第33話 訓練を開始した聖女4

 エドガールの部屋を出ると、ふうっとため息をついた。

 一体なんの為にこれまで頑張って来たのだろうと思ってしまう。エドガールを学院へ通わせて立派な文官になってもらおうと必死に働いていたのに張り詰めていた気持ちがプッツリと切られてしまった気分だ。

 母が亡くなって以来エドガールと二人、時々父もいたが当てにはせず、一緒に頑張って来ていたと思っていたのは私だけで、実はエドガールと父はとっくに通じ合って一緒に働き始め私には知らされていなかった。

 

 ふらふらと更衣室へ行き着替えて第二階段を下りようとした所で声をかけられた。

 

「エレオノーラ、大丈夫か?」

 

「はい?」

 

 顔をあげるとダンテ様がいて何故か心配そうに近づいて来る。

 

「お帰りじゃなかったんですか?」

 

 昼間、ハナコ様に訓練をして魔力を使い過ぎて早目に帰ったはずだ。

 

「あぁ、もう回復したから。それよりお前の方が倒れそうだぞ」

 

「ちょっと疲れただけです、では失礼させて頂きます」

 

 ぼんやりしたまま礼を取り階段を下りていく。三階あたりまで下りてふと気がつくと隣にダンテ様がいた。

 

「あれ?何してらっしゃるんですか?ここ第二ですよ」

 

「今気づいたのか、やっぱり危なっかしいな。家まで送るよ、官舎だろ?」

 

「官舎ですよ、すぐ近くです。大丈夫ですよ」

 

「いや、大丈夫じゃないだろう、あっ!ほら」

 

 一瞬階段で足を滑らせたがすぐに腕を掴まれ支えられた。プッツリと切られた気持ちをどうすればいいかわからず力が入らない。

 

「すみません……」

 

「どうしたんだ?お前らしくもない」

 

「そんなに私の事知りませんよね」

 

「ここ数日の働きぶりで少しは窺えるもんだろ」

 

 一階についてそのままトボトボ官舎へ向かう。外庭を横切り城壁沿いを月明かりを頼りに細い石畳を二人で歩く。

 

「この辺りちょっと暗いな。灯りをつけるよう言っておかないと」

 

 ダンテ様がボソリという。

 

「多少暗くても大丈夫ですよ。外部の人は滅多にここまで来ませんから」

 

「人通りが少ないなら余計に危ないだろう。内部の人間だって善良な奴ばかりじゃない」

 

 なんだか心配されているみたいだ。その言葉につい素の自分を出してしまう。

 

「ダンテ様ってご兄弟はいらっしゃいますか?」

 

「まぁ、魔術師の家門だからな。四人兄弟の二番目だ、兄がいる」

 

 ってことは、爵位は継げないのか。

 

「ではお兄様も魔術師なんですね」

 

「あぁ、今は騎士団の魔物討伐部隊で辺境にいるはずだ」

 

 騎士団は定期的に発生する魔物の襲来を押えるため騎士と魔術師を編成し討伐へ向かう危険な仕事だ。そこの編成に加わっているということは結構エリートか。

 

「兄は魔力が多くてな、大雑把だが攻撃力が高い」

 

「ダンテ様より強いのですか?」

 

「まぁ、魔力だけで言ったら兄の方が上かも知らんが戦いはそれだけでは無いからな。魔術を扱う腕は私の方が上手い」

 

 そういえば魔術を扱う為の術式は基本から応用、オリジナルまで多岐にわたると聞く。限りある魔力でより効率よく魔術を操るには相当の技術が必要なのだろう。

 

「ダンテ様の方が器用なのですね」

 

「頭が良いと言ってくれ。脳筋の兄と違って私は頭脳派なんだ」

 

「なんですかそれ。でもうちも同じかも、弟は賢くていつの間にか手を離れてた。私はそれに気づかない馬鹿な姉ですから、嫌がられてたのかも」

 

 可愛がって大事にしていたつもりだったのに、秘密にされていた……

 官舎の前につくとダンテ様に向き直り頭を下げた。

 

「送って頂いてありがとうございます」

 

「違うだろ」

 

「何か間違えましたか?」

 

 ぼうっとしてたせいで礼儀に反しただろうかと思い自分を見た。

 

「いや、そうじゃなくて。エレオノーラは馬鹿じゃないし、嫌われてるわけじゃない。本当は自分だってわかってるんじゃないか?」

 

 そう言われぷしゅっと項垂れる。

 

「理由が……あるのかな、と」

 

「だろうな」

 

黒霧あのせいなのかな……と」

 

「わかってるじゃないか」

 

 そう、何となくわかってはいた。ただ私だけが何も知らされていなかった事が引っかかって……

 

「まぁそうやって拗ねる姿も可愛いんじゃないか?」

 

 そう言ってポンポンと頭を叩かれた。

 

「…………っ!」

 

 数秒後、驚いて顔をあげた。

 

「ダ、ダ、ダンテ様?」

 

 ダンテ様はニヤリと笑って去っていく。

 

「じゃあな、女神エメのご加護を」

 

「ダンテ様も、女神エメのご加護を」

 

 慌てて同じ言葉を贈る。

 この国での親しい者同士が夜にかわす当たり前の言葉。月を司る女神エメの加護を受けて健やかに眠れるようにとかわすおまじない。

 私達そんなに親しかったっけ?

 

 

 

 早朝に起き上がると顔を洗い気を引き締めた。

 昨夜は家に帰っても眠れるとは思えなかったがダンテ様に送ってもらった後、何故か心が軽くなり意外と安眠出来た。女神エメのご加護なのか、心の内を人に話したおかげで整理出来たのか。

 テキパキと身だしなみを整え大きなカバンを取り出し荷物を詰めていく。元々自分の持ち物なんてそれほど無かったおかげですぐに支度は整った。

 エドガールの部屋を覗いたが荷物が運び出された部屋はキレイに片付けられガランとして殺風景な感じがした。

 サッと掃除を済ませ住まいである官舎の部屋から出ると鍵をかけ城のダイニングカフェへ向かった。

 

「おはよう、ニック」

 

 まだ準備中のカフェにはコックや見習いしかおらずカウンターに料理を並べている最中だった。通常はそこから自分でトレーに好きな物を取っていく。いつも準備段階の慌ただしい中で朝食を取り持ち場に向かうのだが今日は置かれたばかりのマフィン二つを自分でナフキンに包む。

 

「急ぎか?」

 

 時々そうやって空いた時間に食事を取ることもあったからニックがそれを見て声をかけてきた。

 

「まぁね、そうだ、ストローある?」

 

 前日のことを思い出しニックに言うとすぐに用意してくれた。

 

「上級メイドになってもかわらんな」

 

「そういう事ね、ありがとう」

 

 お互い仕事が忙しいのは当たり前。動ける丈夫な体があるだけ幸せということだ。

 

 本邸の二番階段を荷物を手に五階まで上るとメイド用の仮眠室へ向かった。この階にはグウェイン様とハナコ様しか今は滞在していらっしゃらないからメイドの夜勤も私達だけだ。二部屋ある一つへ静かに入り誰もいないことを確認して荷物を広げた。と言っても化粧道具を引き出しにしまっただけであとはそのままカバンがタンス代わりだ。

 

 更衣室へいき着替えを済ませると丁度グウェイン様の食事が運ばれて来たのでそれを受け取りカートに載せて執務室へ向かう。

 ノックをするとドアが開きエドガールがいて準備を始めていた。

 

「おはよう、姉さん」

 

 笑顔で招き入れられ嬉しくなってしまう。

 

「おはよう、エドガール」

 

 そのままグウェイン様の私室へ向かうとそのドアもエドガールが開けようとノックしてくれた。

 

 トントン、トントン……

 

「あれ?開かない、鍵閉まってるよ、姉さん」

 

「おかしいわね、今までそんな事無かったのに」

 

 私がドアノブを回すとあっさり開く。

 

「何か仕掛けがあるんだね、魔術具を使っているみたいだ。姉さんはいつでも入れるってことか」

 

 エドガールが何故かちょっとムッとした顔をする。

 

「専属だからね」

 

 ちょっと得意気な顔をし、とにかく一人で中へ入るとドアを閉めた。

 

「グウェイン様、おはようございます」

 

 ベッドに横たわるお姿はいつも通りお色気ダダ漏れでまだ慣れない。寝覚めが悪いのか寝返りをうち、気だるげに瞬きする姿は数人の女性の意識を失わせるの充分な攻撃力がある。さすが稀代の大魔術師。

 出来るだけ視界をぼやかせ直視しないようにベッドへ近づくと再度声をかける。

 

「グウェイン様、起きてください」

 

 じかに触れるわけにはいかないだろうと、ポンポンと枕を叩き起床を促す。

 

「……起きたくない」

 

「子供みたいな事を言わないで下さい」

 

「大人の方が切実に起きたくない時がある」

 

 まぁ確かに。

 

「そうは仰っても起きなければいけないでしょう?」

 

 ムッとした顔をしてぐるりと背を向ける。

 もぉ〜、最後の手段!相打ち覚悟でえいっとシーツを取り去った。

 

「ほら早く起きて……ひゃあっ!!」

 

 シーツが捲れる勢いでしっとりと艶のある黒髪がふわっと広がりはらりと大きな背中を滑る。美しい筋肉美に目を奪われ、視線を向けた先に形の良い引き締まった臀部があらわになり……

 

「いやらしい奴だな、エレオノーラのくせに」

 

「いやぁーー!こっち向かなくていいです!」

 

 メイドにお風呂を手伝わせる男性貴族もいらっしゃるが私は実はまだ経験が無い。いや経験が無いって、お手伝いの経験が無いって事であっちの経験も……っていや、とにかく!

 

「早く服を着てください!」

 

 相打ちどころか完膚なきまでに叩きのめされたよ。

 

 

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