第45話 森へ行く聖女6

 首元にグールの牙を感じ自分の物ではない熱を感じた。意識が遠のきそうになり力を抜くと押さえつけられていた感覚が無くなり体が楽になった。

 あぁ、死んだから感覚が無くなったんだ。もっとギリギリまで痛みを感じて苦しんで叫びながら死ぬのかと思っていたけど、もしかしていい感じで気絶したとか?さすが私、いい仕事するねぇ〜。

 そう思っていたら突然耳をつんざく雷鳴が響き渡り体が浮かび上がると放り投げられ激しく打ち付けられた。

 

「エレオノーラ!!」

 

 名を呼ばれた気がしたが意識が保てず暗転した。

 

 

 

 次に感じたのは口に広がる苦い味だった。

 う〜ん、不味い、どうせなら美味しい甘味を味わいたい……って、これってもしかしてポーションの味?

 

「もっと飲め……駄目か」

 

 口調は偉そうだが心配している事が伝わる声が聞こえる。この心地よい低音はグウェイン様に似ている。と思っていたらむにゅとした感触がくちびるにあたりく無理矢理口をこじ開けられると何かが押し込まれて来た。

 また苦い、またポーション!?

 喉をさすられゴクリと飲み込んだがさらに押し込まれ、たまらず盛大にむせた。

 

「ゴホゴホゴホゴホゴホッ!駄目……ゴホゴホッ、死んじゃう、ゴホゴホゴホッ!」

 

 腕を振り上げくちびるに押し付けられていたポーションを押し退けようとしてペチンと柔らかい物に触れた。

 なに!?

 まだ咳き込みながらそれを見ると振り乱された黒髪もその美しさを損ねることがない絶世の美女……じゃなくて美丈夫、グウェイン・ウィンザー公爵のかんばせがびしょ濡れ近距離で私を見ていた。

 

「ゴホゴホッ……グウェイン……ゴホッ、様……」

 

「はぁ〜〜〜……気がついたか」

 

 心底ホッとした顔のグウェイン様が顔から私の手を退けるとマントで体を包み込み抱き上げられた。まだ蒸せたせいで上手く話せないがグウェイン様の顔を見上げる。

 

「ハ、ハナコ様……」

 

「大丈夫だ、突然暗闇から飛び出してきたときは驚いたがな。お陰でお前が死なずに済んだ」

 

 視線で示された方向を見るとこちらに向かって駆けてくるハナコ様とダンテ様、ジェラルド様、オーガスト様が見えた。

 

「うわぁ〜ん、エレオノーラさぁん!大丈夫ですかぁ!」

 

 涙でグショグショのハナコ様が可愛くて思わず吹き出してしまう。

 

「ぷっ、あぁ、あんなに走っては転んで……あぁ、やっぱり」

 

 見事にすってんコロリンと転げダンテ様に助け起こされたハナコ様の傍までやって来た。

 

「イタタ……エレオノーラさん、大丈夫ですか?」

 

「ハナコ様こそ大丈夫ですか?」

 

 グウェイン様に抱き抱えられたままだがニッコリ笑ってハナコ様を見た。

 

「私は全然全然大丈夫です……無事で良かった」

 

 私の笑顔を見て安心したようだ。不安にさせてしまって申し訳なかった。

 

 護衛に合流すべく歩いている道すがら事の顛末を聞く。私と離れた後、ハナコ様はなんと森の中の白い光目指して走っていったそうだ。その光を助けと信じ叫びながら走った。本来ならそれはとても危険な行為だ。叫び声は森の中の魔物に気づかれるし暗闇を走れば木に衝突する。

 だが叫び声でグウェイン様がハナコ様に気づき、すぐに私を助けてくれと言われて駆けつけてくれたらしい。

 

「グウェイン様がビュンッって飛んでいったので物凄くビックリしました」

 

 どうやら魔術を駆使して電光石火の如く駆けつけてくれたらしい。

 

「グールが覆いかぶさっている姿を見たときは間に合わないかと思い、雷撃を食らわせたが何とかなったな」

 

 雷撃って……だから急に吹き飛ばされたのか。

 

「グールと一緒に吹き飛ばすなんて酷いです」

 

 助けてもらってなんだけど扱いが雑な気がする。

 

「主として専属の命を護るためには仕方が無いだろう、けして馬鹿となじられたせいではない」

 

 麗しい笑みを浮かべる目が潰れそうなキラキラ攻撃に顔をふせた。

 うわぁ……聞かれてた。

 私は黙って口をつぐんだ。

 

 

 

 伯爵邸へつくなりベッドに放り込まれた。

 私の怪我はポーションによって治されていたが出血が酷かった事と襲われたショックのせいか高熱が引かず寝込んでしまったからだ。

 メイドとして屈辱ではあるが朦朧としたなか動けない体を誰かに拭いてもらい着替えさせられたようだがよく覚えていない。

 何を勘違いしてか高級な夜着を着せられ気がついた時は居心地が悪かった。いや着心地は最高ですけど。

 おまけに後で聞いたがハナコ様が側についてくれたらしく嬉しいような恥ずかしいような、何とも申し訳ない気持ちになった。

 

「ハナコ様、もう大丈夫ですから」

 

 寝込んでから二日が過ぎ、ようやく熱も下がり高熱で朦朧としていた意識も回復してきた。いくらなんでも聖女様にいつまでも心配をかけてはメイドの恥だ。

 

「少し顔色がましになりましたが無理は駄目ですよ」

 

「いえ本当に……」

 

 何とかベッドから出ようとハナコ様を説得しているとグウェイン様がオーガスト様を連れてやって来た。

 

「賑やかだな、もう大丈夫なのか?」

 

 グウェイン様がイスを引き寄せベッドの横にドシンッと座る。どうやらお疲れのようだ。

 

「グウェイン様こそ大丈夫ですか?いまお茶を……」

 

 ベッドから出ようとしてかけていた毛布をよけると夜着がめくれて足が丸出しになってしまった。一瞬かたまり、慌てて毛布を掛け直すとグウェイン様の顔を見た。

 

「綺麗な足だ」

 

 ニヤリとし嬉しそうだ。

 

「なっ、何を言ってるんですか!こういう時は見て見ぬふりをしてくれるものなんじゃないですか?」

 

 オーガスト様は向こう向いてくれているのに!

 

「勝手にベッドから出ようとしたお前が悪い」

 

 キィー!ムカつく。

 

「お茶をお持ちいたしました」

 

 グウェイン様を睨みつけているとリゼットがワゴンを押して部屋へ入って来た。私が寝込んでしまったせいで彼女に負担がかかってしまった事を考えると大変申し訳ない。

 それからダンテ様やジェラルド様もやって来て何故か私の部屋でお茶を飲み始めた。

 私の部屋とは言えよく見ると随分豪華な部屋だ。広さもさることながらベッドも広いし天蓋付き、皆が座る応接セットも高級な物だとひと目でわかる。チャンドラー伯爵がたかがメイドにここまでの部屋を用意するとは思えない。まさか……

 

「ここグウェイン様に用意された部屋よ」

 

 皆にお茶が行き渡り私にもカップを渡してくれながらリゼットが疑問に答えてくれた。きっと途中から私の顔が引き攣り始めたことに気づいていたのだろう。

 

「どうして……こんな事に……」

 

 高熱の時よりも意識がぶっ飛びそうな気持ちです。

 

「そりゃグウェイン様が傍に置きたがって」

 

 リゼットがさっきまでグウェイン様が座っていたイスに座り一緒にお茶を飲んでいる。あなたもおかしくなった?いま仕事中だよね。

 

「エレオノーラが倒れて一日目はグウェイン様は森へ魔物を一掃しに向かわれてその間は私とハナコ様に貴方の側を離れるなと命令されてた。帰ってきてからはご自分が付いてらしたの。まぁ夜も寝ないでお仕事されてたみたいだけど」

 

 応接セットの向うにある執務机には書類が山積みにされていた。

 

「顔色が悪いと思ったわ」

 

「貴方達を探していたからその前も寝てないし、そろそろなんとかしないとってオーガスト様が言ってたから」

 

 そう言ってリゼットが立ち上がり私からカップを奪う。まるで合わせたように皆がソファから立ち上がりグウェイン様へ手短に報告を済ませるといそいそと引き上げていく。ハナコ様とオーガスト様がグウェイン様を導くようにして三人でベッドの側へ来た。

 

「じゃあエレオノーラさん、まだ起きてきちゃ駄目ですよ、むふふ」

 

 生温かい目に嫌な予感がします。

 

「エレオノーラ、無事で良かったよ。これで私も休める」

 

 グウェイン様と匹敵するくらい顔色の悪いオーガスト様が力なく微笑みハナコ様とリゼットと一緒に部屋を出た。

 あんれぇ〜?これどういう状況?

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