第48話 やる気を出した聖女3
気がつけば天蓋付きのベッドに寝かされていた。
ここってもしかして……あぁ、やっぱり、グウェイン様のベッド。
むくりと起き上がり部屋を見渡すと執務机でグウェイン様が仕事をしていてオーガスト様がソファで書類を整理していた。
やっちゃったよ……
「あの、申し訳ありません」
直ぐにベッドから出ると頭を下げた。
ソファでグウェイン様に膝枕しているうちに一緒になって眠ってしまい、あまつさえ主のベッドで寝こけるとは……しかもこれで二度目だ。
「まだ回復しきってないのに無理するからだ」
そっけない感じでグウェイン様がチロリとこちらを見る。
「まぁまぁ、良いじゃありませんか。あぁ、ソファではゆっくりと眠れないだろうとベッドへ運んだのはグウェイン様だから、私は指一本触れてないからな」
笑顔で念を押すように言われても「はぁ」としか返せない。その時点で起こしてくれれば良かったのに。見ればお茶も用意されていない。
「いまお茶をご用意致します」
二時間くらい経っていたのでそろそろお疲れだろう。
ドアへ向かうとオーガスト様がグウェイン様の方へ書類を持ちながら思い出したかのように「あっ」と私を見た。
「今ハナコ様のところに街の仕立て屋が来てるからそちらへ行ってくれ、指示は出してある」
伯爵邸に呼ばれるくらいだから高級な店のはず。きっとハナコ様へ新しいドレスでも仕立てるのだろう。だけどあまり豪華なドレスは身につけた人も扱いが大変だ。ハナコ様にまだ早いかもしれない。
「どのような場面に備えての物でしょうか?」
もし夜会ならそれに合わせたドレスは必要だがお茶会くらいならもう少し軽い物でも良いだろう。ハナコ様がいま着ている服は殆ど上位貴族のご令嬢が気軽に着る普段着の物で、内緒だが未成年が着る可愛らしい感じだ。十六歳ともなればもう少し大人っぽい物がいいかもしれないがそうなると少し裾が長くなる。
「特段の予定はない。ただ、ここにいる間の滞在費は
グウェイン様の言葉に自然と口角が上がる。
なるほど……
「畏まりました、お任せ下さい!」
好き放題していいのね!
チャンドラー伯爵は交易で上手く儲けていると聞くしここへハナコ様を差し向けた事でこの領地はいざという時でも聖女様が護ってくださるという宣伝にもなった。
やりましょう、好き放題!
るるるんっと軽い足取りでハナコ様の部屋へ入っていった。グッスリ眠った事で頭もスッキリと冴えている。
頑張って買うわよ!
「えぇ!?」
グウェイン様の指示を受け一歩足を踏み入れた部屋はまるで戦場だった。
「それ駄目、安っぽ過ぎる。次!」
「あぁ、それ美味しそう沢山置いていってくださいあぁ、それも可愛いし美味しそう!」
「ハナコ様、こっちのネックレスとイヤリングはお揃いの石で出来ていてお花のデザインが素敵ですよ」
「本当だ、カワイイ!あぁこれリゼットに絶対似合う!」
「えぇ、いいんですかぁ?もう三個目ですよ、ふふ」
「良いに決まってるじゃない、ふふ」
キャッキャッとはしゃぐ二人に高まった気持ちが逆に引いてしまった。
わたし乗り遅れた……
入れ代わり立ち代わり仕立て屋や菓子店、宝飾店の使用人が大きな箱を持ち込んでは不要な物を持ち去りまた新たな物を運び入れる。ハナコ様の横には買い込んだ箱が積み重なりゃ伯爵家のメイド達が目を回しながらそれを整理している。
「あぁ!エレオノーラさん、起きたんですか?」
仕事中に眠ってしまった大罪をそんな大きな声で叫ばないで欲しい。
「はい、申し訳ありません」
次々と入れ替わる人達の間をくぐり抜け何とか二人がいるソファまでたどり着いた。
「早くここに座って!」
ハナコ様がリゼットが座っているのと反対をポンポンと叩き促される。っていうかリゼットも何ちゃっかり座ってるの!私達はメイドだよ。
躊躇する私を半ば無理矢理隣へ座らせ、ハナコ様最強の布陣が完成したようで満足そうな笑みを浮かべている。
もう……可愛いなぁ。
「これ先に選んで取っておいたの、エレオノーラさんの分、どうですか?」
そう言って差し出されたのは連なる真珠を引き立てるようにダイヤが散りばめられた豪勢なネックレスとイヤリングだった。ネックレスの中心に一際存在感を放つ大振りの真珠、見慣れない私にはなんだか本物とは思えない。
「これは……私には勿体ないです。もっと威厳がある御婦人の方がお似合いなのではないかと」
せっかくだけどこれをつける日が来るとは到底思えない。
「えぇっそうですか?いいと思ったんですけど」
ハナコ様が少しガッカリした顔をなさって慌てて取りなそうとするとリゼットがズバッと突っ込んできた。
「だから言ったじゃないですか、エレオノーラはもう少し凛とした感じの方が好みだって。だからコッチのエメラルドのシンプルなネックレスとイヤリングの方がいいんですよ、ね、そうでしょう?」
そう言ってリゼットが差し出したエメラルドのネックレスは確かにさっきよりはかなりシンプルでデザインも素敵だがこれだって充分豪華でこの先身に付ける場面に遭遇するとは思えない。
「いやもう本当にお気持ちだけでいいです。あまり興味も無いので、それよりハナコ様の物は何を選んだんですか?」
頑張って買うって言ったってそれはハナコ様の物をってことです。リゼットがつまらなそうな顔をしたがもう十分買ってもらったんでしょう?
二人はイキナリ宝飾品に食いつきまだまだ買い物は進んでいなかった為、そこからはこれから必要な服を選び始めた。
服飾店の女主人がニコニコしながらサンプルを並べ始めどれがいいかを見て回る。
「聖女様の物は勿論ですが侍女のお二人の分も揃えるようにと言いつかっておりますのでゆっくりとお選びくださいね」
女主人はそう言って私とリゼットに服を進める。
「いえ、私達はメイドで……」
そう言いかけたとき、人をかき分けエドガールが部屋へ入って来た。ハナコ様の部屋はいまドアが開きっぱなしでノックも出来ない状態だ。
「姉さん達、これに早くサインして」
エドガールが二枚の書類を差し出し、リゼットと二人で書面を見て驚く。
「私ハナコ様付きの侍女になってる」
「私はグウェイン様付き……これって昇進?」
「だね」
新たな契約書を見て二人でニンマリと喜んでいると何故か気に入らない顔をしているエドガールがサインを急かす。
「姉さん早く、すぐに持って行かなきゃいけないんだから」
少し口を尖らせる可愛い弟の頬をきゅっとつまむ。
「なに拗ねてるのよ、侍女になってもエドガールが一番大事な弟であることに変わりないわよ」
本来ならメイドと侍女では勤務体制が違う。侍女はより集中して主をお世話するためお傍にいる時間が長くなるが、現状殆ど侍女と変わらないくらいお世話をしている私達の立場を周囲にもわかり易いようにハッキリとさせてくれたのだろう。これで伯爵邸のメイド達も私達には一目置くはずだ。それに何より給料が格段に上がる!
「別に拗ねてなんかない、結婚するわけじゃあるまいし」
結婚!?何故そんな事を言い出すの?っていうか私が結婚する時は何か言うの?まぁ予定もないけど。
「待ってください!そんなの駄目です!!エレオノーラさんも私の傍にいてくれるんじゃないんですか?」
ハナコ様が突然リゼットの手を握りつつ私の方へも手を伸ばしてきた。
あらあら欲張りさんね。
私はその可愛い所業に頬を緩ませるとその手を取ろうと手を伸ばすと横から誰かにサッと握られた。
「いけませんねハナコ様、エレオノーラは私の
そう言って大人気無く私を引き寄せ肩を抱く美丈夫の正体は見なくてもわかる。
「「グウェイン様、離して下さい」」
エドガールと声を揃えて抗議した。
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