第51話 やる気を出した聖女6

 エドガールは私を隣に座らせると手を取りまじまじと見つめ深呼吸した。

 

「まさかとは思うけど無理矢理じゃないよね」

 

「ち……がう、かな」

 

「どっちだよ!心配しないでいいから正直に話して。もしそうなら俺が絶対に護るから!父さんにも言って……」

 

「父さんには言わないで!」

 

 今の私とグウェイン様の関係をどう言えばいいのかなんてわからない。けど、父さんに言う必要は無いし知られたくない!

 

「別に、無理矢理とかじゃない。だけどまだ良くわからないから」

 

 エドガールが心配するのも無理はない。上位貴族が侍女に手を出すなんてそれほど珍しい事じゃないし、ましてグウェイン様は独身だし私も独身だ。だけど噂が広まれば傷がつくのは女性で侍女の私だけだ。

 

「姉さん、俺がもっと気をつけていれば……」

 

 エドガールはショックを受けたようで私を抱き寄せた。

 

「ごめん、心配かけちゃって。でも本当に大丈夫だから、父さんには言わないで」

 

「良いけど、時間の問題だよ。父さんに隠し事なんて誰も出来ないんだから」

 

 大陸一の情報屋だもんねぇ。

 

 

 

 エドガールが背中を丸めて自分の部屋に帰って行き、それと入れ替わるようにリゼットが部屋にするりと入って来た。

 

「バレた?」

 

「バレた」

 

 もちろんリゼットは私が時々グウェイン様の部屋で夜を過ごしている事はとっくに知っている。キス止まりだとは思ってないだろうけど。

 

「姉弟愛が激しいのは大変ね、エドガール落ち込んでそうだったよ」

 

 ちょっと涙ぐんでいたもんね。

 

「やっぱり良くないのかな……」

 

 何度もこのワケのわからない関係を止めようと思った。

 

「まぁ……良くない訳じゃないけど、恋愛は仕方無いから。でも、ねぇ」

 

 そう、リゼットも私もわかってる。無爵位の娘が公式に公爵とどうこう出来るわけない。良くて愛人、もしくは向こうが正式に何処かの令嬢と婚姻する時に捨てられるだろう。っていうかキスだけだけどね!恋愛にもなってないし、何か言われたわけでもないし!

 

「とにかく時間よ、行きましょう」

 

 支度をすませ朝食をそれぞれの主に運んで行った。

 

 グウェイン様が朝食を取り始め、エドガールに知られたことをどう話そうかタイミングを計っているとオーガスト様がやって来た。予定には無かったが一緒に食事を取れるようにメイドに告げ仕度を整えていく。

 オーガスト様はメイドが準備している間に持って来た書類をグウェイン様と一緒に見ながら小声で話をしていた。どんどん険しくなる二人の顔に少し心配になって来たが準備が整いオーガスト様が席につくと一転して表情を変え笑顔で報告する。

 

「エドガールが戻ってますよ」

 

「そうか……知ってたのか?」

 

 いつもならエドガールが帰って来た事をすぐに喜ぶ私が無反応だったのでグウェイン様が不審そうに言う。

 

「はい、今朝見かけました」

 

 その言葉に顔を引きつらせたのはオーガスト様だった。グウェイン様は全く動じずへぇ〜って感じで食事を続ける。私も淡々と給仕をし、無言の朝食は凄い速さで終わった。

 

「では後で参ります」

 

 オーガスト様が逃げるように去って行きグウェイン様が楽しそうに笑っている。変な二人だ。

 片付けをし、執務机に移動するグウェイン様にお茶を淹れているとダンテ様とオーガスト様が再びやって来てその後ろからエドガールがどんよりした表情で部屋へ入って来た。

 ダンテ様とオーガスト様はピリピリとした感じなのにグウェイン様は何事もない態度だ。これって皆私とグウェイン様のワケのわからない関係を知っているってこと?だよね、まさかキス止まりだとは誰も思ってないだろうけど。エドガールは何気にグウェイン様を睨んでるし。

 いたたまれずすぐにお茶をお出しして逃げようとカップを執務机に置いたところで、何故かグウェイン様が私の腰に手を添え引き寄せた。

 

「ななななんですか?」

 

 イスに座っているグウェイン様の顔が私の肩辺りに迫る。見上げてくる朝からキラキラしいかんばせは何度見たって目が潰れそうなほど輝いているのに今は無駄に威力を増している感じだ。

 

「いや、また後でな」

 

 そう言って私の頬を指で撫でた。

 

「……………失礼します」

 

 はくはくとしてしまい、何とか言葉を絞り出すとエドガールの顔も見ずに部屋を出た。

 何だあれは?まるで恋人だとエドガールに見せつけるような態度だった。

 違うけど。

 バレちゃ不味いんじゃないの?

 違うけど!

 いやバレてるんだけど、そうじゃなくって隠すもんなんじゃないの!?父さんに知られたら何しでかすか……

 

 頭の中はぐちゃぐちゃとし、立ち直れないままで無意識にハナコ様の部屋へ向かった。

 部屋の中にはジェラルド様とリゼットがいてハナコ様と三人で真剣な顔をして話をしていたようだ。

 

「どうかしましたか?」

 

 一斉に凄い勢いで振り返られる。

 

「エレオノーラさん!エドガールにバレたって聞きました。大丈夫ですか?」

 

 えぇっと、これって漏れ無く皆知ってるって事よね。そっちのがショックなんだけど。

 

「大丈夫です、ちゃんと話はしましたから」

 

 急に皆がホッとした顔をする。

 

「けっこう理解あるんですね、エドガールは絶対に反対すると思ってたのに」

 

 反対もなにも私とグウェイン様は別に特別な関係ではない。皆はそう思っているみたいだけどそうじゃ無い、そうじゃ無いよ。

 力なく笑い何とかごまかすと話をそらした。

 

「それよりハナコ様の訓練も随分進んだんじゃないですか?これならすぐに次の段階にいけるのではないですか?」

 

 木箱に集められた大きな魔石の殆どが透き通り無色透明なっている。

 ハナコ様もそれを見て少し誇らしげだ。

 

「テヘヘ、頑張ったでしょう?さっきリゼットも褒めてくれたんです」

 

 二人は随分仲良くなったようで顔を見合わせて笑いあっている。

 何だか羨ましい……

 ハナコ様のお世話をするといいながら私はグウェイン様の侍女になってしまい思うようにお傍にいられないから仕方ないけど少し寂しい。

 

「本当にハナコ様はよく頑張っていますから、そろそろ次の段階に行けるでしょうね。グウェイン様と相談してみます」

 

 ジェラルド様が魔石の確認をしながら話す。

 

「次はなにするんですか?」

 

 ハナコ様がワクワクした表情で問いかけるとジェラルド様が説明し始めた。

 魔石に聖なる力を込められるようなったということは自分の意志で聖なる力を動かす事が出来るようになったと言うことだ。次の段階とはその力を体の外へ放出し術式を使って行使するということになるらしい。

 

「まだ聖なる力の使い方も覚束ないですから術式はこの様に布などに描かれた物を使って行きます。ちなみにこれは初級の結界の術式です」

 

 術式は単にそこへ魔力を流せばいいのではなく、術式を理解し展開に合わせて魔力量を調整し力の緩急をつけなければいけないらしい。

 今更ながらグウェイン様が召喚の術式を行使された素晴らしさがよくわかる。あれ程の魔法陣の複雑な術式を展開し成功させたのだから。

 結界の術式はハンカチ位の大きさの布に描かれある。二重の円の中に古代文字で術の行使に必要な呪文が書き込まれていてそこへ術者が触れて魔力を流すようだ。

 

「一度やってみますから見ていて下さいね」

 

 ジェラルド様がそう言って術式が描かれたハンカチを床に置くと片膝をついてそこに触れた。すると描かれてあった術式がパッと光り一瞬、聞こえるか聞こえないかのキンッという音が響いた。

 

「これで結界が出来上がりました。これくらいの大きさでしたら今ここにいる皆は結界内です」

 

 ハンカチの周りに集まっている私達四人は結界内か。

 

「あまり変化は感じないですね」

 

 ハナコ様がキョロキョロ周りを見渡し何かを探るように手を伸ばしたが境目は感じないようだ。

 

「そうですね、これは言わば最弱の結界です。ゴブリン程度しか防げませんから主に作物などを守るために用います」

 

 畑全面を守るためにはかなりの魔力が必要になるが、外側だけを囲うように結界を張ればそれほど魔力も必要無くかなり有効な手段だ。完全に防げる訳ではなく近寄りたくないと思わせる程度だそうだ。

 

「ではハナコ様はこの文字の意味を覚える事から始めましょう」

 

 ジェラルド様がいい笑顔をハナコ様に向けた。こんな子供の落書きみたいな文字を解読するのって大変そう。

 

 

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