第40話 森へ行く聖女1

 晴れやかな青空の下、軽快に伯爵領へ向う馬車の中でもハナコ様は訓練を強いられていた。

 私は向かいに座り、ダンテ様とジェラルド様が交代で隣に座りハナコ様の手を通し魔石へ魔力を入れたり出したりしている。それが済むと今度はハナコ様自身が魔力を動かし魔石へ入れようと鼻にシワを寄せる。

 

「ぬぐぅ〜、むぅ〜……はぁ〜、出来ない……」

 

 涙ぐみながら俯くハナコ様がお気の毒で見てられない。

 

「少しご休憩いたしましょう」

 

 朝から慣れない馬車に揺られ顔色の悪いハナコ様に無茶はさせられない。

 ダンテ様の手からハナコ様の手を奪い返し睨みつけると呆れた顔をされた。

 

「邪魔するなら他の馬車へ移動させるぞ」

 

「ハナコ様と男性だけを一つの馬車へ乗せる訳がないでしょう」

 

「女性騎士でも乗せるから大丈夫だ」

 

 チッ、確かにこの馬車の護衛の中には女性騎士もいる。

 

「別に邪魔をしている訳ではありません。根を詰めすぎるのはいかがかと思っただけです」

 

 ハナコ様はこんなに青い顔をなさっているのにそこまでしなくても良いと思う。

 

「これから現地で討伐があるのに出来れば少しでも魔術が使える方が良いだろう」

 

 その言葉を聞いてハナコ様が更に落ち込む。

 流石にそう言われれば二の句が告げないがそもそも討伐にハナコ様をお連れするのがおかしい。

 

「さぁ、もう一度最初から始めましょう」

 

 ジェラルド様まで訓練を進めようとハナコ様の手を取ったが直ぐにその手が払われた。

 ほら、やっぱり無茶しすぎて嫌がってるじゃない!

 だがその瞬間。

 

「うっぷ……気持ち悪い……」

 

 ハナコ様は口元を手で押えるとグッと堪える。

 

「大変!馬車酔いだわ、止めてちょうだい!」

 

 私は慌てて馬車を止めるよう合図すると急いでハナコ様を外へ連れ出し道の端の草むらへ行った。

 騎士達が護衛する中、ハナコ様は朝食を大自然へお返しし、差し出した水を飲んだがまだ気分は悪そうだ。王都アレクシアを出発してまだ一時間、これじゃ今日中に伯爵領までの中継地の街にたどり着くのはかなり遅くなりそうだ。

 

「何故こんなところで止まっているのかと思えば……チッ」

 

 前の馬車からグウェイン様が不機嫌な顔を窓から出した。ハナコ様に近付けたくなくて、後ろの馬車に乗っていたリゼットが慌てて走ってくるのを確認してハナコ様を任せると素早くグウェイン様の馬車へ急いだ。

 

「少し休憩いたしましょう。何かお飲み物をご用意いたしますね」

 

 同乗していたオーガスト様の分もお茶を用意してすぐに持って行くとそのまま同じ馬車に乗るように言われた。

 ハナコ様にはリゼットが付いているしこれ以上訓練は出来ないだろうから、まぁいいか。

 再び馬車が動き出したがさっきよりもゆっくりと進んでいる。恐らくハナコ様を気遣っての事だろう。

 

 伯爵領へ向かう隊列は街道をゆっくりとだが順調に進んで行く。数台の馬車に護衛の騎士達、魔術師達が騎馬で並走し周りをかためて今夜の逗留予定の街へ向かっている。

 この街道は騎士団の巡回地域の範囲なので比較的安全で魔物も辺境に時々現れる野盗の類も出ない。出たところで王国の優秀な騎士や魔術師が負けるはず無いから安心だ。しかも目の前には希代の大魔術師グウェイン・ウィンザー公爵がいる。万に一つも間違いは無い……が、正直大魔術師がどれほど強いかなんてよくわからない。グウェイン様が活躍される場はいつも強力な魔物が出没したり大災害や戦争が起きた現場なのでその強さは当事者以外の目に触れることは殆どない。

 

「伯爵領にはどんな魔物が出るのですか?」

 

 あまりに急な出発だった為事前の情報は私達メイドだけでなくハナコ様にも全く無い。

 

「普段はゴブリン、スライム等の小物が森の少し踏み込んだ所に出没していた程度だったらしいが、今回はそれに加えオークやグールも多数見かけるようになったらしい」

 

 オーガスト様が資料を確認してくれ教えてくれた。

 そもそも魔物には強さに応じたテリトリーが大体決まっていて大物は人里から離れている所に出没することが多い。危険な場所に人が住まないから自然とそうなっているのだが時折その均衡が崩れる。

 今季は雨が少なかったせいだと父さんが言っていたから何処か違う土地から流れて来たのもしれない。

 

「それで今回はどうやってハナコ様の力が使えない事を隠すのですか?」

 

 馬車というある意味隔離された空間だからこそ出来る会話だ。街では誰が何処で聞いてるかわからない。

 

「伝えられている書物によると、そもそも聖なる力を持つ者には弱い魔物は近付いて来ないらしい。内に秘める聖なる力の余波のせいだと言われているようだが、ハナコ様はその力が弱いから期待は薄いがな」

 

 上手く行けば魔物に遭遇しないかもしれなくて、それが聖なる力の恩恵だと言える可能性にかけたのかな?

 弱いとはいえ聖なる力はあると言っていたし、そこに賭けたい気持ちは分かるがそんな根拠でここまで強行して来たんだろうか?何だか腑に落ちない。

 

 馬車は一時間後にもう一度休憩に入ったがハナコ様は馬車の中ですっかり胃の中を出し切ってしまい、薬を与えられると眠った。とても気の毒だがこれで前半の遅れを取り戻すように速度をあげて隊列は順調に進み、何とか夜がふける前に街道沿いの街へたどり着いた。

 

 比較的賑わっているこの街はジェラルド様の父であるコンクエスト子爵領で、子爵家のお屋敷があり今夜はそこで逗留することになっている。

 子爵邸はきらびやかとまでは言えないが貴族らしい広々とした造りの屋敷で、コンクエスト子爵ご夫妻が玄関まで出迎えてくれた。

 

 公爵であるグウェイン様と聖女ハナコ様を急遽滞在させることとなり、きっと想像も出来ないくらいの驚きがあっただろう。

 コンクエスト子爵婦人は子爵の横で青い顔をして必死に倒れまいと耐えているように見受けられた。三日は寝てない感じ。普通なら一ヶ月以上前に知らせ準備を進めるところだがほぼ十日の準備期間と聞けば気の毒でしかない。

 

「ウィンザー公爵閣下、並びに聖女ハナコ様、ようこそお出でくださいました」

 

「突然すまなかったね、明日も早朝に立つのでお気遣いなく。私達の食事は各々部屋で取るから外で待機している騎士達や魔術師達の誘導を頼みます」

 

 オーガスト様がその場を仕切りグウェイン様は一言も話すことなく用意された部屋へ向かった。ハナコ様はまだ顔色が悪かったが子爵夫妻に何とかリゼットが教えた礼を取った。

 

「お世話になります……」

 

 その後は続かずジェラルド様が気を利かせてすぐに部屋へ案内してもらえる事になった。

 子爵夫妻はぐったりとしていたがこの緊急事態を何とかくぐり抜けるために明日までは気が抜けないだろう。

 私とリゼットはひとまずハナコ様の部屋へ向かい室内を確認した。事前に頼んであった通りグウェイン様の部屋も近く、私とリゼットの部屋を挟み又隣にある。

 ハナコ様はまだ馬車酔いから回復されておらずしばらくお休みになるようなので私はグウェイン様の部屋へ向かった。

 

 部屋の中にはソファに座るグウェイン様を中心にオーガスト様、ダンテ様、ジェラルド様の他に同行してきた赤を貴重とした服の騎士団所属の騎士が数人来て明日からの打ち合わせをしていた。

 子爵家のメイドが歓待してくれているのでここでは基本的に私の仕事は身の回りの世話に限られる。

 少し後ろに控えていると、お茶を準備しそれぞれ配っている若いメイド達の目がやはりグウェイン様をチラチラと見ているのがわかる。キンデルシャーナ国随一の美麗な大魔術師様を前にかなり興奮気味。緊張した手を震わせカチカチと音を立てるティーカップを配る姿に見ていてハラハラとする。

 気持ちはわかるよ、だけど絶対にミスしないでよ!

 段々と険しい顔を見せるグウェイン様がくしゃっと頭をかくとその黒髪が乱れた。

 マズイ!

 それを傍にいたメイドの一人がチャンスとばかりに「失礼致します」とグウェイン様の髪に触れようとしてビシッと払われた。

 

「キャッ!も、申し訳ございません」

 

 メイドの悲鳴に騎士達が驚いたがオーガスト様達は「あぁ……」と呆れた感じだった。

 

「エレオノーラ」

 

「はい、ただいま」

 

 素早くグウェイン様の背後にまわりササッと髪を梳き直し緩く編み込みに結いあげる。

 

「そこにいろ」

 

「畏まりました」

 

 誰も近寄らせるなって事ね。

 

 

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