第29話 使えない聖女3

 あまりの変化の無さに周りの貴族達が少しざわつき出した時、不意にそれは始まった。

 ハナコ様が握る魔石がキラキラと光りを放ち始め「オォッ」と歓声があがる。キラキラは段々と大きくなり手のひらいっぱいに光が溢れるのを見て心底ホッとした。ダンテ様達も少し体の力を抜いた感じがする。

 魔石を握っているハナコ様自身もはぁ〜っと安堵の息を吐き、手の力が緩んだのか次の瞬間、ぼとりと魔石を赤い絨毯の上に落とした。

 

「ふぎっ!?」

 

 驚きのあまり変な声を出すハナコ様。

 キラキラを見て歓声が上がりかけていたが絨毯を転がる魔石から光りが消えていくのを見て皆が固まった。

 一瞬時が止まったかのように誰も動けなかったがダンテ様がサッと魔石を拾い上げると箱へしまった。流れるようにグウェイン様が王子殿下へ礼を取る。

 

「では殿下、これで聖女様の力が証明されました。ハナコ様は慣れぬ環境の中、体調不良を押してこの場に来ておりますゆえこれにて失礼させて頂きます」

 

 有無を言わさぬ微笑みにファーガス王子殿下がこくこくと頷く。

 グウェイン様はそのまま数歩下がるとくるりと方向転換しハナコ様も慌ててぎこちなくも礼を取り、退出するグウェイン様の後ろへ付いて大会議室を出ていく。私も後に続きダンテ様、ジェラルド様も何事も無かった顔で足早に退場した。

 

 ポカンと口を開けた貴族達の前をすり抜け直ぐ近くにあるグウェイン様の執務室へ入るとドアを閉めた。

 

「「「はぁ〜〜……」」」

 

 皆が脱力すると無言で立ち尽くす。

 部屋の中ではこんな時でも熱心に働く文官達がいて、そこにはエドガールもいた。

 

「大丈夫かい姉さん、お披露目どうだったの?」

 

「エドガール!」

 

 目の前に心配そうに私を見る弟をぎゅっと抱きしめて髪を撫でて頬をつまんで気力を回復したいが今は仕事中だ。必死にそうしたい気持ちを頭の中で妄想するにとどめてそっと腕に触れるだけにする。

 

「だ、大丈夫よ。ちょっと不測の事態に驚いただけ。あぁ、それより、この方がハナコ様よ」

 

 エドガールに触れて少し落ち着きを取り戻し、ついで可愛い弟にハナコ様を紹介した。ハナコ様は私の横でエドガールを見上げ微笑をほんのり染めている。

 そうでしょう、そうでしょう、エドガールってカッコイイでしょう!オマケに可愛くて優しくて賢く……

 

「王子様!ここで会えるなんて……」

 

 え!?王子?

 

「違いますよ。王子だなんて畏れ多い……私はエドガール・スタリオンと申します。エレオノーラの弟です」

 

 エドガールはちょっと驚いた後キチンと礼を取るとハナコ様にニッコリと微笑んだ。

 ハナコ様がバルコニーから逃げようとした時に最初に目撃した王子様みたいにカッコイイ金髪の男ってエドガールのことだったようだ。

 確かにエドガールなら見た目も賢さも遜色ないけ……いやいや不敬にあたってしまうからそんな事は口に出来ないけど、ねぇ、まぁ、それは、置いておくとして、注意しておかなくては。

 

「ハナコ様、そんな事を無闇に言ってはいけませんよ。言った方も言われた方も大変な事になってしまいますから」

 

「え?こんな事も言っちゃいけないの!ごめんなさい、エドガール様」

 

「良いんですよ、分かっていただければ。私の事はエドガールとだけお呼び下さい、聖女様」

 

 あぁ、勝手に名前呼びしてる。もっと礼儀のお勉強進めなければいけない。

 

「やだ、聖女様なんて言わないで下さい。私もハナコって呼んで下さい」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめて奥ゆかし気に話していますがそれも駄目です。

 

「ハナコ様、聖なる力のお披露目が済み正式に聖女となられたのですからお名前を呼ぶのに敬称無しとはいけませんよ。それからお相手の許しなく名前呼びするのもいけません」

 

「えぇ!そんな事も駄目なの?何だか、ちょっと……」

 

 エドガールに名前を敬称無しで呼んでもらえないことが悲しかったのかガッカリした様子だ。でもこればかりは仕方が無い、貴族としての決まりがある。

 聖女認定されたハナコ様は恐らく地位的には公爵と同等かそれに次ぐ高位のはず。これからはそう安安と上位貴族でも軽口はきけない。

 

 私達がそんなやり取りをしている間にグウェイン様がご自分の机につき、そこへダンテ様がさっきの箱を置き魔石を取り出した。グウェイン様が差し出した手に魔石を載せるとじっとそれを眺める。先程見たようにキラキラは消えてただの魔石だ。

 私はお疲れであろうハナコ様をソファに座らせ待機していたリゼットと一緒にお茶の準備を始めた。エドガールも仕事に戻りハナコ様がそれを目で追っている。

 

「エレオノーラの弟ってめちゃくちゃカッコイイわね。溺愛もわかる気がする」

 

 リゼットがコソッと耳打ちしてくる。

 

「でしょう!……でも、働いている姿を見ちゃってちょっとショック。もう大人になっちゃうのね」

 

 あんなに可愛いかったエドガールがここじゃ少し遠くに感じる。

 

「これは重症ね……早く手のかかる相手をみつけて結婚すれば?」

 

「それってエドガールにも言われた」

 

「さすが弟ね」

 

「私は結婚なんてしたくない」

 

 結婚すれば今のように働く事が出来なくなるかもしれない。家にこもってじっとなんてしたくないし、まぁどちらにしてもこの国の貴族としては持参金が用意出来ない女性はその時点で結婚は無理だ。

 

 ティーカップをグウェイン様の机にそっと置くと大きな手に載せられている魔石が目に入った。

 

「さっきはどうしてキラキラが消えたのかしら?」

 

 練習で一旦キラキラし始めた魔石はそのままずっと光ってた。つまり一度光れば光りっぱなしなんだと思っていたが違うのか?

 

「何かの力によって仕掛けが遮られてしまったようだ」

 

 グウェイン様が私に答えるように話す。何気に溢した事を聞かれてしまったようだ。

 

「あっ、申し訳ございません。つい気になってしまって」

 

「かまわん。それより今から禁書部屋に行く、後の事はオーガストに聞きなさい。ダンテ、ジェラルドとさっきの話を進めておけ」

 

 そう言って立ち上がると魔石をダンテ様に投げた。

 

「わっ、お待ち下さい。私も行きます」

 

 このまま行かせてはまた閉館時間まで居座って飲まず食わずで出て来ないに違いない。

 

「来てどうするのだ、魔力が無いから本は読めんぞ」

 

「禁書なんですから読む気は無いです。それよりあの部屋を掃除したいのです」

 

 禁書部屋は埃っぽかった。あんな所にグウェイン様をずっと居させる訳にはいかない。

 

「掃除?掃除なら図書館の職員が折りを見てやるだろ」

 

「それは駄目です。既にあんなに汚れが溜まっているのに」

 

 私の言葉に呆れるような顔をしたグウェイン様が黙って部屋を出ていく。これは置いて行こうとしてるな。

 急いで後を追うように部屋を出て追い抜き掃除道具を置いてある所へ道具を取りに行った。基本的に掃除は下級メイドの仕事だが上級メイドだって勿論する。かたく絞った真新しい雑巾をいくつかバケツに入れて二番階段を駆け下りた。一階まで下りてグウェイン様を探すと図書館へ向かう廊下の奥を曲がった所だったので誰もいないことを確認し走って角まで行く。そこで一旦止まり何事も無かったかのようにゆっくりと曲がりグウェイン様に追いつこうとした。

 廊下を曲がった瞬間、ドンと硬いものにぶつかった。マズイッ!

 

「申し訳ございません!」

 

 慌てて謝り頭を下げた。

 

「エレオノーラ、大丈夫か?」

 

「父さん!」

 

 聞き覚えのある声にホッとし顔をあげる。どうやら父の背中にぶち当たったようだ。

 

「ごめんなさい、急いでて。でもこんな所で立ち止まらないでよ」

 

 どうしてか疑問に思いふと見ると不機嫌なグウェイン様がすぐそこにいた。

 

「あっ!申し訳ございません、お話し中でしたか。失礼致しました」

 

 会話を邪魔したかも知れないと謝罪するとグウェイン様が急に私に笑顔を見せた。

 

「大丈夫だ、挨拶をしていただけだ。ではなエルビン、行くぞエレオノーラ」

 

「はぁ?は、はい。父さんまたね」

 

 急に呼ばれて驚いたが私よりも驚いた顔をしている父を置き去りにグウェイン様について行った。

 

 

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