第34話 訓練を開始した聖女5

 眼福ではあったがごっそりと気力を奪われながら、グウェイン様の仕度をなんとか済ませた。

 朝食を召し上がっている最中にノックがし、オーガスト様が顔を出す。

 

「グウェイン様、準備が整っております」

 

 早朝から顔色の悪い様子から察するにあまり眠っていないようだ。グウェイン様は軽く頷くとお茶をひとくち飲み立ち上がった。

 そのまま三人でハナコ様の部屋へ向かう。既に仕度を終えていたのかハナコ様はキチンと礼を取りグウェイン様とオーガスト様を出迎えた。リゼットが教えた通りの所作が出来ている事に満足そうな顔をしている。

 

「早くから申し訳ありません、ハナコ様」

 

 オーガスト様が寝不足の為か疲れた表情で微笑んでいると、ダンテ様とジェラルド様がやって来た。

 

「おはようございます、グウェイン様、ハナコ様」

 

 二人は挨拶もそこそこにテーブルのそれぞれ木箱を置いた。

 

「いまご用意出来たのはこれだけです。何せ最近これ程の大きさの物は出回っていなくて」

 

 そう言ってフタを開け取り出したのは多少大きさにバラつきはあるものの手のひらサイズの魔石だった。

 私とリゼットはその大きさと数に驚きを隠せなかった。ダンテ様が七個、ジェラルド様が六個の魔石をお互いに確認しあい、ダンテ様がフッと鼻を鳴らす。ここにある魔石だけでひと財産はある。

 

「私の方が多いな」

 

「クソぉ、あと一つだったか」

 

 何やら集める数を競っていたらしくジェラルド様が悔しさを滲ませる。

 

「ぷっ」

 

 その様子を見てリゼットが顔を反らせて笑うのをこらえたようだ。ホント子供みたいだな。

 

「わぁ、綺麗ですね。魔石って色々な色があるんですね」

 

 前にハナコ様が見た魔石は既に殆どの魔力を使ったのか取り出されたあとだったため薄い黄色だった。だが箱の中に収まっている魔石は赤や青、緑など色とりどり鮮やかな色彩を放っている。

 

「魔力を取り除いておけと言っていただろう」

 

 グウェイン様がその内の一つを手に取るとグッと握りしめ、シュワッとあっという間に透き通った薄い色のみを残す空の状態に変えた。

 

「おぉ、流石ですね」

 

 ジェラルド様が感心したように声をあげる。そして自らも同じ様に魔石を取り出しグッと握るがあまり変化は見られない。それでもその表情は真剣で一心に魔石から魔力を取り除こうとしているのがわかり、段々と色が抜けている様子が見られた。

 

「お前たちの訓練も兼ねられて一石二鳥だな」

 

 オーガスト様がフフッと笑う。ハナコ様がそれを不思議そうな顔で見ているとグウェイン様が持っていた空の魔石をハナコ様に握らせた。

 

「魔石から魔力を抜くにも魔力を使います。魔石に魔力を込めるよりも抜く方が難しいのです。

 ハナコ様にはとにかく魔力を動かす事を学んで頂かなくてはいけませんが、最初はこの魔石に魔力を込めるという所から始めて下さい」

 

「ですけど私には魔力がありませんが」

 

「ハナコ様には魔力はありませんが聖なる力があります。恐らくそれの扱いは魔力と同じと思われます。臍の下辺りから体を通し、ご自分の手に聖なる力を流すイメージを頭に浮かべ魔石に注ぎ込んで下さい。イメージが大切なのです、いいですね」

 

 ハナコ様に渡された魔石は薄い赤色をしており元が火の魔石だったことがわかる。そこへ違う属性の魔力を注ぐ事は難しいと言われているがこの大陸には元々聖なる力なんて存在しないからその魔石も無い為どれでも同じことだろう。

 

 ハナコ様は言われるままに魔石をグッと握りしめ鼻にシワを寄せると魔石を見つめた。

 

「むぅ~、んぐぅ〜」

 

 言われるままに魔石を睨みつけ指先が白くなるほど力を込めて魔石を握りしめているようだが一向に色の変化は起こらない。

 

「もっと真剣に!気持ちを強く込めて!手に力を込めすぎです」

 

 グウェイン様がハナコ様の前に立ち厳しく言い放つ。

 

「は、はいっ!」

 

 急に始まったグウェイン様の厳しい指導に、ハナコ様が驚きながらも言われた通りに魔石に聖なる力を込めようとしているようだ。

 だけどこれまで魔術をお話の中の事だと思っていたらしいハナコ様には、やり方が上手く伝わっていない。うんうん唸りながら暫く魔石を握りしめていたがとうとう疲れたのか、ため息をつくとダラリと腕から力を抜いた。

 

「ちょっと、休憩を……」

 

 そう言って休もうとしたハナコ様の手をグウェイン様がすかさず掴んだ。

 

「まだ始めたばかりですよ、では今からハナコ様の手を通して私が魔石に魔力を込めますから、感覚を感じ取って下さい」

 

 ハナコ様の手に握られたままの魔石には直接触れずに手首を掴んだままの状態でグウェイン様が魔力を使った。

 

「うわぁ!気持ち悪いっ、離して下さい!」

 

 他人の魔力が体を通る事は大変不快らしく、手を振り払おうとハナコ様が腕を大きく振って暴れているがグウェイン様は全く動じない。

 

「慣れればこの様に簡単に出来ます」

 

 そう言って掴んだ手をハナコ様の目の高さへ持っていき見せた。手のひらサイズの魔石は見事な青色の輝きを放っている。

 

「流石グウェイン様、この大きさでも一瞬ですね」

 

 オーガスト様が何故か自慢気に頷いている。グウェイン様はそれを気にも止めずすぐにまた魔石から魔力を抜く作業をする。

 

「ひゃっ!なんか今度はくすぐったい」

 

 グウェイン様はそうやって何度かハナコ様の手を通して魔石に魔力を込めたり抜いたりして感覚を教えこんでいるようだった。

 その後また魔石に聖なる力を込めるよう指導したり、グウェイン様の魔力で感覚を覚えてもらおうとしたりを繰り返し、気がつけば数時間が経ち流石にハナコ様に疲労の色が濃くなった。

 

「グウェイン様、そろそろご休憩をさせてあげて下さい」

 

 大魔術師のグウェイン様とまだ成人したての女性のハナコ様では体力が違うだろう。段々と心配になり平然と訓練を続けているグウェイン様に声をかけるとハナコ様の傍へ行きソファへ座るよう促す。

 

「まだなんの成果も見られんのだぞ」

 

「そんなすぐに出来る事ではないですよね?ハナコ様はこことは違う所からいらしたばかりなのですよ」

 

 二人の間に入るとグウェイン様を見上げた。

 

「とろとろやっている時間は無いのだ。多少厳しくとも出来るだけ早く魔力操作を身に着けていただかなくては駄目だ」

 

 切れ長の青藍の瞳で私を厳しく見下ろす。こんな時でもその美しさは損なわれておらず違う意味でも対峙するのが厳しい。

 

「急かした所で上手くいくわけありません」

 

 負けじと目に力を込めて見上げているとオーガスト様が困ったように間に入ってくれた。

 

「まぁまぁ二人共、それぞれ意見はあるだろうが目的は同じなのですから」

 

 緊迫感が漂い怯えた様子のハナコ様をグウェイン様から見えないようにそっと庇うと気に食わないという風に睨まれた。

 

「あぁ……リゼット、皆にお茶を用意してくれ。グウェイン様、少し論理的な説明も必要かもしれません」

 

 ジェラルド様が場を和ませる為にお茶を挟むよう指示を出してくれ、自らハナコ様をソファに座らせると紙を用意した。

 まだ文字を覚えていないハナコ様に絵と自分の体験から丁寧な説明を始めるジェラルド様に少しホッとして、同時に今更ながら非礼な態度をグウェイン様に詫びた。

 

「申し訳ありませんでした。メイドの分際で」

 

「心にも無いことを口にするな」

 

 グウェイン様は無表情に顔をかためバルコニーへ向かった。

 流石にお疲れだろうと思い少し時間を置いて、ティーセットを持ってバルコニーへ向かった。

 

「よろしいですか?」

 

 ガラス扉を少し開けて声をかけたが返事はなく、だけど拒否しているわけでもないかなと静かに外へ出た。

 グウェイン様はバルコニーに置いてあったイスに座り遠くを見て何やら考え事をしているようだった。黙ってテーブルにカップを置くとお茶を注いだ。いつもはどのお茶もストレートでお飲みになるが、お疲れの時は少し甘いミルクティーが良いかとそれを差し出した。

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