第43話 森へ行く聖女4
「私のそばを離れるなよ」
グウェイン様が土煙が立ち上る方向を見ながら私とハナコ様を背にかばった。
言われなくても絶対に離れません!
軽く編み込まれた漆黒の髪がつやりと光る広い背中に見惚れつつ、私はハナコ様の手を腕から離し手をぎゅうっと握った。いざという時に腕を掴まれていては走れない。
近づく地響きに前方にいる騎士の叫ぶ声がかぶる。
「来たぞー!アレは……ゴブリン、いや他にもっ!?」
警戒をあざ笑うように魔物の集団が目に飛び込んで来た。
凄まじい数のゴブリン、オーク等の比較的弱い魔物からスケルトン、グール等少し上のモノまでが入り混じり津波のようにこちらへ押し寄せて来た。奴らは何かに追われるように必死こちらへ向かって駆けてくるように見える。
「動きがおかしい!総員私の前から退け!!」
グウェイン様が叫ぶなり魔術を発動し巨大な氷の塊を出現させると私達のいる場所を護るように地面に突き立てた。直後にやって来た魔物の大群がその氷を避けるように川の流れの如く二又に別れてそのまま横を通り過ぎ私達には目もくれない。
「グウェイン様!」
悍ましい数の魔物が通り過ぎる中、時折こちらを攻撃してくるモノがいたがそれは素早く騎士や魔術師たちが屠っていく。襲って来ると言ってもその形相はこれまでの魔物達とは違い混乱して見当違いな行動を起こしているという感じだ。
「エレオノーラ!無闇に動くなよ、ハナコ様を頼む」
グウェイン様が突き刺した巨大な氷の塊に驚いていたが、今度はそれにぶち当たる魔物達によって段々と氷が削られていく光景に恐怖を感じる。大群は収まる気配も無く、一体どこにこれ程の魔物が棲息していたのかと思ってしまう。
「オーガスト!少しずつでも後退させろ、このままじゃ消耗するだけだ」
ハナコ様を護るように周りを囲っていた護衛達がオーガスト様の指揮のもとジリジリと森から脱出すべく後退していく。それに合わせグウェイン様が二つ目の巨大な氷の塊を地面に突き刺した時、一つ目の塊が砕け散った。
「もう少し急げ!」
砕けた破片から私達を護るようにグウェイン様が覆いかぶさってくれる。破片は護衛達にも降り注ぎ一瞬の隙が生まれそこへゴブリンが突っ込んできた。
「きゃーー!!こっちに来ないで!」
ゴブリンの鋭い爪が一瞬ハナコ様に届きそうになり、私は反射的にハナコ様と場所を入れ替わるようにして庇うと腕に衝撃を感じた。
「うぐっ!」
悲鳴をあげてはハナコ様がさらに怯えてしまうだろう。痛みを堪えて握っていた手に力を込めると笑顔を作った。
「大丈夫ですか?ハナコ様」
ハナコ様はガクガクと震えながら小さく頷き涙ぐんでいた。ゴブリンは直ぐにグウェイン様の手によって何処かへ飛ばされた。
「チッ、いいか!一旦ここらの魔物を払うからその隙に退避しろ!」
グウェイン様が私を見て苛立たしい声をあげるとオーガスト様を一瞥し、体から靄が見えそうなほどの魔力を練り上げた次の瞬間、凄まじい衝撃の後、爆音が響き辺り一帯が火の海と化した。肌がチリチリと焼けるような熱を感じながら皆が一斉に駆け出す。遅れまいと私とハナコ様も必死に足を動かした。私達が行かなければ護衛達も逃げることが出来ない。
いつの間にか私達の後ろはオーガスト様が付いて走っている。
「グウェイン様は何処ですか?!」
走りながら振り返るとオーガスト様が呆れ気味に微笑む。
「あの方はお一人の方動きやすいから心配はいらん」
その言葉が終わらないうちに再び背後で轟音が響き魔物が木々の上を飛び散っていくのが見えた。
そんな感じですね、私がグウェイン様の心配なんておこがましい。
前方を走るダンテ様とジェラルド様に必死に付いて行くが、来る時と違い木々の間を突っ切る足場の悪い森は思うように走れない。私ですらそうなのにこちらの世界に慣れないハナコ様はさらに大変そうでかなり息があがってきている。
いつの間にか隊列も長く伸びてしまい遅れ気味の私達の周りには護衛が少なくなって来ていた。魔物の大群はグウェイン様が払ってくれたお陰で近くには見当たらないがそれでも離れたところを走る沢山の足音が聞こえる。
「少し待って、下さい……も、息が……」
とうとうハナコ様の足が止まってしまった。ぜいぜいと息をしながら握っていた手を離し膝をついて座り込んでしまう。ダンテ様とジェラルド様が周囲を警戒しオーガスト様がハナコ様に手を差し出した。
「もう少しで森を抜けますから」
護衛騎士達は既に離れてしまい姿は見えない。森の中に五人だけで取り残されのがわかり不安を感じたのかハナコ様が何とか立ち上がろうとした。
私がそれを助けようと再び手を握った時、背後でミシミシと木々がなぎ倒される音がした。グウェイン様がもう近くまで来たのかと思ったが違った。
「急げエレオノーラ!!振り返らずに走るんだ!」
ぬらりとした質感の外皮を見せつけ、大人二人がかりでひと抱えするほどの太い胴を持つ巨大な蛇のような魔物のワームが現れた。
オーガスト様が叫ぶと同時にジェラルド様が魔術で火球をいくつも出して攻撃を始めた。
ワームは長い胴をうねらせながら襲いかかり、オーガスト様の魔術で作られた土壁も乗り越えてくる。
「キャーー!!助けて!」
ハナコ様がその光景に驚き私の手を振り払うと一人で走り出した。
「待って下さい!危険です!」
混乱し走って行くハナコ様を必死で追いかけていく。目の前にはグウェイン様の攻撃から逃れた魔物が森を横切っているがまるでそれが目に入らないようにハナコ様はそこへ突っ込んでいった。
「危ない!!」
あっという間に見失い姿が見えなくなってしまう。
「待てエレオノーラ!私が行く!」
追いかけてきたダンテ様が私を追い抜くと風の魔術を振るい魔物を吹き飛ばした。グウェイン様の魔術に比べると規模は小さいものの沢山の魔物が宙を舞い地面に叩きつけられる。
「ハナコ様ぁ!」
急いで魔物がいた場所へ向かったがハナコ様が見当たらない。ダンテ様も残った魔物を攻撃しながら探している。すると目の端にハナコ様の服が見えた気がしてそこへ向かって走って行った。
「エレオノーラ、待つんだ!一緒に行動しなければお互いに見失うぞ!」
ダンテ様が叫んでいるがハナコ様はすぐそこだ。これ以上離れてしまえば本当にどこへ行ってしまうかわからない。
「ハナコ様、待って下さい!そっちは危険です!」
逃げ惑い混乱しているのか私の声も届いていないようだ。何とか見失わないように追いかけていると、遂にハナコ様が足を滑らせ転んでしまった。
慌てて駆け寄るとその手をしっかりと掴んだ。
「嫌だ、離して!!」
「ハナコ様!落ち着いて、私です、エレオノーラです」
もがくハナコ様を抱きしめてポンポンと背中を叩く。
「もう大丈夫です、ここには魔物はいません」
ぎゅうっと抱きしめていると落ち着きを取り戻し私にしがみついて来た。
「怖かった……魔物が、いっぱいいて」
「そうですよね、もう大丈夫ですよ」
安心させようとそう言ったが周りを見渡しても誰もいない。ハナコ様を立たせると来た道を少し引き返したが静まり返った森は物音一つせず、辺りは日が陰り薄暗くなってきていた。
マズイ、完全にはぐれた。
ハナコ様を必死に追いかけていて感覚が麻痺していたが私だって魔物は怖い。見上げても空には雲がかかり始め何も見えず、どの方向へ進んで行けば良いか見当もつかない。私がキョロキョロとしているとハナコ様が申し訳なさそうな様子で項垂れた。
「ごめんなさい、私のせいで皆とはぐれてしまって……」
「大丈夫ですよ、ハナコ様がお一人にならなくて良かったです」
まぁ、私がいたって森じゃなんの役にもたたないんだけど。
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