第27話 使えない聖女1

 部屋を片付け執務室へ向かうと既に文官達が忙しく働いていた。エドガールを見ると流石にまだ自身の机は貰えていないらしく室内を動き回り雑用をこなしている感じだ。

 キビキビと動き先読みをして先輩にあたる文官がスムーズに仕事が出来るよう書類を回したり資料を渡していく姿は立派な働く男だ。いつの間にこんなに大人になってしまったのだろう。嬉しくもあり寂しくもある。皆が言う通りもうエドガールには私が世話をする必要がないのかも知れない。

 

「エレオノーラ、お茶を淹れたら下がっていい」

 

 ぼうっとしてしまっていたのかグウェイン様の声で我に返る。

 おっと、私も仕事中だった。

 直ぐにグウェイン様の机の端にティーカップを置くとオーガスト様が今日の予定が書かれた紙を黙って見せてくれた。

 一時間後に大会議室でハナコ様の聖なる力を大臣たちにお披露目。その脇に、直前にハナコ様に指示を出す為にグウェイン様が部屋へ向うとメモが書かれてあった。コクリと頷き執務室から出てハナコ様の部屋へ向かった。

 

 

 ハナコ様はリゼットに肩までの髪にリボンを巻き付けて編み込みを施され可愛らしく仕上がっていた。申し訳ないがどう見ても十六歳には見えない。

 どこか世間知らずな感じがそんなふうに見えてしまうのか、しかし本人は出来栄えに満足しているらしく鏡の前で嬉しそうにスカートをヒラヒラとさせて編み込みを確認している。

 

「ハナコ様、もう少ししたらグウェイン様がいらっしゃる予定です」

 

 たちまち顔を曇らせはぁっと息をつく。

 

「いけませんよハナコ様、そんな顔をしては」

 

 リゼットがハナコ様の顔を覗き込みにっこり笑う。

 

「でも私は聖なる力の使い方なんて知らないから」

 

「大丈夫ですよ、その為の打ち合わせにグウェイン様がいらっしゃるのですから」

 

 私も傍に行くと安心してもらえるよう微笑んだ。

 リゼットによると昨夜遅くにグレタ達が様子を見に来た時に、まだ起きていたハナコ様と三人で他愛のないお喋りをしたようだ。そのお陰か少しは気持ちがほぐれたのかもしれない。

 昨日は家に帰れないと泣いていたが今日は少し落ち着いている。聖なる力を使えない事にも困った様な顔を見せ、少し聖女としてやっていこうという気になっているのかも知れない。幼いハナコ様の健気さに涙が出そうです。

 

 

 グウェイン様とダンテ様、ジェラルド様がやって来た。

 ダンテ様が持ってきた箱から拳大の魔石を取り出しジェラルド様が説明を始める。私とリゼットがぎょっとする中それをハナコ様の手のひらに載せる。

 

「いいですか?これは魔石というものです」

 

 自分の手の中にある澄んだ透明な魔石に光りを反射させてキラキラするさまを見ている。

 

「これが魔石ですか。初めて見たけどキレイですね」

 

「ご存知ないかもしれませんがそれは今魔力が空の状態です」

 

 魔石には魔力を溜めることができ、魔力がいっぱいに溜まった状態ではその属性の濃い色に染まっている。それが使用されると段々と色がぬけていきやがて透明になる。魔力をたくさん溜めるためには大きな魔石が必要で、大きいほど値段が高くなっていく。

 ハナコ様の手に載せられている大きさの魔石は滅多に無いかなり貴重な物だ。

 

「これは空っぽなんですね。確か魔石って魔物から取れるんですよね、これはどんな魔物の魔石なんですか?」

 

 思わぬハナコ様からの話にちょっと驚いた。

 

「失礼ですけど魔物を見たことがないと以前おっしゃられていましたよね。どうして魔石が魔物から取れるとはご存知なのですか?」

 

 私の問にグウェイン様も興味深そうな顔をする。

 

「だから、小説で読んだんです。言いましたよね、小説で読んだから魔術や魔力の事を知ってるって。その本で魔石の事も知ったんです。大きな魔物から大きな魔石が取れるって書いてありました」

 

 私達の住んでいるこの大陸の事を、知らない国の小説として書かれているとかなんだか不思議な感じだ。グウェイン様もそう感じたのか更に問いかけた。

 

「ハナコ様が読んだという小説の内容はどのようなものでしたか?」

 

「えっと、確か洞窟から黒い霧が出て来て強い魔物が沢山そこから生まれてくるから、勇者様と仲間でそこへ戦いに向かうの。だけど魔物が強すぎて危ない所を凄腕の魔術師の助けを借りて魔物をみんなで倒した後、お城へ戻って勇者様がお姫様と結婚するって話」

 

 それはまるで『魔物大襲撃』とそっくりだ。部屋の中の誰もがそう思ったに違いない。

 

「でもこれはただのお話ですよ。作り話、ファンタジー小説ですから」

 

 私達があまりに真剣にハナコ様を見ていたのか慌てて話を付け足す。

 

「ハナコ様の世界ではただのお話なのかもしれませんが今ここでは現実のことです」

 

 ダンテ様がそう話すとハナコ様が俯いた。

 

「はい、信じられない事にそうなんですよね。私には実感はありませんがここには魔物が本当にいるんですよね」

 

 あらためて魔石を見つめてボソリと零す。

 

「ハナコ様、その話はまた後で詳しく教えて頂きます。まずは大臣たちを黙らせます」

 

 グウェイン様は一旦話を戻し魔石を持ったハナコ様の手を下から支えるように自らの手を添えた。

 

「まず私が魔石に魔力を通してみます」

 

 グウェイン様がそのままの状態で魔力を使ったのか透明な魔石の中に青い光が渦を巻くように浮かび上がる。

 

「わぁ……綺麗」

 

「わかりましたか?」

 

「いいえ」

 

 ハッキリした答えにグウェイン様が驚く。

 

「グウェイン様、初めはこんなものです。私も子供の頃に初めて魔力を使う訓練を受けた時は何も感じませんでしたから」

 

 ダンテ様がそう言いジェラルド様も頷いている。

 

「私は初日から庭の木を一本燃やしていたがな」

 

 流石大魔術師と言われる方です。周りの混乱ぶりも窺える話ですね。

 

「それはグウェイン様だけですよ」

 

 苦い顔のダンテ様がグウェイン様に変わってハナコ様の手を魔石ごと両手で包み込むように挟み同じ様に魔力を流しているようだ。

 

 魔力持ちだと言われた子供達は幼い頃からその扱いを訓練すると聞いたことがある。親が魔力持ちであっても子に遺伝するかはハッキリとは決まっていないが確率は高いらしい。魔力が伝わっている家は出来るだけその確率を上げようと魔力持ち同士が早期に婚姻を結び子だくさんであることが多いと聞く。

 

 ウィンザー公爵家もこれに倣って代々高い魔力を誇っているが適齢期にとっくに突入しているグウェイン様は未だ独身で何故か兄弟はいない。

 いくら変人だと言われていてもあれだけの美貌に誰も寄ってこない訳はないと思うがまぁいいか。

 

 

 ダンテ様とジェラルド様が交代で魔力の操作をハナコ様に教えていたがハナコ様は一向に何も感じないようだ。

 段々と顔色を悪くするハナコ様から魔石を取り上げるとダンテ様が箱にしまった。

 

「すみません、やっぱり私は駄目なんですね」

 

 それを聞いたジェラルド様がニッコリと微笑む。

 

「大丈夫ですよ、ここまでは想定内ですから。ハナコ様はこれから言う事をよく聞いてその通り実行するだけでいいんです」

 

 するとダンテ様が魔石を片付けたばかりの箱から今度は小ぶりの魔石を取り出した。よく見るとそれは薄っすらと黄色い色がついている。

 

「ではハナコ様、これに聖なる力を込めて下さい」

 

 ジェラルド様の言葉に、再び手に載せられた魔石を見てハナコ様が泣きそうな顔をする。

 

「出来ないです。さっきも魔力を感じなかったじゃないですか」

 

「いいですから、魔石を見つめてちょっと真剣な顔をしてください」

 

「はぁ?真剣な顔?」

 

「そうです、こう眉間にしわを寄せてもいいですよ」

 

 ジェラルド様のおかしな指示に戸惑いながらもハナコ様は魔石を見つめてキュッと鼻にシワを寄せた。

 

「私眉間にシワを寄せられないんです」

 

 といいながら。

 

 

 

 

 

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