第26話 姉弟

 聖なる力は確実にあるとわかった賢者様ではなく聖女様の部屋へ向かった。

 昨夜は突然の父の来訪に混乱したが最後には何故か弟のエドガールをグウェイン様の執務室で働かせるという事で二人が折り合いをつけた。父はそれでも納得いかない顔をしていてグウェイン様は何となく『勝った』感のある笑みを浮かべていた。言外に交渉が成ったようだが私にはよく分からなかった。

 

「おはようございます、ハナコ様」

 

 部屋へ入ると既にグレタ達の手によって早目の朝食が済まされていた。

 

「おはようございます、エレオノーラさん」

 

 よく眠れたという感じではないが少しは顔色がいい。

 グレタとルーは朝食の片付けをすると帰宅する。もうすぐリゼットが来るはずだから交代でグウェイン様の部屋へ行かなくては行けない。少し慌ただしいが仕方が無い。

 私の事を思ってか昨夜はあれ以降グウェイン様からの呼び出しは無く、グッスリとは言えないまでも眠れた。いつ呼び出しがあるかわからないとどうしても浅い眠りしか出来ない。

 

 ハナコ様の食事が済んだ後、着替えをお手伝いしているとリゼットがやって来た。

 今日は大臣たちにハナコ様の聖なる力のお披露目がある。グウェイン様は任せろと言っていたから大丈夫だとは思うが力の使い方を知らないハナコ様にどうやって挑ませるのか大変気になる。

 

「はぁ……」

 

 憂鬱そうにため息をつくハナコ様がお可哀想です。

 リゼットに後を任せるとグウェイン様の部屋へ向うため執務室へ入った。仕事開始にはまだ少し早かったが文官が一人机の上を片付けていた。

 

「おはようございます」

 

 人の気配に反射的に挨拶をしてから固まってしまった。

 

「おはよう姉さん、流石に早いね」

 

 そこには輝く金色の髪に愛らしい笑顔の弟がそこにいた。

 

「エ、エドガール……」

 

 二十五時間ぶりに見たエドガールに涙が溢れそうになる。丸一日以上顔を見れなかった自分は本当によく頑張っていると思った。

 

「姉さん、ここ職場だよ。落ち着いて」

 

 気がつけば愛する弟をぎゅっと抱きしめ深呼吸する自分がいた。エドガールに背中をポンポンと叩かれ宥められる。

 

「もう会えないかと……」

 

「そんな大袈裟な、昨日だって会っただろ」

 

 もう昨日じゃない。だって二十五時間経ってるもん。

 何とか自分を取り戻しエドガールから離れると彼の顔をじっと見た。

 

「急にここで働く事になって驚いたでしょう、大丈夫?」

 

 指で弟の前髪を梳いて横へ流し整える。その手を掴むとエドガールが仕方無いなぁという顔をする。

 

「確かに少し驚いたけど大丈夫だよ。準備はしてきたから」

 

 魔術部門だからといって魔術が使える者ばかりではない。だからエドガールがここで働くのは駄目な訳では無いがまだ十五歳、もうすぐ十六歳になるというところだ。学院へも通っていないこの子がお城の高官がいる場所でキチンと仕事をこなせるとは思えない。優秀だけどそれはあくまでも学生としての話だ。

 

「おはよう、早いな」

 

 エドガールの心配しているとオーガスト様が執務室へ入ってきた。

 

「オーガスト様、おはようございます。もういらしたのですか」

 

 他の文官達がまだ来ない早朝なのにと思っていたがどうもエドガールに指導するためだったらしい。

 

「あの弟をよろしくお願いします。まだ学生で」

 

 私がそう言うとオーガスト様がうわぁ~という顔をし「徹底してるなぁ、完全に隠し通すって本当に出来るのだな」と言った。なんだこの既視感……嫌な感じがする。

 

「エドガールは既にエルビンの後継として働いているぞ」

 

 神様、いるなら返事をしてください。父と弟から徹底的に欺かれた私にどうか救いの手を……

 ふらりとよろめく私をエドガールがイスへ座らせる。申し訳無さそうに手を握り顔を覗き込む。

 

「ごめんよ姉さん、こんな風に知らせる事になって」

 

「い、いいのよエドガール、どうせ父さんの仕業でしょう」

 

 可愛いエドガールが私にこんな仕打ちをするはずが無い。

 戸惑う気持ちを押し殺し私の手を握る手にもう一方の手を重ねる。父の時と違い怒りより寂しさが込み上げるが弟を攻めることは出来ない。だって私を見つめる瞳が可愛い過ぎる。

 

 エドガールは十五歳ながら既に父の部下として城で密かに働き始めていた。表向きは目立たないようちょっとしたパシリのような扱いだったらしいが実は優秀な文官としてあちこちに出入りしているようだ。

 私が下級メイドとして働いている間はほとんど本邸に出入りしていなかったため顔を会わせる事が無かった。だが今回の召喚のことで魔術部門が慌ただしく動き始めた為グウェイン様と父の間でもやり取りが増えて、出来れば連絡係を置いて欲しいとオーガスト様が頼んでいたらしい。

 

「エルビンは派閥には加わらない中立を崩したく無かったからかなり渋ってたんだが上手くいった。これで時間のズレなく情報が手に入るから助かったんだ」

 

 オーガスト様が少し気まずいように私を見た。

 

「そういう理由で私が選ばれたのですか」

 

 だったらもう私がグウェイン様のお世話をする必要は無くなったのか。

 

「う〜ん、最初はそのつもりだったんだが」

 

 オーガスト様が複雑そうな表情で私を見ていたがそこでグウェイン様の部屋の呼び出しベルが鳴った。反射的に立ち上がり数歩進んではたと立ち止まる。

 

「私が向かっても良いものなのでしょうか?」

 

 既に目的は達成したようでグウェイン様やオーガスト様的には私はもう不要ではないか。

 

「それは……」

 

 オーガスト様の言葉に被せるようにまた呼び出しベルが鳴る。今度は立て続けに激しく鳴らされ慌てて部屋へ向かった。

 

「ここまでとは……」

 

 オーガスト様の呟きが後ろで聞こえたが今はグウェイン様を優先すべきだろう。

 ドアを開けベッドへ近づくと不機嫌な顔をしたグウェイン様がまたまた半裸の状態で体を起こし私を睨んでいる。

 

「おはようございます、グウェイン様。遅くなり申し訳ございません」

 

 目に飛び込んできたのは早朝から長い黒髪をかきあげ鍛えられた肉体を隠す様子もなくだだ漏れの色気も纏っているお姿。謝ると見せかけて視線を外して息をする。

 

「水」

 

 直ぐに水差しからグラスに水を注ぎ手渡すとそのまま顔を洗う準備をして戻る。グラスを受け取りベッドの端に座っているグウェイン様の髪を軽く結わえ、顔を洗い終わったのを見計らいタオルを渡してガウンを着せる。

 

「いらん」

 

「髪を整える間だけお願いします」

 

 グウェイン様はガウンを嫌がるが私が仕事をやり遂げる為なので我慢してもらわなくてはいけない。

 ブスッたれたように口を尖らすこの人は公爵ですよね。笑いそうになるのを我慢しながら美しい黒髪を梳いていく。サラサラの長い黒髪は梳いていくほどに艶が増しうっとりとしてしまう。

 

「昨日のようにしてくれ」

 

 図書館の禁書部屋で緩く編み込んだのがお気に召したのかリクエスト通りに仕上げた。着替えを手伝い支度が整った美麗なグウェイン様をテーブルにつかせるとノックがし朝食が運ばれてきた事を知る。運んでくれたのはハリエットで部屋の中へは入ってこない。いつもならここからオーガスト様が受け取り配膳していたらしい。

 

 朝食を食べ始めたグウェイン様の様子を伺いながら尋ねた。

 

「エドガールをここに置くために私が呼ばれたと聞きました」

 

 一瞬、食べる手を止め再び動き出す。

 

「正確には誰でもいいから連絡係を置けと言っただけだ。お前もその場にいたのだからわかっているだろう。エドガールを置くと決めたのはエルビンだ」

 

「はい、ですからグウェイン様の目的は達成されたのですよね。でしたら私はもう不要なのかなと思いまして」

 

 またグウェイン様の手が止まる。今度は持っていたカトラリーを置くと皿を見つめ何か考えているようだ。

 

「不要ではない」

 

 ポツリと溢し途中であったが立ち上がる。上着を着せると黙って執務室へ行った。

 う〜ん、このまま専属として居ていいということかな?

 そもそもメイドを傍に置かない人だと言われていたようだけど、利用しようと引き込んだのが結構気に入られたって思っていいのか。

 自然と口角が上がってしまうがこれは仕事が認められ嬉しさの現れだ。他に意味は無い。

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