソッと何か呟いた。

 

「…………これで外せないぞ。マダム、コレは私が払う」

 

 ニヤッと笑い光り輝くサファイアにそっとくちびるを落とすと女主人にそう言いそのまま機嫌良く立ち去って行く。グウェイン様の背中に向かって女主人は深々と頭を下げた。

 

「お買い上げありがとうございました!」

 

 私は呆然としたまま動けずにいた。ハナコ様とリゼットが目の前に来て恐る恐るという感じで『天空の涙』を指で突いている。

 

「凄いもの貢いでもらったね、エレオノーラ」

 

「リゼット!人聞き悪い。素敵なプレゼントですよ、ねぇエレオノーラさん」

 

 胸元に光る大粒のサファイアを見下ろす私の耳に二人が言っている言葉は入ってこなかった。

 もう、動いても良いのかしら?

 

 

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