第24話 黒霧

 いつだって国王の急な呼び出しにいい予感はしない。

 

 まだ静まり返っている廊下をカツカツと靴音を響かせ歩く自分に冷静さを思い出させようと窓の外へ目を向けた。薄っすらと白む空が夜の終わりを告げているが城全体が動き出すにはまだ早い。

 

 前回は辺境の領地で豪雨災害が起こったから救助と復興のため向かってくれと命令が下ったし、前々回は他国からの依頼でドラゴンを領地から追い出して欲しいという件だった。

 大陸一の強国で周りから頼られるのは仕方が無いかもしれないがしわ寄せが私ばかりに向けられている気がするし事実そうだ。ため息を押し殺し目的の部屋へ急ぐ。

 

 今回も早朝に呼び出され王の私室へ向かった。私室へ呼び出される時はかなり要注意な時だ。

 人払いをした部屋に入った瞬間、国王ジャレド・キンデルシャーナは青ざめた顔を隠そうともせず私にすがるような目をした。

 

「グウェイン!『黒霧こくむ』が出たのだ……」

 

「こくむ?こくむって、あの『黒霧』ですか?」

 

 大陸で有名な子供向けの昔話の事が頭に思い浮かぶが、まさかな。

 

「そうだ、あの『黒霧』だ。本当の話だったのだ、本当に起きたことを忘れないよう物語として語り継がれてきたのだ。まさか私の代で出るとは……」

 

 イスに座ったまま頭を抱えるジャレドが嘘をついているとは思えない。

 

 国王ジャレドは私と同時期に学院で過ごした友であった。次期王という立場上親しくなる相手には気を使っていたようだが、公爵である私の家門は条件に見合うと幼い頃から何度か対面していた。

 最初はそれほど親しみは感じていなかった。ウィンザー公爵家は代々魔術を扱うことに長けた家門であったし私は歴代随一と言っていいほど有能に生まれ育っていた。当然周りの者は無能に見えたし勿論事実私より劣っていた。幼少より同年の者と話すよりどちらかと言えば老齢の博識な者としか話が合わなかった。

 そこへ次期王だという理由だけで親しくなれと言われても無理な話だ。何度か会う機会はあったがそれなりに受け答えし必要以上に距離を縮めることはなかった。

 だが学院に同時期に入った時は驚いた。私は優秀であるため通常十六歳からの入学を十三歳で認められたのだがジャレドも同じだった。それまで彼がそれほど優秀だとは聞いていなかった。学院で久しぶりに対面したときジャレドは嬉しげに話しかけてきた。

 

「これで友となる資格を得られたと思うがどうだい?」

 

 非凡ではない彼が非凡な私との距離を縮めるために涙ぐましい努力を積み重ね、同じ時期に入学を果たした事を私は気に入った。

 以来十数年、ジャレドが病に倒れた父王の後を継ぎ国王に即位したとき、私の父も隠居を早め私も公爵を継いだ。

 権力を振りかざした所で一切いうことを聞かない私に友人であることを笠に着て無理難題を押し付けだすのに時間はかからなかったが今回の事は酷すぎた。

 

 

「一体どこからの情報なのですか?」

 

「エルビンだ」

 

 チッ、エルビン・スタリオン。いつもながら何処から情報を手に入れてくるのか国家間の機密通信よりも早く正確な知らせを掴んでくる。

 奴の情報は時に残酷なほど正確な現実を突きつけて来るため、優しげで穏やかそうな顔がいつの間にか死を招く伝説の魔王のように感じるときがあり一部で恐れられている。

 

 使用人達に姿を見られないよう隠れていたのかカーテンの影からエルビンが音もなく現れた。

 

「閣下、お久しぶりでございます」

 

 お互い多忙なため顔を合わせることは滅多に無い。私達の間には情報のやり取りしか存在せず対面するのは数年ぶりか。

 

「老けたなエルビン」

 

「閣下はますますご健勝でいらして喜ばしい事です」

 

 私が王に振り回されている事を知っているクセに嫌味か。

 王ジャレドが座るイスの側にあるソファに座るとエルビンを近くへ呼んだ。

 

「どこに出たのだ」

 

「レスリー山脈を越えた小国カシームです。そこの山沿いの森林の奥地で最初に黒霧が目撃されそれからすぐに魔物の襲来が激増したそうです」

 

 レスリー山脈は王都アレクシアから遠く離れているが山脈を越えてすぐ小国カシームがある。つまり隣国だ。

 

「我がキンデルシャーナ国に被害は出ていないのか?」

 

 ジャレドが青ざめた顔のまま問う。エルビンは被害は今はまだ無いと言ったものの時間の問題だとも言った。

 

「黒霧から現れた魔物は見かけは通常の魔物とほぼ同じですが凶暴さや強さは全く別物だそうです。カシーム国では街の護衛隊では歯が立たず王立騎士団が救援要請に対応しているようです」

 

 伝説によると黒霧からやって来る魔物は闇の加護を受けており通常の武器では簡単には倒せないと言っていたはずだ。

 

「対抗する手段を講じなければいずれ我が国へも黒霧は侵入し被害が拡大していくでしょう」

 

 エルビンはまるでその方法を知っているかのように冷静な顔で王へ進言する。いや、この男の事だ。当然知っているのだろう、少なくとも何処にあるかわかっているはず。

 

「対抗手段……それはなんだ?」

 

 ジャレドもそう思ったのかエルビンの方へ顔を向ける。

 

「勿論、伝説の『黒霧』には伝説の『賢者の召喚』で対抗するしかないでしょう。ですが詳細は不明です」

 

 そう言って私へ視線を向ける。こいつ、私へ押し付ける気か。

 

「チッ、調べるのはお前の仕事だろう」

 

「ですが私では閲覧禁止区域へは入れません。使用禁止の太古の魔術が記された資料はそこにあると思われます」

 

「緊急事態だ、王が許可を出す」

 

 ジャレドを見ると私とエルビンを交互に見た後、私に視線を定めた。

 

「あぁ……エルビンは無爵であるし下位貴族だ。そのエルビンが閲覧禁止区域へ立ち入ればすぐさま人々の口に上り話が広まり大変な事態を招く可能性がある。その点グウェインであれば私を脅して私用で禁書部屋へ出入りしていると言っても誰も疑わんし口を挟まんだろう」

 

 つまり私がやれってことか。

 

「はぁ〜〜、承知致しました。ですが本当に対抗手段がそれだけしかないのか、実際に戦った者達の情報を極秘に集めるようエルビンに命令してください」

 

 私の言葉にエルビンが穏やかな顔をピリッとさせる。

 

「ご心配無く、既に情報を集めるために動いております」

 

 動いているのにここにいるという事は誰かに向かわせているのか。

 クソっ!一時的にでも遠方へ追放してやろうとしたのに抜け目がない奴め。

 

 

 結局その日から一年、禁書部屋に通い、時には籠もり『召喚の魔術』の方法や賢者のこと、聖なる力のことなど調べ物に明け暮れた。禁書部屋の本たちは一筋縄では行かず、魔力を操作しながら読み解いていかねばならず他の者に手伝ってもらうことは難しかった。

 

 数カ月後には『召喚の魔術』の方法はわかったが聖なる力については中々調べは進まなかった。そもそも聖なる力とは現在キンデルシャーナ国はおろか大陸全土でも存在していない力だ。

 聖なる力を持つ賢者とあるが呼び出しの魔法陣はこれまで見たことがない太古の文字や記号が使われそれを読み解くのにかなり時間を要した。訳がわからない物に無闇に魔力を使うわけにはいかないからな。

 

 呼び出しの魔法陣には聖なる力に反応を示す部分が存在しそれによって選別が行われている事がわかった。その部分を抜き出し自分自身に魔法陣を使ってみた。もしこれで私に聖なる力があると別れば面倒な呼び出しなど不要というものだ。

 結果、私には聖なる力は無く、念の為調べた優秀な部下達にもそれは無かった。本当にこれは正確な魔法陣なのだろうかという疑問は浮かぶが反応が皆無であるため調べようがない。

 

 あらゆることを想定し昔話である『魔物大襲撃』についても調べを進めていくととあるノートに辿り着いた。禁書部屋の片隅のそもそも魔術とは関係のない王家の執事や側近が書き残した日々の日誌のような内容だった。

 そこには数百年前に実際に起こった『魔物大襲撃』について書かれていたのだ。

 

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