第35話 上手く行かない聖女1
「甘い」
一口飲むなり不機嫌に言う。
「お疲れの時には甘い物がいいんですよ」
「別に疲れてなどいない」
そりゃハナコ様に比べたら体力があるだろうし体は大丈夫だろう。
「聡明な方は凡人にはわからないお考えをお持ちでしょうから、と思いまして」
実際、父やエドガールも夜遅くに帰ってきたときに甘いミルクティーを好んでいた。二人共に頭脳明晰だ。今日のグウェイン様が何やら焦っているように見受けられるのはきっと私にはわからないお考えがあるのだろう。
それを知らされないという事は知らないままで行動したほうが良いとお考えなのだろう。父や弟のように何か理由がある、のかなと。
それ以上何も話さないようだったので「失礼致します」とバルコニーから部屋へ戻った。
部屋の中には思わぬ人が来ていた。
「姉さん、閣下のご様子はいかがでしたか?」
エドガールがハナコ様と並び立ち手にした魔石を二人で見ながら何やら楽しそうに話していたようだが私に気づくと顔をあげた。
「今は休んでおられるわ。それよりどうしたのエドガール?」
「閣下に至急ご報告したいことがあって、お話ししに行っても良いかな?」
何故それを私に聞くかな?
「良いんじゃない。少しマシな顔をしてらしたから」
ミルクティーを二口飲んでからは張り詰めていた感じが少し緩んだ気がした。
エドガールはそれを聞いてハナコ様に礼を取ってすぐにバルコニーへ向かった。
先に報告を受けていたのかオーガスト様が難しい顔をしてダンテ様と話している。エドガールがいなくなったことでジェラルド様がハナコ様をソファへ座らせるとまた魔力についての説明を始めた。
時間をみるとそろそろお昼だ。
リゼットが帰る時刻が近づいて来た為、交代の為にルーがやって来た。ルーは部屋の中に上位貴族がいた事に驚き慌てて視線を落すと使用済みのティーセットが載ったワゴンを片付け出て行こうとした。それに気づいたリゼットが自分がやるからここに居るようにと話す。
ルーが少し怯えとも取れるほど緊張した面持ちで私の側に寄ってきた。
「大丈夫よ、皆様お優しい方だから。自分の仕事をキチンとすればいいの」
私とルーが話しているとハナコ様がそれに気づいたのか笑顔でルーに手を振ってきた。そのせいで部屋の中にいた全員の目がルーに注がれ本人は焦って私の後ろに隠れた。
「どうしたの、ルー?」
それが不可解だったのかハナコ様が小首を傾げる。私はルーを連れて近くへ行くとハナコ様の傍に寄らせた。
「ハナコ様、ルーは平民で下級メイドですので上位貴族の方とご一緒することはあまりありません。それに彼女はまだ働き始めたばかりでわからない事が多くて勉強中なんです。だから緊張しているんですよ」
「そうよね、私と同じだからよくわかる。ここって身分制度がまだあるんですってね」
ハナコ様が身分制度について言及なさった事にジェラルド様が驚いた。
「
「はい、私がいた世界でも昔は身分制度あって大変厳しかったと勉強しました。でも私が生活していた時代は基本的には身分制度は廃止されていました」
その話はオーガスト様やダンテ様にも衝撃的だったのか皆がハナコ様の近くへ来て耳を傾けていた。
「身分制度が無い世界では誰が国を統治していたのですか?」
「民衆、平民から投票で選ばれた人が代表して国を動かしていましたね。勿論選ばれる人も平民です」
平民から王が選ばれるなんて信じ難い話だが漸くハナコ様の生活事情の情報が少し窺え私達に対する態度が理解できる気がした。
ハナコ様はそこから色々な話を聞かせてくれいつの間にかバルコニーから出てきていたグウェイン様とエドガールまで話に聞き入っていた。グウェイン様は話の中でも移動に関する事に興味をそそられていたようだ。
「大勢の魔術が使えない人を一度に安全に運ぶ事が出来るのか……」
その隣でエドガールがハナコ様に質問を投げかけた。
「ではハナコ様がいた世界では魔物がいない、平和な世界だったのですか?」
「魔物はいませんでしたが平和と言い切れるかどうか。戦争や災害はありましたから」
魔物がいない世界でも領地争いや武力による国同士の戦争はあるようでそこはこの大陸と同じらしい。
「ハナコ様の国も戦争に?」
「私の世代は戦争を知りません。曽祖父の時代に終戦したきりです」
それを聞いてエドガールはホッと胸を撫で下ろした。
おやおや?
私がニンマリとした顔で見つめると弟はプイッと顔を反らす。
なになにどうしたの?まさかエドガールったら……
弟の可愛い反応をもう少し堪能したいところだが昼食の準備が整ったのかメイド達がワゴンで食事を運んで来ていた。
黙り込んだグウェイン様にかわりオーガスト様が皆を下がらせハナコ様に食事を取るように言うとそれぞれ昼食の為に帰って行った。
私もその場をルーに任せてグウェイン様の食事を準備するために執務室へ向かったがグウェイン様は執務机につくと猛然と仕事を始めた。
正確にはまだ休憩時間では無いがなんだか中断する感じがしない。
「オーガスト様、まさかグウェイン様は食事を取るつもりがないとか?」
「いつもの事だ。基本的に昼食は取らない。放っておけば食事は取らず回復薬で済ませがちだ」
最悪ね。
オーガスト様が諦めたような顔で同じ様に机につき仕事を始める。流石に時間が来ればオーガスト様はダイニングカフェに行くようだがグウェイン様には部屋に運ばせて上手く行けば食べてくださるという消極的な状態らしい。
いや駄目でしょ。
私は運ばれて来た食事の内容を確認した。スープに野菜と肉の簡単な物だがこのままじゃ食べない気がする。急いでそれらを持つと厨房へ向かった。
厨房では既にダイニングカフェの準備は整っておりコック長のニックがひと息ついたという感じだった。
「お願いニック、これサンドイッチにして」
スープは無理だが肉と野菜がいっぺんに取れて簡単に口に運べる。
「なんだコレ?公爵閣下のか……わかった、ちょっと待ってな」
ニックは流石に冷めてしまったそれは使わず、新たにサンドイッチでも食べやすい薄切り肉と野菜を挟んだ一口サイズの物を素早く作ってくれた。
「今度から昼食はこの形態でお願いね」
そう言うとニックは承知したとばかりに早く行けと手を振った。
すぐに執務室へ戻るとちょうど昼休憩になったのか文官達が昼食を取ろうと机を片付けていた。
オーガスト様も書類をまとめて引き出しへしまい立ち上がった所だったが、グウェイン様はやっぱり猛然とペンを動かしている。午前中はハナコ様の訓練についていたのでその分溜まっているのだろう。
私は執務机の横にワゴンを置いてそこにサンドイッチを置き、手を拭くと一切れ持ってグウェイン様の口元へ差し出した。急にざわついていた執務室がシンとし驚いて顔をあげるとその瞬間にグウェイン様がサンドイッチに食いつき微かに私の指にくちびるをかすめた。
おっと、油断しちゃった。
慌てて次のサンドイッチを持つとグウェイン様の口の動きを見てまた差し出すとすぐに食いついた。勿論仕事の手は一切休めない。
次は水かな。
今回はストローを用意していたのでそれを指で押さえながら差し出すとすぐに口をつけた。
「「……!?」」
何故か声にならない叫びを聞いた気がして部屋中を見渡すと文官達が見てはいけない物を見てしまったかのような顔していて、私の視線に気がつくと音もなく、しかし先を争うように出て行った。
後に残ったのはオーガスト様とエドガールだけだ。私は次のサンドイッチをグウェイン様に食べさせながらきょとんとしてしまった。どうしたの?って感じでエドガールを見ると弟は頬をピクリとさせながらも何度も頷き黙って出て行った。
「では、ごゆっくり」
オーガスト様がポツリと言い残し続いて部屋を出た。
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