第30話 訓練を開始した聖女1

 図書館入口で職員達と雑巾の持ち込みについて少し揉めたが掃除が行き届いてないと抗議しなんとか押し切った。

 渋々鍵を渡す職員がしつこいくらいに時間厳守だと念を押していたが全く気に留めてい無さそうなグウェイン様と漸く禁書部屋に入った。

 

「クックックックッ……」

 

 突然笑い出すグウェイン様にぎょっとした。まさか禁書部屋に来るのがそんなに楽しいの?

 

「どうかされましたか?」

 

「エルビンの顔を見たか?かなり驚いていたぞ」

 

「そうですね」

 

「その後振り返ったら恐ろしい顔で睨まれた」

 

 睨んだ!?公爵を?

 

「えぇっ!?申し訳ございません」

 

 私の主でもある公爵を睨むなんてありえない。いくら『裏公爵』と呼ばれてたってただの下位貴族なのにそんなこと許されない。

 

「私がエレオノーラを連れていることが納得出来ないのだろう」

 

 グウェイン様は気にするなという風に手をヒラヒラと振りながら部屋の奥へ進む。目的の本は既に決まっているのか一つの書棚から数冊引き出すと突き当りの読書スペースへ向かった。

 

「私はグウェイン様の専属メイドなので一緒にいてもおかしくはないですよね」

 

 何を考えているのか分からないがグウェイン様が機嫌良さそうなのでまぁいいか。

 バケツを端に置くと新しい雑巾を取り出し机を拭き始めた。

 

「おかしくないが気になるのだろう」

 

「気になるからって睨むのは違いますよね」

 

「ふむ、気になるという言い方は違うか、気に食わんのだろう」

 

 キレイに拭いた机に本を置くと今度は私を追い払うように手を振る。邪魔にならないように離れた場所で掃除を続けた。

 

 

 

 狭い部屋の上、私が触っていい場所が限られているため一時間もすると粗方掃除は終わってしまった。窓に見えるけど外から日差しを入れている訳では無いガラスも結構ホコリが溜まっていてかなり拭きがいがあった。

 窓は魔術具で出来ており本を痛めない光りで部屋を照す照明の役目をはたし閉鎖的な感じにならないように窓という形を取っているようだ。

 

「ふぅ、これでよし」

 

 振り返るとグウェイン様は本に没頭しており難しい顔をしている。私は一旦外へ出ようと思いドアへ向かった。バケツを持ってドアの前につくとガチャリと鍵が開く音がする。

 

「また後で戻ってきます」

 

 そう言って外へ出た。

 

 

 

 バケツを片付けハナコ様の部屋へ行った。もう昼食を取り終えている時間だからきっと今頃リゼットがいくつか貴族の礼儀作法などを教えているだろう。グウェイン様にも食事をして欲しいが図書館の禁書部屋では飲食は禁じられているだろうから何か方法を考えなければ。

 どうしようかと悩みながらドアをノックして中へ入るとそこに打ちひしがれたように床に座り込むハナコ様がいた。

 

「どうなさったのですか!?」

 

 ハナコ様の前にはダンテ様とジェラルド様が並び立ち険しい顔をしている。

 

「エレオノーラさぁん!助けて下さい」

 

 私に気づくとハナコ様がすがるような目を向けてくる。急いで駆け寄ろうとすると直前でリゼットに止められた。

 

「駄目よ、エレオノーラ」

 

「何が駄目なの!泣いてらっしゃるじゃない」

 

「仕方無いのよ、これも訓練の一環なんですって」

 

「ダンテ様!こんなに泣くほどの訓練ってなんですか!」

 

 私はリゼットを振り切りハナコ様に近寄ると手を握りダンテ様を睨みつけた。

 

「エレオノーラ、邪魔をするな。これはグウェイン様が決められた訓練だ」

 

 グウェイン様の名を出されては逆らうことは出来ない。でも……

 

「こんなに泣くほど厳しくしなければいけないのですか?」

 

 涙ぐむハナコ様を見ているとこっちが泣きたくなってしまう。

 

「はぁ〜、仕方無いだろう。ここを乗り越えばければ魔力を操作することが出来ないのだから、さぁハナコ様、もう一度やりますよ」

 

 ダンテ様の声にハナコ様がブルッと体を震わせた。こんなに怯えているなんて一体どんな訓練なんだろう。

 内容が分からず戸惑いながらもハナコ様がヨロヨロと立ち上がろうとするのを手助けしながらそのまま傍に寄り添った。邪魔だというような目で見られたがそのまま睨み返すとダンテ様が舌打ちをしてハナコ様の手を取る。

 

「いいですか?ここを乗り越えなければ何も始められないのです」

 

 ダンテ様がそう言うとハナコ様が何度か大きく呼吸して覚悟を決める。ジェラルド様が同情した眼差しをハナコ様へ向けておられます。それほど厳しいものなのでしょう。

 

「どうぞ!」

 

 その瞬間、ダンテ様の体から陽炎のように何かがゆらりと立ち上り魔力を使ったらしい事がわかった。見えない何かで体が押されるような感覚がし、ハナコ様を支えるために添えていたその細い腕にサッと鳥肌が立つ。

 

「ふぇっ!」

 

 ハナコ様は悲鳴をあげ体を震わせたが必死に耐えているようです。

 

「頑張って下さい、もう少し。さっきよりは出来ていますから」

 

 ダンテ様がハナコ様の様子を観察しながら更に力を込めたような感じがし押される圧も強まった。

 

「くぅ〜〜、ゾワゾワが止まらない〜」

 

 ハナコ様が涙目でダンテ様に訴えています。

 

「もう少しです、あと少し……」

 

 涙を溢す様子を見て私は我慢が出来なくなってしまい、ハナコ様の手をダンテ様から引き離そうと引っ張る。

 

「もう止めて下さい!」

 

「駄目だ!今止めればまた最初からやり直しだ。そうなればもっとハナコ様に負担がかかるんだぞ!」

 

 そう怒鳴られパッと手を離した。

 

「エレオノーラさん、私は大丈夫です……」

 

 ハナコ様がそう言い今一度踏ん張った時、更に圧が強まると同時に急に何か壁が崩れたような感覚がして体が楽になった。

 

「「「はぁ……」」」

 

 三人同時に息を吐くと何とも言えない疲労感が押し寄せる。ふらつくハナコ様をソファへ誘導し座らせた。

 私も階段を五階まで駆け上がった並の疲れを感じていたがその影響は傍にいた私だけに留まりリゼットやジェラルド様は平気な様だった。

 リゼットがダンテ様とハナコ様に水の入ったグラスを渡した後に私にもくれたそれを一気に飲み干す。

 

「一体何の訓練だったんですか?」

 

 やっと息が整いハナコ様も落ち着いた事を見計らってダンテ様に尋ねた。

 

「勿論魔力を動かす訓練だ。ハナコ様には先ずご自分の魔力を感じる事が出来るように所謂『道』を通したんだ」

 

 魔力を受け継ぐ家門では生まれると直ぐに家族の手によって魔力の有無を調べられ、その後魔力を自在に扱う為に腹部辺りにあるといわれる魔力を生み出す箇所から体の全体へ行き渡らせる為の道を通すという作業が、一度外部から魔力を体に通すということで行われるらしい。

 

「魔術を使うときは魔力で体を満たさなければいけない。

 未熟なうちは操作の仕方がよくわからんからとにかく通された『道』に魔力を流す訓練から始めるんだ。

 普通は物心つく前に済ませるものだからあっという間に終わらせるんだがハナコ様は成人間近でちょっと大変だったんだ。それに私は肉親でも無いから魔力の性質が違うため不快に感じたようだ」

 

 ダンテ様の前にジェラルド様も『道』を通す作業を行ったようだが失敗し、交代したダンテ様のほぼ全力の魔力で何とか成功したようだ。

 

 全力の魔力を使って疲労したのかダンテ様は「疲れた」と言って今日は帰り、そこからジェラルド様が魔力と魔術についてハナコ様に講義をすることになった。

 講義中は午後出勤だったグレタにハナコ様の事を任せ、リゼットは休憩に入り私はグウェイン様にどうやったら食事を取らせる事が出来るか考えながらオーガスト様の所へ向かった。

 

 執務室へ入るとオーガスト様が座っている机の横に父とエドガールが立っていた。

 

「エレオノーラ」

 

 父は私を見るなり微笑みながら近づいて来る。

 う〜ん……別に父を拒否るつもりは無いけど職場で親と顔を合わせるのは今だに変な感じだ。

 抱きしめられそうになるのをそれとなく避けるとオーガスト様の傍へいく。

 

「オーガスト様、宜しいでしょうか?」

 

「か、構わん……ぷっ、どうした?」

 

 笑うことを隠しきれていないオーガスト様が肩を揺らせながら口元を押えている。

 

「グウェイン様にお食事して頂きたいのですが」

 

「あぁ、そうだな。だがあそこから出て来ないだろう」

 

「そうなんです、何とか出来ませんか?」

 

「だそうだ、エルビン。名誉挽回にチャンスを譲ろうか?」

 

 私の肩越しに父を見やりオーガスト様がニヤリとする。

 

 

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