第37話 上手く行かない聖女3
典型的なウザい上位貴族の伯爵を見て嫌さが顔に出ないように無表情にかためた。
ハナコ様は少し顔に出ちゃっているので耳元で「その顔駄目ですよ」と忠告するとすぐに取り繕ろうとしていたが上手くいかないようだ。
チャンドラー伯爵はダンテ様を睨みつけた後、気持ちの悪い笑顔でハナコ様を見た。
「実は王都周辺に魔物が急に増えている場所があるのです。『黒霧』ではありませんが是非とも討伐にお力添えをお願い致します」
「「討伐!?」」
私とダンテ様の叫び声でハナコ様が驚いてしまった。
「わっ!ビックリした。なんですか?討伐って」
振り返るハナコ様の手を取ると出来るだけ静かに話す。
「沢山の魔物を倒すのに協力して欲しいとおっしゃってます」
「魔物?誰が倒すのですか?」
その質問に答えあぐねていると空気の読めない、いや、読めないわけないチャンドラー伯爵が口を開く。
「勿論、聖女である貴方様です」
一瞬言葉の意味を理解出来ないかのような沈黙のあとハナコ様体がブルブルと震えだした。
「わ、私には無……」
「ハナコ様はまだ召喚されて日が経っておらず体調が万全ではありませんから討伐へ向かうには早すぎます」
ダンテ様が今度は完全に割って入る形で立ちはだかると、チャンドラー伯爵は馬鹿にしたように鼻で笑う。
「話が理解出来んようだな、私は国防大臣として国王の許可を得てここに来ておるのだぞ」
ダンテ様が国王の名を出されて怯むのがわかった。拳を握りしめどう抵抗すればいいか思案している感じが伝わり私もハラハラとしていた。
そこへいきなりドアが開くとグウェイン様がオーガスト様と共にやって来てホッとした。これで大丈夫だろう。
「チャンドラー伯爵、ここで何をしている?」
年齢的には勿論チャンドラー伯爵の方が遥かに上だが爵位的にはグウェイン様の方が遥かに上だ。
「これは公爵閣下、たった今陛下からの要請を聖女様にお伝えしたところでございます。書状はここに」
慇懃に礼を取っているが心がこもっていない事はあきらかだ。
グウェイン様はチャンドラー伯爵が手渡した書状を確認すると軽くため息をつき頷いた。
「確かにご命令は確認した。だが次からは先ず私へ知らせて来てくれ」
「畏まりました。では失礼致します、出陣の準備を進めねばなりませんから」
来たとき同様、ニタリと気持ちの悪い笑顔で礼を取るとチャンドラー伯爵は帰って行った。
ドアが閉まると同時にハナコ様がヘナヘナとその場にヘタリ込んだ。
「大丈夫ですか?」
抱えあげようとするとエドガールが素早く近寄り手を取るとソファへお連れする。私はお茶の準備をして戻って来たルーから温かいミルクを受け取りハナコ様に持たせた。体を震わせ手が冷たくなっている。
その場をエドガールに任せ、出ていこうとするグウェイン様についていった。
「あの!」
後ろから声をかけるとオーガスト様が振り返って私に黙るように手で制してくる。確かに廊下で公爵に詰め寄るわけにはいかない。
グッと押し黙り二人について行くと執務室にはいるなり不満をぶつけた。
「どうして拒否してくれないのですか!」
室内の文官達が一瞬ピタリと動きを止めたがグウェイン様が私に振り返るとまた仕事を続けた。
「正式な要請だ」
そう言い放ち自分の席へ座る。私はそれでも納得出来ず更に詰め寄った。
「ですけどこのままではハナコ様が危険です。それはグウェイン様もご存知ですよね?」
すぐ傍まで行こうとする私の腕を誰かが掴む。
「父さん!?」
どうやら伯爵が来ることをグウェイン様には父が知らせていたようだ。きっと話の内容も知っているのだろう。
「これは国の重要事項だ。お前が口を出していい事ではない」
私が腕を振り払おうとすると先に注意された。確かにただのメイドが意見なんて言える立場じゃない。
だけど準備もままならない状態でハナコ様を魔物の討伐へ向かわせるなんて命に関わる。
「グウェイン様……」
魔術部門の長が無理だといえば国王だって耳を貸すはず。
それを期待してグウェイン様を見たが何も話さないまま仕事を始めた。それをがっかりした気持ちで見ていると父さんが私を廊下へ連れ出した。
「エレオノーラ、メイドとしての領分を超えてはいけないよ。いくら公爵がお許しになられても私は許さない」
今はそれほど人気が無い廊下とはいえ小声でそう言うと、父さんが急に真剣な顔で私を見つめる。
これまで仕事をしている姿は殆ど見たことが無いが話に聞くように色々な情報を扱っているなら、今回の討伐の件も『黒霧』の件にも詳しいはずだ。私が知らない事を知っている父に段々と腹が立ってきた。
「領分を守っているだけじゃ駄目な時だってある!私がこれまでは余計な事をせずにメイドとして働いて来たことも言わなくても知ってるんでしょう?」
父は押し黙り気まずそうに目をそらす。やっぱり私の事を仕事先でも調べあげて、下手すれば監視でもしていたに違いない。
「その結果が家族から何も知らされない、何も知らない馬鹿な娘の出来上がりって事ね」
「エレオノーラ、それには訳が」
「あるでしょうね、きっと誰が聞いても納得が行く理由が。だったらそれを私に話してくれたら理解出来たはずなんだけど、あぁ、馬鹿な娘には無理だと思われてたわけね」
完全に腹立ちまぎれの八つ当たりだとわかっているがだからって止めることが出来ない。
「では仕事がありますから。それからもう家には帰らないから」
掴まれていたままだった腕を振り払う。
「エレオノーラ!帰らないってどういう意味だ」
「そのままの意味よ、私は言葉を操って策略を練るなんてことは出来ないから」
さっきと打って変わって打ちのめされたような父を残して立ち去った。
ハナコ様の部屋へ入るとドアの近くでエドガールとダンテ様が話していたて、私を見るなり問いかける。
「グウェイン様はなんと?」
「正式な要請だとおっしゃってます」
それを聞いてダンテ様はジェラルド様と一緒にグウェイン様の所へ向かった。
エドガールと私はまだ動揺しているハナコ様の傍へ行く。
「ハナコ様、恐らく数日中に城を出て馬車で伯爵領にある森へ向かうことになるでしょう」
エドガールが予定を口にするということは既に決定事項でありハナコ様のお気持ちは関係なく進められるようだ。王命だから仕方無い事だけれどあまりにも急で違和感を感じる。
「行っても……私には魔物なんて倒せません」
ハナコ様はやっと落ち着いていた様子だったが俯いて膝に置いた手をぎゅっと握りしめている。
「エドガール、何とかならないの?」
「姉さん無茶を言わないで、王命の意味わかってるだろ」
誰も覆らせる事が出来ない命令だが酷すぎる。国王はハナコ様に会ったことが無いからそんな事が言えるんだ。こんなにか弱く幼い子だと知れば魔物なんて倒せないとわかるはず。
ハナコ様に聖なる力があるところを証明する時に王子殿下がその場に居たから結果を報告したはず。それでハナコ様の力が本物だと確信してこの命令を下されたのか。だったらそれは嘘でしたって言えば!……王族を欺いたとしてグウェイン様諸共関係者はみんな処罰されちゃうか。
なんの解決策も見つからないまま時間が過ぎハナコ様は用意された早目の夕食に殆ど手をつけないまま早々にお休みになった。
私は自分の不甲斐なさで申し訳無い気持ちのままグウェイン様の執務室に向かった。
終業時間はとっくに過ぎていたが仕事に区切りがついたところなのか文官達がゾロゾロと帰って行くところだった。室内ではオーガスト様とグウェイン様だけが残りまだ仕事を続けている。私が部屋に入るとオーガスト様が困ったような顔を向けて来た。
「エレオノーラ、あれ、何とかしてくれ」
視線を向けられた部屋の隅は、暗くどんよりとした影がはびこり周囲に陰鬱な雰囲気を漂わせている。そこに背中を丸めた男が独り壁に向かって立っていた。
気持ち悪いし、近寄りたく無い。
「何を言ったんだ、邪魔で仕方が無かったぞ」
グウェイン様がため息をつきながら父を見ている。
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