第39話 上層部のお話2
ゴーサンス公爵が肩を震わせて笑う中、父の足元に転がるカップを片付けていた。
「陛下、エルビンをからかわないで下さい」
オーガスト様がやっと元に戻っていた父がまた項垂れる様子を見て半分笑いながら言った。
「別にからかってなどいないぞ、エレオノーラといったか?」
「はい、陛下」
急に名を呼ばれ慌てて手にしていたカップをワゴンに置くと向き直り礼を取った。
緊張するぅ〜。
「歳は?」
「十九歳です」
「ふむ、年頃だな。それで、ダンテなのか?」
「違います陛下!!」
父は急に復活すると否定した。
「だがダンテはもうすぐウィンザー公爵家へ養子に入るのだから悪くあるまい」
「爵位で嫁ぎ先は決めません。娘の意思が一番重要ですので」
さっきはハッキリと王家でも嫁がせないと言っていたのに流石に御前でそれは言えないらしい。命が繋がって良かった。っていうか今凄いことを聞いた気がする。
「ダンテ様が養子ですか?」
子爵家の三男だから当主を継げない事はわかっているが公爵家へ養子に入るとか破格の出世だ。
「ではグウェイン様の弟君になられるのでね」
年齢的にもおかしくない。ウィンザー公爵家はグウェイン様しかおられないから家門を守るために一族を増やすということか。グウェイン様はまだ独身だしね。
「違う、グウェイン様の子になるのだ」
「はぁ!?グウェイン様の子!?まだご結婚もしてらっしゃらないのに?」
驚き過ぎて陛下の御前にも関わらず動揺してしまう。
「別に驚く事もあるまい、貴族間ではよくあることだ。ダンテは優秀な魔術師だし私の命令もよく聞く」
グウェイン様は立ち上がるとご自分の執務机に向かい引き出しから何かを出して確認し陛下へ渡された。
「本当に許しが出たのか……」
「当主は私ですから」
まさかここで養子縁組に関する書類を渡したんですか?こんなついでな感じでそんな重要な事を進めているのですか。
陛下はそれを少し寂しそうに見つめると懐へしまった。
「実行は三日後だ、いいなダンテ」
「畏まりました」
恭しく話を受けるダンテ様は冷静だ。
なんだか凄くて変な話を聞いてしまった気がするがこの場にいる私以外の方々は知っていた事のようで誰も驚いていない。
「エレオノーラ、今日はもういい。帰りなさい」
グウェイン様がまた何かの資料を見ながら言ったので私は陛下へ礼を取り、下がろうとすると何故か父が私の横に張り付きドアまでついてきた。視線はダンテ様に向けたままだ。
「エルビン、お前はまだ帰らせんぞ」
私と一緒に廊下へ出ようとしたところを陛下が呼び止め、父は苦悩しながら部屋へ戻り扉をしめた。
「女神エメのご加護を、エレオノーラ……」
「エルビンが娘を溺愛しておるとはな、グウェインは知っていたか?」
国王ジャレドが微笑ましそうに話し、私へ顔を向けたが黙って首を振った。エルビンの私生活など興味を持ったことなどない。
「陛下、お戯れを。それからエレオノーラの婚姻には関わらないで頂きたい」
エルビンは心底嫌そうな顔を隠そうともしなかったが流石にジャレドへは向けなかった。
「そういえばエレオノーラを害した伯爵令嬢はどうなったのだ?まさか殺しておらんだろうな」
ハナコ様を守るために選抜された侍女の伯爵令嬢に逆らいエレオノーラが殴られた事を勿論エルビンは知っているようだが、誰かが余計な事を王の耳へ入れるのはどれだけ防いでも防ぎきれない。ジャレド自身あちこちへ人を差し向けているのだから仕方が無いか。
「フロイト伯爵家は税収報告に不備が見つかり監査が入ったとかで領地へ引き上げております。ご令嬢は侯爵家と縁談が決まりそうだったのが破談になったとか」
エルビンが無表情に答えた。きっとこれだけで収まるまい。
「私が聞いた話じゃフロイト伯爵領では隣国との鉱物の取り引きが白紙になったらしい」
ゴーサンス公爵が呆れたようにため息をつくがその件はエルビンでは無い。あの領地は鉱物の取り引きが収入の七割を占めていたからすぐに困窮するだろう。オーガストは仕事が早い。
「ほどほどにな」
ジャレドは仕方なさそうに窘めるとエルビンは恭しく頭を垂れる。
こんな図々しい無爵がいるか?
エレオノーラが帰ったところでハナコ様を伯爵領へ討伐に向かわせる話し合いを再開した。あれが居るところでは話せない、すぐ感情的になるからな。
今回の討伐の話はチャンドラー伯爵の独断のように見えるが実はそうではない。どうやってハナコ様に『黒霧』に立ち向かってもらおうか頭を悩ませていた所にチャンドラー伯爵が自分の領地へ聖女様を引き込む為に王へ進言してきたのを利用したことだった。
ハナコ様には切迫感が無い。どうしても魔力を操作することに抵抗があるというか、上っ面だけやる気を見せている気がして仕方がなかった。これまで暮らしていく上で身の危険を感じたことがないらしいハナコ様は魔物すら見たことが無いという。何を倒さなければいけないかも知らずに真剣になれと言っても無理なのだろう。少し荒療治ではあるが仕方がない、時間が無いのだ。
魔力を動かすことすら出来ないハナコ様がそれを操作して『黒霧』を封印する事が出来るようになるまでにどれだけ時間がかかるかわからない。
「それで、封印の魔法陣は解明出来たのか?」
ゴーサンス公爵が紅茶を飲み干し私が持つワインが入ったグラスを羨ましそうに見ている。ジャレドを護衛中だから飲めないのは酒豪の奴には最大の敵だな。
「じきに完成する」
と言ってもこの時代の誰も使った事がないのだから成功するかどうかはわからない。あくまで文献を紐解いた事を試しているだけだ。
賢者の召喚だってそうだ。誰があんな少女が現れると予想出来た?しかも無知でひ弱で使命感もない。前回の召喚の際には老齢の賢者が現れ自ら率先して『黒霧』の封印へ出向いたと記されてあったというのに……
ハズレを引いたのか?
封印の魔法陣だって現場で何が起こるか誰にもわからない。だがやるしかないのだ。『黒霧』は既に東の山脈を隔てた隣国カシームの国土の半分を覆いつつあり被害は甚大だ。『黒霧』に触れれば魔物は凶暴化し、土地は腐敗し空は覆われ日の光は届かない。人々は逃げ惑い周辺国へ脱出を試みているらしいが山脈近くに住んでいた平民の殆どは逃げ遅れ行方が掴めないらしい。
レスリー山脈が立ちはだかる為、こちらへはあまり被害の様子は伝わっておらずキンデルシャーナ国内ではまだそれほど危機感はない。どこまで情報を操作できるか分からないが出来るだけ時間は稼ぎたい。もし国中に知れ渡れば大混乱に陥り魔物と戦うこともままならないだろう。
会議の最終確認をオーガストが取る。
「では五日後に伯爵領へ向けて出発ですね。エルビンはそれまでに道中の安全確保に必要な情報と、現地での魔物と伯爵家直属の騎士の情報、討伐の進行具合と周辺の様子も頼む」
「畏まりました」
エルビンは先程と違い、これまで通り無表情に礼を取り部屋を出た。
ジャレドはまだ何か話したそうだったが思ったより遅くなったのでゴーサンス公爵に連れられ帰って行った。これ以上長引けばまたうるさく何やら言い出すに違いない。
オーガストも帰り私は自室へ戻ると就寝の準備が出来ているのを見て思わず頬を緩ませた。
メイドに世話をされるのは久しぶりだ。
学院へ通い出して以来尋常でない秋波に悩まされ一時は通うのを諦めた時もあった。
ジャレドも王太子ということで結構しつこく言い寄られていたようだがそれはある意味王妃を目指す者からの正当なアピールだった。だが私へ向けられるそれは度を越えるモノが多数あり、酷い時は学院から近いと言う理由で一時住んでいた男性寮の部屋のベッドに二人の裸の令嬢が待っていた時もあった。うんざりとして追い払いそれ以来屋敷から通った。
城で働き始めた時はもう私が女性を寄せ付けないということはある程度広まっており傍には長年仕えているオーガストだけを置いていたがアイツも歳なのか遂にエレオノーラを連れて来た。
彼女は仕事を真面目に卒なくこなし、何より妙な視線を向けてこない。すぐに気に入ったが全く私を気にしない事が逆に気になる。あまりにも淡々としているので少し距離を詰めたがそれでもあっさりと引いていく。
私の魅力が衰えたのか?これでもまだ毎日縁談が持ち込まれているのだからそうではないはず……私に興味がないのか。身分差を考えているのか?
……まぁ、余計な事をもう考えるはやめよう。私にはやるべきことがある。
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