第49話 やる気を出した聖女4

 グウェイン様の手から逃れた私を庇うようにエドガールが間に入り、ハナコ様とエドガールがグウェイン様と何気に睨みあっている。

 

「侍女でも肩を抱くのは行き過ぎなのではありませんか?」

 

 ちょ、ちょっと、待って!相手は公爵、公爵だよ!

 

「そうですよ、勝手に女性に触ってはいけないんですよ!セクハラです」

 

 ハナコ様が素早く私の腕を取りぎゅうっと抱きしめる。

 うわぁ〜可愛い弟とハナコ様、じゃなくて!

 

「あぁ、これだからお子様は扱いずらいな。エルビンに言って交代してもらわなければな」

 

 気を悪くした感じもなく芝居がかったようにグウェイン様が言う。

 

「私を下がらせるなら当然姉も連れて帰りますよ」

 

「駄目ですよ!エレオノーラさんは私の傍にいるんです!」

 

 あぁ、もうカオス。

 

「グウェイン様、二人をからかうのはよして下さい。ほらエドガールもそんな口を利いて、謝罪しなさい」

 

 ブスッ垂れるエドガールを嗜めていたがグウェイン様はそれを気にする風でもない。

 

「そんな事はどうでもいいがエレオノーラが私の侍女であることは変わらない。これまでだって私の専属メイドなのにハナコ様に仕方なく貸し出して差し上げただけですからね」

 

「そんな、エレオノーラさんは私の傍にずっと居てくれるって約束してくれました!だから……」

 

「だが、ここからもエレオノーラを傍に置くならそれなりの力が必要ですよ。我々はこれから『黒霧』を押さえるために山脈を越えカシーム国へ向かわなければいけませんからね」

 

 突然カシーム国へ向かうことを知らされハナコ様がビクリと体を震わせ顔をふせた。腕に捕まっている手にそっと私の手を重ね、グウェイン様に目を向けた。

 

「王都へは戻らないのですか?」

 

「あぁ、時間が無いと言っただろ」

 

 さっきと打って変わって真剣な顔のグウェイン様に部屋は静まり返った。いつの間にか人払いがされ私達だけになったところへダンテ様とジェラルド様が入って来た。

 ダンテ様が持って来た木箱を開きハナコ様が聖なる力込めた魔石を取り出した。それを見てハナコ様が思い出したように顔をあげる。

 

「私には聖なる力があります!それでエレオノーラさんを護ることが出来ますよね?」

 

 グウェイン様が聖なる力が入った透き通った何の色も付いていない魔石を手のひらに載せ目を細める。

 

「ふっ、この程度では役に立ちませんよ」

 

 そう言うなりグッと魔石を握りしめあっという間に真っ赤に染め上げると魔石にビシッとひびが入った。

 

「こんな弱い力では簡単に押し返す事が出来る。我々が欲しいのは『黒霧』を封じ込める事が出来る力です。そうでなければ意味が無い」

 

 グウェイン様が話している間に手のひらの魔石はそのまま粉々に崩れ最後は砂のようになり指の間からサラサラと溢れていった。

 

「そ、そんな……出来たと思ったのに」

 

 ヘナヘナと座り込むハナコ様へ向けてグウェイン様が容赦無くキツイ言葉を投げつける。

 

「何かを護るということはそんなに簡単な事ではない。力が備わっていても使いこなされなければ意味が無い。持っている力を使えないなら持っていないも同然です」

 

 その言葉に再び俯くハナコ様を見てエドガールが言い返そうと口を開きかけたが私は小さく首を振って止めた。

 

「そんな言い方……私は望んでここに来たわけじゃ……」

 

「えぇ、それはわかってます。私が貴方をここへ召喚したんですから。ですけどそのことで私をいくら責めようとも現状は変わらない。貴方が聖なる力を使えないとエレオノーラもリゼットもエドガールも、そしてあなた自身ももうすぐ死ぬんですよ。貴方が皆の命を握っているのです」

 

 私の腕を掴むハナコ様の手は震えていた。幼いこの方に大陸の存亡がかかっているなんて……何て儚い望みだろう。魔物を見ただけで震えて怯えるこの方に全てを押し付けるのは間違っている気がして仕方が無い。

 

「私が皆の命を……」

 

「そうです、貴方がやらなければ死ぬしかないのです」

 

「死ぬ……」

 

 どんどんハナコ様を追い詰めるグウェイン様に対してエドガールが掴みかからんばかりに睨んでいる。

 

「いくら公爵だからって言い方が……」

 

「エドガール!」

 

 弟を制し私はハナコ様の顔が見えるように床に膝をつくと俯く顔を覗き込んだ。

 

「ハナコ様、いいですよ無理ならやらなくても」

 

「え?」

 

 意外過ぎる私の言葉にハナコ様が目をパチパチとする。

 

「そもそも成功するかどうかもわからない中で行なった召喚だったんですから。ハナコ様が聖なる力を使えなくても誰も責める権利なんてないんです」

 

「でもやらなければ死ぬって……」

 

「えぇ、私達は死んだって仕方が無いんですよ。大の大人が自分達で解決出来ないからってハナコ様お一人に責任を押し付けるなんて厚かましい事です」

 

 私の話にダンテ様やジェラルド様が焦った顔をしたが、グウェイン様は澄んだ瞳で私を見ている。もしかしてちょっと笑ってる?

 

「でもだったらどうやって『黒霧』を?」

 

 ハナコ様が動揺し皆を見る。するとリゼットがため息をつきふっと笑った。

 

「駄目なら仕方ありません。今のうちに伯爵様ツケで宝石を一杯買ってもらってギラギラに着飾ってやりますよ」

 

「リゼット!そんなの駄目です!私はリゼットに死んでほしくない!」

 

「ハナコ様、皆が望むように生きれないんですよ。いつだって死ぬ時は突然で不本意なんです。それがたまたまこの大陸では一斉に死ぬってだけです。私達はそういう運命だったと諦めます」

 

 リゼットの言葉に私も頷く。

 

「そうね、生きていれば仕方無い事ってありますから。あ、でもそれだとハナコ様も死んでしまいますね。グウェイン様、何かハナコ様が助かる方法無いんですか?元の世界じゃ無くても他の世界に送って差し上げることは出来ませんか?」

 

 私の言葉にグウェイン様が一瞬大きく目を見開いたかと思うとぷはっと笑った。

 

「何だそれ?別の世界に送る?よくそんなことを思いついたな」

 

「だってハナコ様は巻き込まれただけなのにお気の毒で」

 

 困っているとハナコ様が突然立ち上がった。

 

「い、嫌です!今さら他の世界なんて!ここにいます、ここに居たいんです。帰れないならエレオノーラさんやリゼットやエドガールがいるここが一番いいんです!

 だから私やります、絶対に聖なる力を使えるようになって皆を護ります!!」

 

 言うなりハナコ様はダンテ様の持っている木箱に手を入れさっきよりは小さ目の薄い青い色がついた魔石を握りしめ深呼吸した。

 

「すぅ~、はぁ〜。皆を護る……リゼットもエドガールも護ってエレオノーラさんを私の侍女に……」

 

 なんだかかなり変な私情が入りまくっているが聖女様の持つ魔石がぼんやり光ると色が消えた。

 ハナコ様がふぅとため息をつくとそれをグウェイン様に差し出して見せた。

 

「これでは駄目です、もう少し多くの聖なる力を動かし使えるようにならないと。魔石にひびが入るくらい魔力を、聖なる力を込めるのです」

 

 そう言って木箱から魔石を取り出し再び瞬時に赤い魔石に変えるとそれがビシッとひび割れた。

 魔石に込められる力には限界があり、それを越えると砕けるそうだ。高価な魔石が二つも砕かれジェラルド様の顔が引きつっている。

 

「魔石の限界が近づくと少し押し戻される感覚がしますからそこで止めるのです。ここにある魔石全てが満杯になったら次の段階へ行きます」

 

 そう言ってグウェイン様は部屋を出た。

 

 ハナコ様がすぐに木箱を覗き込み数を確認した。

 

「これ全部?干からびそう……」

 

 木箱には前より沢山の魔石が入っていた。

 

 ダンテ様とジェラルド様が並んでハナコ様に聖なる力を魔石に込める訓練を手伝い始めた。

 最初の段階では見てわかり易いように大きめの魔石で行っていたが、魔石にこれ以上魔力が入らない感覚を掴むためには小さい物で練習する方がいい。木箱には比較的大きな魔石が集められていたので小さい魔石が必要だとジェラルド様が取りに行こうとした時、オーガスト様がやって来て布袋を差し出した。

 

「先ずはこれで訓練を始めるようグウェイン様に言いつかった」

 

 布袋の中には小粒の魔石が沢山入っていて部屋にいた皆が驚いた顔をする。エドガールが小さくため息をついていた。

 

「俺もまだまだだな」

 

 可愛い弟がまた成長したようだ。最初からグウェイン様の思い通りという事かな。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る