第52話 やる気を出した聖女7
ハナコ様がわからない落書きのような古代文字を半分泣きそうな顔で必死に書き取りをしていた。ジェラルド様が傍にいて細かい修正を加えていくが中々進んでいないようだ。
私とリゼットは少し離れたところでそれを見守りつつコソコソと話している。
「グウェイン様は貴方の事どうするつもりなのかな?」
どうもこうも何も考えて無いんじゃないかと思うけど!とは言えないか。
「さぁ、どうかな」
「あなたも意外とタンパクね。もっと真剣なお付き合いをする娘だと思ってたのに」
リゼットがちょっと驚いたように言う。
「私は見かけ通り真面目で固い何の面白味も無い女ですよ」
ついブスッ垂れて言ってしまう。手も出されて無いのにまるでグウェイン様と良い仲風に広まった噂を今更どうすればいいのかわからない。
「城では華やかさは無いけど凛とした美人のエレオノーラは結構評判良かったけど?」
はぁ?
「何の話?そんなの聞いてないけど」
リゼットが呆れた顔でやれやれと首を振る。
「あなたは知らないだろうけど、五階に来てから文官や騎士達の間では噂になってたわよ。ほら、フロイト伯爵令嬢にハッキリと物申した事があったじゃない?あれが注目を浴びてそこから貴方をチラチラ見る上位貴族が沢山居て、私も何度か何処の誰だって聞かれたもん」
あれは目立つか、そりゃ目立つよね、廊下のど真ん中でやっちゃったからねぇ。
「それで、「エレオノーラ・スタリオンです」って答えると半分位は顔を引きつらせて逃げるように立ち去ってったわ。今思えばその人達は貴方のお父様のことを知っている人でしょうね」
ここに来て父さんいい仕事したねぇ〜、そんなのに構われたくない。こっちは城に仕事しに来てるんだから。
「それで残りの半分はグウェイン様の専属メイドだって知って猛スピードで消えてった」
うん、鉄壁の護りだ。
「こうなるだろうって皆思ってたんだろうねぇ……」
うんうん頷かないで欲しい。どうにもなってないから!!
「リゼットが思うような付き合いじゃないよ、気まぐれに私に構ってるだけなんじゃないかな」
「はぁ?それに納得して付き合ってるエレオノーラってヤバくない?そんなにグウェイン様のこと好きなの?」
ヤバいとか、ハナコ様の言葉が移ってるよ……っていうか……
「え?私、グウェイン様が好き……なの?」
リゼットが衝撃を受けたような顔をした。
「ちょっと待って!あなた何言って……」
リゼットは急に私の腕を掴みハナコ様とジェラルド様の所に引っ張って行った。
「緊急事態よ!『グウェイン様とエレオノーラを見守る会』の会議を要請します!」
何だその会?
『なんちゃら見守る会』なんて凄い名前のわりに会員はここにいる三人だけだった。ハナコ様は古代文字の書き取りを止めジェラルド様もそれを咎めようとせずリゼットの話を真剣に聞いている。
「ハナコ様ヤバいですよ、エレオノーラったら恋愛偏差値低すぎます。自分の気持もわかってないお子ちゃまですよ」
「恋愛ヘンサチってなに?」
耳慣れない言葉に首を傾げる。
「えぇ!?そうなんですか?エレオノーラさんってお姉さんって感じなのに意外ですね」
「ねぇ恋愛ヘンサチってなに?」
ハナコ様とリゼットの会話について行けず全く意味がわからない。
「ハナコ様によると、恋愛についてどれだけ詳しいかということらしい」
ジェラルド様もあまり良くわかっていないようだがそう教えてくれた。三人だけの会の聞き役のようでなんとも言えない顔をしている。
「私がそんなこと詳しいわけないじゃないですか」
そもそも恋愛なんてしたことない。
「だったらグウェイン様の一方的な行為を黙って受け入れているということですか?」
何だか急にハナコ様が大人のような言葉遣いをされてちょっと驚く。
「一方的というか……」
別に嫌なことはされてない、そもそも恋愛と呼べるのか。
「とにかく、別に気にしなくてもいいですよ私のことなんて。それよりハナコ様はどうなんですか?恋愛ヘンサチ高いんですよね?」
うまく切り返すとハナコ様は頬を染めながらもじもじとしはじめる。
「わ、私は今は訓練があってそこまでの余裕がないというか、すれ違いというか……」
うんうん、エドガールは忙しくて王都とここを行ったり来たりしたり、何処か他の所へも派遣されてるみたいでゆっくりと過ごす事が出来ないもんねぇ〜。
「エドガールは戻ってるのはご存知ですよね?」
「ふぇっ!えぇ、まぁ……」
あぁ、もう、可愛いです!もちろんわかってますよ、エドガールがお好きですよね。
「ハナコ様、話をそらされてますよぉ。まぁ、エレオノーラもいい年なんだから自分で決めればいいと思うけど、泣かないようにね」
リゼットが呆れたように私を心配してくれている。あなたがここに居てくれて良かったよ、って思ったけどアレなに!?ジェラルド様と仕方無いわねって顔を見合わせてクスって笑って差し出された手の指を二本だけ絡め合うとかナニソレ!?
「ラブラブ羨ましいですぅ〜」
ハナコ様が恥ずかしそうに頬を染め、でも当たり前のように見ているこの状況!
「二人はお付き合いしてるの!?」
私の言葉にリゼットがわざとらしく幸せそうにため息をつく。
「はぁ、だってしつこくて」
「しつこいだなんて言わないでくれよ、必死だったんだから」
あぁあぁ、ジェラルド様も遠慮なしにリゼットの肩を抱いて顔を近づけないで!ハナコ様が見てるってば!
私はササッとハナコ様の体を反対向きにさせた。
「あっ、もう……いいとこだったのに」
そんなに可愛く口を尖らさないで欲しい。
二人がイチャコラ始めそうになった時ノックがしグウェイン様達がやって来た。
ハナコ様の部屋の応接スペースで皆が揃い話し合いを始めたので急いでお茶を用意する。もちろんエドガールもいてハナコ様と少し目を合わせたが元気のない微笑みを浮かべただけだった。良くない話か。
「ハナコ様の訓練の進行具合はどうだ?」
ジェラルド様が木箱の魔石をグウェイン様に差し出し、これから魔石へ聖なる力を入れる事と古代文字の勉強を同時進行で行うと説明した。
「そうか、まだそこなのか」
私達は上手く進んでいると思っていたハナコ様の力の習得度はグウェイン様を満足させることは出来なかったようだ。さっきまで晴れやかだったハナコ様の顔が曇る。
「しかし、初級の魔術師としては覚えが早い方だと……」
ジェラルド様がハナコ様を庇うような発言をするとオーガスト様が手で制した。
「数日後にはここを立つ。それぞれ必要な物を準備しておくように、身の回りの荷物は最低限で」
突然の出発の知らせにドキッとした。
「レスリー山脈へ向かうのですか?」
どこへ行くか聞いておかないと準備するものがわからない。
「そうだ、カシーム国からの連絡が途絶えた上、国境の役目を果たしていた山脈のこちら側が崩れたと緊急の報告があがった」
話を聞くと同時に部屋の中へ誰かが入って来た。
「父さん……」
父さんは私を一瞥もせずグウェイン様の元へ行きコソコソと耳打ちをする。
「そうか……急がねばな」
グウェイン様の言葉に背筋に冷たい物が走った。
いよいよ迫って来ているのだ、この国にも『黒霧』が。
『黒霧』が広がった土地は何もかもが汚染され脆くなっていくようだ。最初はレスリー山脈の向こう側、カシーム国へ流れていた『黒霧』は山が崩れた事により山脈のこちら側へ方向を変えたようだ。
山脈の向こう側の進行は止まり、被害の広がりは停滞しているらしい。だが今度はこちらへ流れ出したことによりこの国に被害が及び避難を始めた小さな村からの報告により詳細がわかったらしい。
「最終目的地は『黒霧』が流れ出している洞窟奥にある『神殿』と呼ばれている場所だ。当初カシーム国からしか入れないと思われた洞窟が崩れた事によりこちらからも入れそうだと報告があがった」
いよいよ『黒霧』と対峙するようだ。
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