第31話 訓練を開始した聖女2
その視線に思わず振り返るとショックを受けた様な顔の父がハッと我に返る所だった。
「ウィンザー公爵閣下はまた禁書部屋に引きこもっていらっしゃるのか」
急に真面目な顔をすると何か言いかけ、ふと試す様な視線で隣にいたエドガールを見た。弟はそれを受け少し考え直ぐに口を開く。
「規則では確か禁書部屋は飲食の持ち込みは禁じられています。図書館でも飲食禁止、正確には書棚の側での飲食は禁止です」
父親からの期待通り事情を踏まえエドガールが答える。流石賢くて可愛い弟!
「やっぱりそうよね。図書館では飲食出来ないわよね」
持ち込まれた物によって本を汚したり傷つけてしまってはいけない当たり前の規則だ。はぁ、と悩んでいるとエドガールが得意気にニッコリとする。
「姉さん、禁書部屋には持ち込めないけど、図書館には持ち込める。禁止なのは書棚の側だから通路は大丈夫だ。だから禁書部屋から一歩出て頂ければ」
「まぁ!それいいわね、ありがとうエドガール!」
屁理屈とも取れるがその手で行くしかないか。
私はエドガールの頬をツンと突くとオーガスト様に礼を取り下がろうとした。ドアへ向かおうとして父の顔をチラリと見て仕方無しにフッと笑う。
「ありがとう、父さん」
父の反応は見ずに部屋を出て一旦責任者のハリエットの部屋へ行き、グウェイン様のために簡単に食べられるサンドイッチを頼むと一度ハナコ様の部屋へ向かった。
中へ入るとハナコ様は真面目な顔でジェラルド様から講義を受けいた。
「それじゃあ、魔術というのは使うためには正確な術式を覚えておかなくてはいけないんですね」
「そうです、魔力があるだけでも使えませんし、術式を間違えても使えません。稀に魔力があって術式が正確でも魔術が発動させられない人がいます。そういう人を我々は『
「私の他にもそういう人がいるんですね」
リゼットはまだ休憩中で、グレタがハナコ様と一緒になって話を聞いているのか二人で顔を見合わせて感心したように頷きあい、まるで学友のようだ。
「そうです、普通は魔力持ちの家門は子供が生まれると直ぐに魔力があるかどうかを調べますが、そうでない家門で生まれると発見が遅れる事が往々にしてあります。もしその者が騎士を目指すと騎士訓練の最初の身体検査で発見されます。私もそうでした」
ジェラルド様の家門は元々騎士を多く輩出する家柄で、当たり前のように騎士になるために身体検査を受けたところ魔力持ちだと知ったらしい。
「ということは、ジェラルド様も大きくなってから『道』を通したのですか?」
ハナコ様がそう尋ねるとジェラルド様は何とも言えない顔で頷いた。
「そうなんです、ですからハナコ様の不快さはとても理解出来ます」
「そうですよね!マジで最悪ですよね!」
同じ不快さを味わった者にしかわからない事に共感しているようだ。
この様子だと大丈夫そうなので、またハナコ様のことはグレタに任せてハリエットから昼食を載せたトレーを受け取り図書館へ急いだ。
本邸一階奥の図書館へ行くとしれっと受付の前を通る。
「待ちなさい。ここは飲食禁止です。食べ物を持ち込まないで」
一人の女性職員が素早く私の前に立ちはだかる。
「そんな事、規則にはありませんわ」
横へ一歩避けると女性職員も同じ様に横へ一歩移動し私の前に立つ。
「何を言っているの!当たり前の事でしょう!」
「きちんと規則をご覧になりましたか?」
反対へ一歩避けるとまた同じ様に前に立ち両手を広げて行く手を遮る。
「知ってるに決まっているでしょう」
「ではおわかりですよね、規則には書棚の側は飲食禁止と書いてあります。通路は含まれておりませんわ」
「くっ、そんな屁理屈!」
「でも規則は規則です。では失礼致します、もちろん書棚や本の近くには絶対に近づかないとお約束致します」
そう言って今度こそ女性職員を振り切り図書館の真ん中の通路を慎重に進んだ。私だって本を傷つけるつもりは毛頭ないがグウェイン様に食事をさせなければいけないから仕方無しにやっている行為だ。全く手のかかる。
禁書部屋前につくと側にあったコンソールテーブルにトレーを置きドアをノックする。
トントントン、トントントン、トントン……ガチャリ。
いつものように少しドアが開いたので押し広げ中へ入り、突き当りのキャレルに座っているグウェイン様の元へ行く。
「部屋の外にお食事を用意いたしましたので一度休憩なさってください」
「……」
無言でページを繰る音だけがする。
「グウェイン様……ご休憩を」
まるで私がいないかのように振る舞っているが鍵を開けたんだから当然居るのはわかっているだろう。
「お約束致しましたよね、私にグウェイン様のお世話をさせて頂くと」
「……あぁ、後で食べる」
「お昼はとっくに過ぎております」
「後だ」
チッ、頑固だな。仕方無い……
一旦引き下がりドアへ向かうと鍵が開いた。大きくドアを開けると閉じられないように手で押さえ食事を載せたトレーに手を伸ばす。が、ギリギリ手が届く程度でとても持ち上げる事が出来ない。もうっ!
仕方無しにドアを足で押さえ体を思いっきり伸ばして両手で何とかトレーを持つと禁書部屋へ持ち込んだ。大丈夫……じゃないよね、後で叱られそう。
グウェイン様が座るキャレルの側にトレーを置いて持ってきたお手拭きで自分の手を拭くとサンドイッチを持ちグウェイン様の口元へ差し出した。
反射的に口を開いてモグモグと食べ始める様子は前に大会議室で飲み物を差し上げていた成果だろう。二切れ目を口に入れた時急にグウェイン様が私を見た。
「水ですか?」
グラスを差し出すとムッとした顔をする。
「流石にストローはご用意しておりませんでした。次には間に合わせますから」
「餌付けされた鳥の気分だが?」
「鳥の方が言う事を聞いてくれますよ」
グラスを受け取り自分で飲むとまた口を開けた。ハイハイ、サンドイッチですね。
全てのサンドイッチを平らげる、口を拭いて、いつの間にか乱れていた髪を解いて梳きなおし編み込みをして禁書部屋を後にした。
はぁ……
「持ち込みましたね!」
ドアを出た瞬間に女性職員が腕組をし待ち構えていた。私が部屋へトレーを持ち込む所を見ていたようだ。
「うっ……それは……」
視線を外しどうやって言い訳しようか頭を巡らせるがいい案が浮かばない。
「今後一切あなたの図書館への立ち入りを禁止します」
「そんな!それではグウェイン様のお世話が出来ません」
「ここ以外でなさるか他の方に変わって頂いて下さい」
女性職員は鼻で笑うとさっさと立ち去っていった。
くぅ〜、どうしよう……
とりあえず、トレーを準備室へ戻すとハナコ様の部屋へ向かった。
部屋にはジェラルド様はもういなくてハナコ様は机に向かっていた。休憩を終えたリゼットによるとこの国の文字を知らないハナコ様に先ずはご自分の名前を教えて差し上げたがあっという間に覚えたそうだ。
その勢いで今度は文字の基本形五十音を覚えているところだという。出来が悪いと本人が仰ってた割に随分覚えは良いようだ。
「あなたも仮眠室で寝てくれば?休んで無いでしょう、酷い顔よ」
昨夜も夜勤でグッスリとは眠れなかった。今夜もグウェイン様のお世話は私がしなければいけないだろう。今ならグウェイン様も禁書部屋だし、リゼットもいる。
メイド用のシャワーを浴び、さっと食事を取ると気絶するように仮眠室で眠った。
「エレオノーラ、起きて」
背中を叩かれハッとして目が覚めた。
「リゼット、ごめん。寝過ぎた?」
慌てて起き上がるとベッドから立ち上がった。
「大丈夫よ、もう少し寝てても良かったんだけどちょっと問題があって」
リゼットが困った顔をしている。確かハナコ様と一緒にいたはず。
「問題ってハナコ様に何かあったの!?」
そのまま仮眠室から出ようとして止められた。
「ちゃんと身なりを整えて、ハナコ様無事だし時間はまだあるから」
時計を見ると夜の八時を過ぎたばかりだ。そろそろ起きる時間だったから起こしてもらって助かったが一体どうしたのだろう。
衣服や髪を整え一緒に控室を出るとそこにオーガスト様がいた。
「こんな所までいらしていたのですか、何があったのです?」
「勿論グウェイン様だ。また禁書部屋から出て来ない、早く帰りたいのにまったく」
「またですか」
何事かと思ったがそんな事だったか。
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