第50話 やる気を出した聖女5

 ハナコ様の猛特訓が始まった。

 前とは違い、小さい魔石に魔力が入るギリギリの線を掴む為の訓練なので細かな魔力、聖なる力の操作が必要なようだ。

 最初、ハナコ様は魔石が小さいので少しだけ聖なる力を入れればいいと思っていたようだが、ハナコ様の聖なる力はグウェイン様が以前言っていたようにかなり少なく魔石の色が変わるほど入れただけでお疲れのようだった。

 

「ハナコ様、魔石の色が変わるのは本当に最初の段階なのでこの中にはまだ聖なる力が入っているとは言い難いのです。入れ物の色を塗り替えただけで中身が伴っていないのです」

 

 ダンテ様の言葉に力なくハナコ様が頷いた。

 

「私が出来たと思っていたのはただスタートラインに立っただけだったんですね。それなのに浮かれてました……」

 

「いやそこまで落ち込まなくてもいいですよ、聖なる力を動かせるようになったのは確かなんですから」

 

 すかさずジェラルド様が笑顔で励ます。

 ハナコ様は毎日訓練を行っているが泣き言は日に日に減っていった。何度も休憩しながら、少しずつだが小さい魔石に聖なる力をギリギリまで入れられるようになっていき、数日後には休むことなく一気に聖なる力を入れ、しかも満杯になった感覚も掴めてきたようだ。

 

「思っていたより感覚を掴むのが早いですね、では今日から大きな魔石に聖なる力を込めていきましょう」

 

 ダンテ様の言葉にハナコ様は力強く頷き早速取り掛かった。

 

 

 ハナコ様の事をリゼットに任せるとグウェイン様の部屋へ行った。グウェイン様はハナコ様が本格的に訓練を始めた日から様々な所から情報を集めているようで、エドガールもかなりこき使われている為、ここ二日ほど顔が見れていない。

 可愛い弟の顔が見れないなんて悲しいよ。

 情報の内容は主に『黒霧』の進行具合のようで、それと並行して各地で多くの魔物が集団で村や町を襲っているというものもあった。

 グウェイン様にお茶を出しながらオーガスト様と話している内容にこっそり耳を傾けていると、どうやら『黒霧』に触れ凶暴化した魔物がまだ『黒霧』に触れていない魔物を追い込んでいるようで、そのせいで大量の魔物が棲家を終われ本来のテリトリーから出て逃げ惑っているようだ。

 

「人だけでなく魔物にも良くない影響があるんですかね?」

 

 グウェイン様は一口お茶を飲むとほぉ……っと息を吐く。

 

「『黒霧』に触れると魔物自体の状態が変わり強いものが弱いものを駆逐しているのでは無いかという話が出ているが、中には元から強力な魔物が逃げているという目撃もあるようだから一概には言えん」

 

「魔物も『黒霧』が怖いんでしょうか?」

 

「かもしれないな、『黒霧』に長時間さらされた魔物は外皮がただれ腐臭を放つというからな。最終的には奴らも死に絶えるのかもしれんな」

 

 人だけでなく大陸に生きる全ての生物にとって『黒霧』は危険なものなのか。

 これまではカシーム国だけに被害が及んでいると言われていたが最近は周辺国にも広がりつつあるらしい。『黒霧』は風向きや地形によって広がる方向が変わり、いつどこへ広がっていくかは想定しにくい所があるようだ。国によっては大勢の魔術師を国境に派遣し風の魔術で『黒霧』の侵入を防ごうと試みているらしいが何故か魔術で起こした風には流されないらしい。土の魔術で壁を作る方が一時的には防げるらしいがそれも上から乗り越えて来たり壁沿いに広がるだけで完全に防げない。

 

「カシーム国とは連絡が途絶えたままなのですね」

 

 数日前にとうとうカシーム国との魔術による連絡が途絶え、今あの国がどうなっているかわからないらしい。

 

「カシーム国の隣国によると、あの国の王都は既に陥落し、王族を周辺国ヘ向け落ち延びさせようとしていた、という所まではわかっているが国境を越えたかどうかの確認は取れていないそうだ」

 

 既に一国が壊滅、今は周辺国へ『黒霧』の魔の手が伸びているのだ。

 

 ぞくりと背筋に冷たい物が走る。

 本当にこの大陸は『黒霧』に滅びされようとしているのだ。まるで現実味が無かった事がじわりと近づいて来ている。

 

 

 

「エレオノーラ、大丈夫か?」

 

 既に夕食も終え、いつの間にかオーガスト様もいなくなりグウェイン様の就寝の準備をしていて手が止まってしまっていた。ベッドの横で立ち尽くしぼんやりしていた所でグウェイン様に声をかけられたのだ。

 

「あっ、申し訳ございません、大丈夫です」

 

 夢から覚めたような気分だったがハッとして頭を振る。まだ仕事中だ。

 私の様子がおかしかったのか、グウェイン様が手を引きベッドへ並んで座らせた。

 

「顔色が悪いな」

 

 優しく頬に触れられいつの間にか張っていた気持ちがじんわりと緩む。

 

「もう……大丈夫ですから」

 

 このところグウェイン様は就寝前に私に気遣いを見せてくれる事がある。立場上、最新の情報に触れる機会が多くその中身はいい知らせではない。知りたくない真実に触れ不安が湧き上がってしまう。

 

「すまないな」

 

「いえ、私には何も出来ませんから。グウェイン様やハナコ様の方が大変ですのに」

 

 ハナコ様には訓練を頑張って貰わなければいけないため極力情報は入れてない。だけど前にグウェイン様にじきにカシーム国へ行くという事を告げられているから必死で頑張っておられる。私が動揺を見せるわけにはいかない。

 

「エレオノーラがいるから私も堪えていられる」

 

 優しく引き寄せられ抱きしめられる。シャワーを浴びたばかりのグウェイン様のしっとりとした体からガウンを通して石鹸の香りがする。胸いっぱいに息を吸うと顔をあげそっと口づけを交わす。

 グウェイン様、どうして私にキスをするのですか?

 最初にくちびるを合わせた時からずっと頭に浮かぶこの言葉を口にしたことはない。あれから何度か抱きしめられ、何度かくちびるを重ね、何度か一緒にベッドで眠ったがキス以上の事は何も起きていない。最初に言われた通り、私にこれ以上手をつける気は無いようだ。

 なんだよ……もう……

 この夜も一緒のベッドで寄り添いながら眠った。

 

 

 夜が明ける前に起き出し包み込まれていた腕の中から抜け出すと服を身に着けた。

 グウェイン様と一緒に眠る時はいつも急で、部屋に戻ることは出来ない。だけど服を着たままではゆっくりと眠れないからと下着姿になるしかない。下着と言ってもスリップは着ているので見ようによっては夜着に見えるだろう。それに下着だからといってもグウェイン様は何もしてこないのだから何着てたって何だったら裸だって関係ないんじゃ無いかと思う。

 

 緩く結えていた髪を解きながら静かに廊下へ出た。朝食までもう少し時間がある。解いた長い髪をかきあげながらグウェイン様の隣にある自分の部屋へ行こうとして足を止めた。

 

「ね、ね、ね……姉さん……」

 

 マズイ……よね。

 

「おはよう……エドガール、早いわね」

 

 エドガールは情報を集めるため忙しく働いていて、時折王城と伯爵領を行き来したりしている。

 今日の午後に戻ると言っていたはずなのに、どうしてここに?

 私は下ろしていた髪をサッと纏め、胸元のボタンが最後まで留まっていないことに気づいてぎゅっと握った。

 これっていかにもって姿よね、キスしかしてないけど。

 

「なに……どこ、に?」

 

 自分の部屋から出てきたよって誤魔化しはきかない。だって今エドガールが私の部屋の前にいる。グウェイン様の部屋から出てきたことは当然見ていたか。

 えっと……

 

「仕事……かな?」

 

「仕事!?そんな格好で、こんな時間に?それとも今終わったの?」

 

 旅装で埃だらけのエドガールは真っ先に私に会いに来てくれたようだ。

 

「まぁ、とにかく中へ入って。疲れているでしょう?」

 

 侍女になり個室をもらっているから部屋には誰もいない。エドガールも中へ入り、楽にするように伝えたあと一旦洗面所に逃げた。

 かかか顔を洗って、それからそれから髪を整えて、えっとえっとえっと……はぁ……諦めるか。

 部屋へ戻ると旅装を解いてソファへ座るエドガールがこめかみをぐりぐりと揉みながら頭痛を堪えるような顔をしていた。私に気づくと苦々しく口を開く。

 

「いつから?」

 

「さぁ……よくわからない」

 

 最初は、グウェイン様に頼まれて傍にいて差し上げないとって思ったからだったような……でも最近は私の為にもそうしてくれているのかな、とも思う。だったらこの状況の最初はどこだ?

 

 

 

 

 

 

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