第41話 森へ行く聖女2
メイド達がお茶を配り終わり青い顔をしながら静かに出て行った。
先程から部屋の中に漂っていたピリピリとした緊張感が緩み話し合いにも余裕が出てきたようだ。
「では明日の昼前には伯爵領へ到着いたしますが午後には森へ向かうのですね?」
騎士達のまとめ役の一人が確認してくる。
「そうだ、ゆっくりしている時間はない。ハナコ様には無理を強いるがここで時間を取られる訳にいかないからな。その際に現れた魔物は私が責任を持って処理する」
いつもより多い魔物出現に住民が困っているからという理由でここまで来たのだから討伐は当たり前かも知れないがグウェイン様だけに責任がかかるのは変な感じだ。
「では現地の伯爵領の騎士団に前もって森へ調査に向かわせておきます」
「いや構わん、連日討伐へ向かっていると聞いているのだから状況はわかっているだろう」
オーガスト様がしれっと先触れを止めた気がするが何か考えがあるのだろうか?
騎士達も何か気づいたようだがそこには触れずに引き上げていった。
入れ違うように食事が運ばれて来てダンテ様とジェラルド様も幾つか確認すると部屋を出た。
残ったオーガスト様とグウェイン様がお二人で食事をするようで、テーブルに本来なら食事する早さに合わせて順次運ばれてくる皿が次々と置かれていく。先置きにしてこれ以上部屋に他の人が出入りすることを避けたようだ。
使用人達が全て出ていった瞬間オーガスト様がため息をついた。
「はぁ……恐らく後でコンクエスト子爵が謝罪に来ますよ、何も手を払わなくても」
注意された本人は当然という顔をして食事を始める。
「エレオノーラが悪い。離れた場所にいるからつけこまれるのだ」
私のせいですか?
テーブルのグラスに水を注ぎながらため息を飲み込む。
「ここは子爵邸なのですから私が割り込むわけにもいかないですよ」
「専属なのだから割りこめばいいだろう」
「お茶を配っていただけですよ」
「余計な事をしようとした」
はいはいわかりました!
「これからはお傍に控えるように致します」
コイツは幼児、幼児だと思えば腹も立たない。
スーハー呼吸して気持ちを整え堪えているとオーガスト様がくすくす笑いながら見ている。
「諦めろエレオノーラ、グウェイン様は昔から気に入った物には執着が激しい」
そう言って自分を指差した。
それって自分もその犠牲者だと示してる?グウェイン様に気に入られ仕えたせいで結婚も出来ていないと?オマケにダンテ様は養子にまでして傍に置こうとしていると?
ちょっと気持ちの悪さを感じるが深く考えるのは止めておこう。今はとにかく明日の討伐のことに集中だ。
「明日の午後には討伐だとおっしゃいましたが大丈夫なのでしょうか?ハナコ様は馬車酔いが激しそうですし万全とは言えませんが?」
「聖なる力はハナコ様の意思とは関係なく周囲に影響を及ぼす」
グウェイン様が口元に長く形の良い人差し指を当てて私に黙るように指示する。そうだ、ここでは余計な事は言えないんだった。
「そうですが、心配です。今日もあんなに顔色を悪くされていらっしゃいましたから」
私も頷き承知したと合図した。
「そうだな、無理な要請でハナコ様は不調をきたし思うような結果が残せんかもな」
オーガスト様が悪そうな顔でそう続けた。聞き耳を立てている誰かにわざと聞かせ、もし失敗に終わっても無理に移動させたせいだと言い訳出来るようにしたのだろうか。個室の中でも気が抜けないなんて上位貴族は大変だな。
城でのグウェイン様の部屋には盗聴防止の魔法陣が設置してあるようだからあんな自由に話していられたようだ。
お二人の食事が終わり食器などを置いてあったワゴンに載せて片付け、廊下へそれを出していると少し離れたところでジェラルド様が子爵と何やらもめているのに気がついた。向こうも私に気づき二人が揃ってこちらへ足早にやって来る。
なになに?顔が怖いんだけど!
慌てて礼を取ると目の前で二人がピタリと止まった。
「エレオノーラ、グウェイン様はもう怒ってないよな?」
ジェラルド様が何か言いたげな子爵より先に口を開く。
「はい、特にご機嫌は悪く無いです」
「ほら、大丈夫だって。グウェイン様は根に持つタイプじゃないから」
ジェラルド様がお父上である子爵の肩をポンポンと叩く。
「口を慎みなさい、そのような軽口をきくのではない。屋敷の者が無礼を働いたなら謝罪をするのは当たり前の事だ。エレオノーラといったか、取り次いでくれ」
「いいって、気にしてないのに疲れている所へ顔出したって不機嫌になるだけだから」
確かに。流石にジェラルド様はグウェイン様の事がよく分かっている。
「エレオノーラもそう思うだろ?」
「はい、グウェイン様は私がお傍に控えてなかった事でお叱りを受けましたが他の事は何も仰っていません」
あえてメイドが余計な事をしようとした事には触れない。このまま帰って頂く方が絶対にいい決まってる。
「そうか……ではエレオノーラ、何か用があれば遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
ジェラルド様と上手くいったと目配せをして部屋へ戻るとオーガスト様が出て行こうと立ち上がるところだった。
「やはり来ていたか?」
「はい、グウェイン様はお疲れですし何も気にしていないとお伝えして引き上げて頂きました」
グウェイン様はフンッと鼻を鳴らしただけで気にもしていない。オーガスト様が用意された部屋へ行かれ、私は浴室の準備を確認し着替えを用意する。
「もういいぞ、明日も早い。ゆっくりと休め」
伸びをしながら浴室へ消える背中を見送った。
早朝にも関わらわず子爵夫妻は見送りに出てくれていた。まぁ当たり前といえば当たり前か。
「行き届きませんで申し訳ありませんでした」
子爵が謝罪する横で婦人が本当に申し訳なさそうな顔をしていらっしゃる。
「いや、充分もてなしてもらった」
グウェイン様がそれだけ言うと馬車へ乗り込んだ。もう少しなにか言ってあげればいいのにと思っていたが子爵は少しホッとしたような顔をされていた。婦人ももうすぐ苦行が終わるという気持ちだろう。
ハナコ様もまたこれから馬車に乗らなければいけないという不安な気持ちを隠し子爵へ丁寧にお礼を述べている。
「大変お世話になりました」
「いえいえ、聖女様にご滞在頂きまして光栄でございました。道中お気をつけて」
グウェイン様相手では気が抜けないがハナコ様は可愛らしい方なので子爵も話しやすそうでいい感じだ。周りの者達もさっきと違い和やかな雰囲気になった。
「エレオノーラ!」
もどかしそうに呼ぶ声。
せっかくいい感じだったのに。
「はい、ただいま参ります」
今日は最初からグウェイン様と同じ馬車に乗せられ、ハナコ様にはリゼットがつくことになっている。馬車酔いするから訓練はしないだろう。
馬車は朝靄のなか出発し途中二度ほどハナコ様のために少し止まったがそれ以外は順調に進み、予定通り昼前には伯爵領についた。
防衛大臣であるチャンドラー伯爵の領地の中心地にある街は高い
既に門前には出迎えの者が待ち構えていた。流れるように門が開かれて街なかへ導かれ、中央の広い通りを進むと道の左右にいる人々が一斉に声をあげた。
「「聖女様ぁー!」」
大きな歓声が響き渡り皆が馬車へ向けて手を振っている。きっとチャンドラー伯爵が前もって宣伝していたのだろう。
「うわぁ……ハナコ様、大丈夫でしょうか?」
まるで凱旋したかのような歓迎ぶりに違和感を感じる。オーガスト様を見ると苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
「上手く利用されてますね。恐らくこの中には他国の貴族や商人等もいて、伯爵領は聖女様に護られていると見せつけているのでしょうね」
「始めからわかっていた事だ。それより直ぐに討伐へ向かえるだろうな」
歓声を気にするでもなくグウェイン様が言う。
「大丈夫です、チャンドラー伯爵は王都にいてここには居ませんから余計な横槍も入らないでしょう」
馬車は少しゆっくりと伯爵邸まで進み、門をくぐって玄関前に馬車が着くとグウェイン様に断りをいれ私は素早く下りてそのままハナコ様の馬車へ向かいドアを開けた。
「大丈夫……では無いようですね」
リゼットに肩を抱きしめられ項垂れるハナコ様。色々な意味で大丈夫じゃなさそう。
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