第46話 やる気を出した聖女1

 急に部屋が静かになった。皆が出ていったドアを眺めていたけどベッドにギシッと音を立てて座るグウェイン様に気づき顔を向けた。

 

「あ…………申し訳ございません!いま、出ますからここでゆっくりと、あぁっ、シ、シーツを交換しますから少しお待ち下さい!」

 

 自分がグウェイン様のベッドを占領していたことを思い出し慌てて下りようとして……なのに何故か気がつけばベッドに寝かされグウェイン様に覆い被されていた。

 

「グ、グ、グ、グウェインさ、ま、あの……そこを、退いてくれません、か?」

 

 一体大陸のどこを探せばこんな美人に押し倒されて冷静でいられる人がいるだろうか?

 顔がのぼせそうなほど熱くなり寝ているのにクラクラする。

 

「散々心配かけておいて言うことはそれだけか?」

 

 おおぅ、かなりお怒り?

 

「も、申し訳ございません、ですが、とりあえずそこを退いて頂いて、改めて謝罪いたしますから」

 

「謝罪はいらん」

 

 そう言って潤んだ瞳で私を見つめる。やつれた様子でザックリ一つに結わえただけの美しい髪が一房垂れ下がり私の頬にかかる。思わずそれを形の良い耳にかけてあげるといつの間にか迫ってきた完璧な形の鼻梁が私の鼻をかすめその後すぐにくちびるにふわりと柔らかい感触がした。

 

「こ……れは、なん……です、か?」

 

 ありえないくらいの近距離にグウェイン様の瞳が見える。長いまつ毛に縁取られゆっくりと瞬きする切れ長の青藍の瞳がきゅっと細められた。

 

「これが初めてではないぞ」

 

 そう言って今度はついばむように私のくちびるを刺激する。

 

「ふぁっ!まっ、待って!」

 

 焦って押し退けようとしたがあっさり手を押さえつけられそのまま深く口づけをされた。

 な、何が起きて……舌が……

 どうすればいいかわからず、されるがままになっていたが段々と息が苦しくなりやっとの思いで顔をそらし空気を吸い込む。

 

「ぷはっ……殺す気ですか!?」

 

「クックックッ、そんな感想初めて聞いたぞ」

 

 笑われた恥ずかしさと腹立たしさでムカッとする。

 

「さぞこれまで素晴らしい感想を幾つもお聞きになられたのでしょうね」

 

 どこぞで美女を食い散らかしていたのだろう。

 おかしそうに笑うグウェイン様の下から何とか抜け出しベッドから下りようとして手を掴まれ引き戻された。

 

「離して下さい、私はグウェイン様のお手付きになる気はありません」

 

 貴方と遊びたい人は山ほどいるでしょうからそこから選べばいい。

 

「別に手は付けない」

 

「今しましたよね」

 

 まだ感触の残るくちびるをきゅっとすぼめた。

 

「それは今が初めてじゃない。森のそばでシタのが最初だ、今のは確認」

 

 森のそばって、ポーションを飲んだ時のあの感触……アレが私のファーストキスになるの?

 

「最悪……」

 

「だろう?だから確認後、覚えてないようだからやり直した」

 

「更新されても全く良くありません」

 

「お前が協力しないからだぞ。だが次はもっと努力する」

 

 なんの話だ?

 

「お手付きにする気もないならいい加減にこの手を離してください」

 

 そう言っているのにくるりと回転され背中から抱き寄せられるとそのままベッド倒れ込んだ。

 

「駄目だ、いま物凄く眠い」

 

「お一人で休んでください」

 

「命令だ、ここにいろ」

 

 ぎゅうっと抱きしめる手に力が込められる。背中にグウェイン様の体温を感じ筋肉質な腕が目の前には見せつけられ胸がバクバクとする。

 

「そ、そんな命令聞きません」

 

 わたわたとし何とか抜け出そうと藻掻くが今度は頭のてっぺんに顔をすり寄せられ息遣いが感じられた。

 に、匂いかがないで!頭洗ってない!

 

「頼む……」

 

 その言葉に思わずピクッと反応してしまう。

 

「ふっ……お願いだ、ここにいてくれ」

 

「お願い……ですか?」

 

 何だか一瞬笑った気がするがいつも強気な人にそんなこと言われたらちょっと、拒否出来ない……

 

「お前が傍にいてくれたらそれでいい」

 

 駄目だ……もうムリ。傍にいてあげなくちゃ……

 私は力を抜くと回された腕を優しく撫でた。

 

「少し、だけですよ」

 

 グウェイン様も力を抜くとすぐに寝息を立て始めた。

 私もまだ完全に回復していなかったのか、もう少し深く眠るまでじっとしてようと思っているうちに一緒に眠ってしまうという失態を犯してしまった。

 

 

 

「エレオノーラ……」

 

 小声で呼ばれ目を開けた。

 確か高熱が出ていたはずだけど……回復したのかスッキリとした目覚めだ。

 

「リゼッ……」

 

「しっ!」

 

 名を呼ぼうとしてくちびるに指を当てられる。リゼットが私の横を指差したのでそっと振り向くとグウェイン様が寝乱れた姿で私のお腹あたりに手を回しスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている。

 

「ふぐっ……」

 

 不意打ちは止めて!いくらエドガールで見慣れていても大人の色気にはまだそれほど免疫がないのよ!

 私の心を読んだのかリゼットも口を食いしばりながらコクコクと頷いている。

 とにかく起きなきゃ。

 そろりとグウェイン様の腕から抜け出し音を立てないように部屋から出た。

 

「はぁ〜〜!!」

 

 やっと気が抜けて深呼吸した。

 

「起こしてくれてありがとう、うっかり寝ちゃったわ。あぁ、そんな事より私の荷物どこ?着替えなきゃ」

 

 こっちかな?

 歩き出すとリゼットが呆れた顔で横に並ぶ。

 

「エレオノーラって見かけによらず結構っとい根性してるのね」

 

「何が?あぁ魔物に襲われた事?そりゃ怖かったけど考えないようにしてる。とにかく早く着替えてハナコ様とグウェイン様のお食事の準備をしないと」

 

 部屋に入るとサッとシャワーを浴び持って来ていた自分の地味な服に着替えた。三日もベッドから出られなかったせいで足が弱って力が入らない。今日は少し歩き回って感覚を戻さないいけないな。

 ふと鏡を見て自分のくちびるに触れた。見た目には変化はなくグウェイン様と口づけを交わした事など無かったように見える。ならいっそ無かった事でいいんじゃないだろうか。そう思いこれ以上考える事を止めてしまった。グウェイン様のくちびるの感触も抱きしめられた体温も忘れよう。グウェイン様にとってはきっとただの気まぐれに違いない。

 

 準備を整え屋敷のメイドが運んで来たワゴンを受け取り朝食をグウェイン様の部屋の中へ入れた。

 私がシャワーを浴びている間にグウェイン様も起きていたのかスッキリとした顔でテーブルに付いている。シャワーを浴びガウンだけを羽織り私をじっと見ている。

 

「おはようございます、お待たせ致しました」

 

 皿を並べお茶を淹れる。

 

「何故勝手にいなくなった?」

 

 ぶすっとした顔されても困る。

 

「時間でしたからシャワーを浴びて着替えて来たのです」

 

「まだ無理をするなと言ったろ」

 

「もう大丈夫です、さぁどうぞ」

 

 カップを置くとグウェイン様の後ろにまわった。相変わらずいい加減に髪を拭いているので雫がガウンに滴っている。タオルを持って来て乾かすと丁寧に梳きとかし緩く編み込んでいく。

 良し!

 そこへノックがしオーガスト様がやって来た。

 

「おはようございます、グウェイン様。大丈夫そうだな、エレオノーラ」

 

 オーガスト様もグッスリと休んだのか柔らかい微笑みをこちらへ向けてくる。

 

「はい、ご心配おかけいたしました」

 

「少しグウェイン様と話がある」

 

「はい、では私はハナコ様の所に行ってきます」

 

 オーガスト様のお茶を素早く淹れると部屋を出た。

 

 

 

 

 

「やはり回復が早いですね」

 

 オーガストが閉じられたドアを見ながら言う。

 

「ふむ、恐らく聖なる力の恩恵だな。後でハナコ様にもう一度魔石の訓練をさせてみよう」

 

 エレオノーラとハナコ様の救助にあたって幾つか不可解な点があった。

 一つはハナコ様が魔物の集団へ飛び込んでも無事だったこと。これは聖なる力がハナコ様にあるということで説明がつく。その後二人だけで彷徨った時にも魔物に遭遇していない事も含まれる。

 グールに襲われた時もハナコ様の方へ行かずにエレオノーラが襲われた事もそうだが、その後のエレオノーラの回復も本来魔物に襲われた者のそれとは違う。

 魔物に襲われ深い傷を負った者はすべからく発熱し数日は起き上がれないほど体力を消耗し瀕死の状態に陥る。恐らく魔物に毒されるせいだろうがポーションで傷を治した後でも熱は出る。

 今回エレオノーラは片腕が殆ど千切れるほど食いつかれ、首元にも牙は深く食い込んでいて、助かったのは奇跡に近かった。処置が早かった事と私がハイポーションを所持していた事がギリギリで彼女の命を繋いだが発熱する事はわかっていたため予断を許さなかった。

 だがエレオノーラの熱は思ったより早く落ち着いた。

 

「昨夜も……つつがなく?」

 

 オーガストがさり気なさを装って聞いてくる。

 

「あぁ、私をなんだと思ってるんだ?」

 

 答えを聞いたオーガストの顔は晴れやかだった。

 ふっ……馬鹿な奴だ。

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