第38話 上層部のお話1

 私が来たことに気づいたのか父はチラリと振り返った。一瞬目が合いスッとそらすとより陰鬱さを醸し出したように感じられた。

 

「原因はなんだ?ハナコ様の事だけじゃないだろ?」

 

「身内の話ですから、グウェイン様を煩わせる訳にはいきません」

 

「既に煩わされている。せめて部屋から出せ」

 

 確かにここじゃ目ざわりだな。

 父に近づくと出来るだけ感情を消して話しかけた。

 

「ここは公爵閣下の執務室です。終業時間も過ぎましたし早々にお帰り下さい」

 

 私が近寄った事に縋るような目を向けた父が一瞬にして更に深い穴に落ちたような顔をした。

 

「エレオノーラ、これ以上こじらせるな」

 

 オーガスト様がうんざりしたように言ってくるから仕方なく。

 

「父さん、とにかく外へ」

 

 手を差し出すとピクリと反応したがまた直ぐに俯いた。

 チッ!

 

「エレオノーラ、何やったんだ。こんなエルビンは見たことないぞ、面白いよりウザさが勝つ」

 

 グウェイン様までにまでこう言われたら仕方無い、もうちょっと軟化してやるか。

 父の隣に寄り添い顔を覗き込む。

 

「ほら、行くよ」

 

 今度は直接父の手を握り引っ張って行く。父は私に連れられるままドアへ向かい、それを見たオーガスト様とグウェイン様がホッとした時、ドアが開くとダンテ様とジェラルド様が入って来た。すると急に父は目をギラつかせた。

 

「まさかウルバーノ卿の所じゃないだろうな」

 

「……はぁ?何言ってるの?」

 

 頭おかしくなったか?

 

「エレオノーラが昨日ウルバーノ卿と並んで仲睦まじく歩いていたと聞いたぞ」

 

 仲睦まじくって……

 

「送って頂いただけよ」

 

 突然巻き込まれたダンテ様がちょっと驚いている。

 

「私はエレオノーラが危なっかしいから送っただけだ、他意はない」

 

 そう聞いても父はダンテ様を睨みつけ訳のわからない闘志を燃やしている。

 

「エレオノーラは爵位持ちには嫁がせない!早々に手を引け!」

 

 何いってんだよこの馬鹿オヤジ!しかも嫁がせない・・・・・だなんて、嫁げない・・・・の間違いでしょ。無爵はこっちだよ。

 

「そんなつもりで送ったわけではない!」

 

「何故爵位持ちには嫁がせないのだ?」

 

 ダンテ様の言葉に被せるようにグウェイン様が口を挟む。

 今そこ追求するとこじゃ無いですよね?

 

「爵位や派閥が絡めばエレオノーラが利用されるからに決まっているではないか!」

 

 父さんも答えるのね。しかもタメ語。

 

「利用されないくらいの権力を持っている者であれば良いのか?」

 

 グウェイン様もまだ言うか。

 

「例え国王であっても駄目だ!上位であれば更に関係が複雑化する事は身を持ってわかっている!……からです」

 

 お、ちょっと正気に戻って口調をちゃんとしたか。罰せられる前に気づいて良かった。

 

「申し訳ありませんけど、父の妄言で話を広げないで下さい」

 

 いい加減うんざりしているとまたドアが開き騎士団長のアンガス・ゴーサンス公爵が顔を出した。

 

「何を騒いでおる、外まで丸聞こえだぞ」

 

 ゴーサンス公爵はそのままドアを大きく開けると少し身を引き恭しく礼を取る。

 

「国王陛下がお越しです」

 

 一同に緊張が走り一斉に頭を垂れる。父も完全に正気に戻ったのか、自らも礼を取りつつ私をさっと壁際へ押しやり下がらせた。

 私も初めて陛下と対面することになってしまい兎に角頭を下げたが上手く思考が働かない。

 何故ここに陛下?

 早々に下がった方が良いだろうがその前に何かご用意しなければいけない。夕刻をむかえ食事を取る時間が迫るがまさかここで召し上がる事は無いだろう。となればお酒を召し上がるかな。

 色々考えていたが陛下がソファへお座りになりグウェイン様も向かいへ座ると嫌そうに顔を歪めた。

 

「陛下、前触れもなくここへは来ないで下さい。面倒くさいので」

 

 誰かな?国王陛下にそんな不遜な態度を取っているのは。

 

「だがグウェインはいつも焦らして会いに来てくれないだろ」

 

「焦らしているのではなく忙しいのです。今だって陛下が無茶ぶりされるからその為の準備をしていたのです」

 

 ありえない会話が聞こえた気がしてヨロリと父にもたれかかった。

 

「嘘をつけ、話が聞こえていたぞ。エルビンの娘を嫁がせるとか」

 

 陛下の口から父の名が出たばかりか私の事を話されるとか目眩と共に吐き気がする。

 

「陛下、大変失礼ですが娘を嫁がせるのでは無く、嫁がせないと話していたのです」

 

 父さんってこんなに頭がおかしい人だったっけ?陛下に対してご挨拶を申し上げもせず、しかもいきなり会話に口を挟むなんて親子諸共ここで絶命してもおかしくない。ほら、ゴーサンス公爵だって凄い顔して睨んでる。

 

「エルビン、娘を嫁がせるのを嫌がるのはわかるがそれでは嫌われるぞ。私なんて一ヶ月口を利いてもらえんかった上にあんな事に……」

 

 ゴーサンス公爵には美しいと評判のご息女、三姉妹がいらっしゃる。最近一番上のご息女が侯爵家へ嫁いだ。婿を迎えられ公爵家を継ぐであろうと言われていた方だったが、恋仲だったお相手の侯爵家ご令息が一人息子だった為、すったもんだの末ご息女が家出をなされ既成事実出来ちゃった婚をなされたとか。

 それを思い出したのか父さんがブルッと体を震わせダンテ様を恐ろしい形相で睨みつけた。ダンテ様が呆れたような顔で視線をそらす。

 

「閣下、ご自分が地獄を見たからと言って私の娘の前で余計な事を仰らないで頂きたい」

 

「自分がもう地獄そこへ片足を突っ込んでいることに気づかん間抜けだと教えてやっているのだ。感謝くらいしろ」

 

 私はもうこの会話に付いていくことも理解しようとすることも諦めた。逆に今まで巻き込まないでくれていた父に感謝したくなってきた。世の中知らなくて良いこともある。

 

「そんなことがあったのか……それで陛下、何用ですか?」

 

 私は暫く動かず床を見つめて放心しているとグウェイン様が陛下と話し始めた。するとオーガスト様が静かにこちらへ来ると飲み物と軽食を用意するように指示をくれた。有り難いです、流石オーガスト様!こんな時は仕事をするに限ります。

 直ぐに部屋から出るとふらふらしながらハリエットの元へ向かった。きっとこれまでも陛下が突然いらしたことがあったはずだからお酒や食事のお好みはわかっているだろう。

 

 ハリエットの部屋で用意が整うのを待たせてもらっていた。私が異様に疲れた様子だったのでハリエットも気遣ってくれる。

 

「陛下が時々遅くに突然来られることがあるの」

 

 そいうことは早目に教えて欲しかった。

 

「確かグウェイン様とはご学友だったのですよね」

 

 魔術に関してすでに優秀で有名だったグウェイン様は他の学問でも優秀な成績を修められたらしいが、当時まだ王太子だった陛下と常に上位争いをしていたらしい。天才肌のグウェイン様と努力家の陛下はよく一緒に行動していたとか。

 

「前王が突然崩御された時もお慰めされて、それを見たウィンザー公爵家の前当主が跡をグウェイン様に譲られ早隠居されたのは有名な話よね」

 

「歳が近い側近の方が国の運営も刷新されて上手く行くと思われたんでしょうね」

 

 別に前王が悪い王だったわけでは無いが幾つかの因習を断つにはいい機会だったようだ。

 

 準備が整い重い足取りでワゴンを押しグウェイン様の部屋へ向かった。

 ここを出る前のふざけた話と違い室内ではテーブルの上に広げられた地図に皆が頭を寄せて何やら難しい顔して話し合っている。父は少し引いてそれを見てるようだが時折質問を受けると色々な説明をしていた。

 

「今季雨が少なかったせいで森の実りも育ちが悪く、民家がある方まで魔物が出てきているようです。伯爵家から直属の騎士達を討伐隊として送り出したようですが追いついていないようですね」

 

 父は王都に居ながらも伯爵領の天候や人や物の動きなども知っているのか。あらゆる場所に情報提供者がいるのだろう。

 話し合いは続き今すぐに何かを召し上がる感じでは無かったので部屋の隅にワゴンを置くとこの時間を使ってグウェイン様の部屋へ就寝の準備を確認しに行った。基本の掃除はざっと下級メイドがやってくれているはずだが着替えを出したり浴室へタオルを準備したりと仕上げておく。話し合いが長引けば私は先に休むように言われる可能性があるからだ。

 

 執務室へ戻ると少し和やかな雰囲気が漂い話し合いが一段落した感じがしたのでオーガスト様へ目配せすると頷かれたのでそれぞれお好みを伺ってお茶やお酒を用意し配っていった。

 畏れ多くも陛下へお酒を差し上げると優しそうにニッコリと微笑みを浮かべられ話しかけてくださった。

 

「それで、何処へ嫁ぐのだ?」

 

 がチャリと派手な音を立てて父さんがティーカップを床にぶちまけた。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る