第23話 賢者じゃなくて聖女3

 図書館が閉館する八時が過ぎグウェイン様の部屋へ向かった。そろそろお帰りになるはずだ。

 ドアをノックし部屋へ入るとダンテ様とオーガスト様がいて私を見るなりパッと嬉しそうな顔した。何だか嫌な感じだ。

 

「エレオノーラ、いい所へ来た。すぐに図書館へ向かってくれ」

 

 オーガスト様がさぁさぁと来たばかりの私を部屋から追い出す。ダンテ様も一緒に廊下へ出ると一階へ向いながら事情を説明してくれる。

 

「まぁ、いつものことなんだがグウェイン様が禁書部屋から出てこない」

 

 閲覧禁止区域は禁書部屋と呼ばれているらしく入室許可は一度に一件のみ。誰かが入室している時は他の人は入れない。中にいる人が許可すれば入れるが普通禁書を読む人は何を調べているかを他人に知らせない上に使用には王の許可がいるし滅多に許可もおりない。入るには魔術具の鍵を使って開けるが勿論魔術師しか扱えない。

 

「グウェイン様は一旦入ると中々出てこない。前はオーガスト様だけは入る事が出来たが最近はそれも許されなくなって最長三日籠もっていた事がある」

 

「だけど私は昼間入りましたよ」

 

「だから今から行くんだよ」

 

 閉館時間が過ぎても出てこないグウェイン様のせいで職員もオーガスト様も帰れないらしい。本当に迷惑な話だ。

 

 本邸奥の図書館へ着くと最奥にある禁書部屋へ向う。近づくにつれドアをドンドンと叩く音とグウェイン様の名を呼ぶ職員の声が聞こえてくる。

 

「ウィンザー公爵閣下!お願いです、出てきてください。もう閉館時間が過ぎております!」

 

 必死に扉を叩く職員が私達に気づいて振り返った。

 

「ウルバーノ卿、お願いします。今夜は妻の誕生日で、早く帰らないと機嫌が悪くなるんです!」

 

 よほど奥方が恐ろしいのか顔を引きつらせダンテ様に頼み込んでくる。グウェイン様が一度禁書部屋に入ったら中々出てこないのは毎度のことのせいかダンテ様と職員は親しそうだ。

 

「わかったからそこを退いて。見てろ、今開けてやる。エレオノーラ頼む」

 

 何だか最終兵器みたいな扱いをされても困るんだけどと思いながら扉をノックする。

 トントントン、トントントン、トントン……

 ガチャリと音がして扉が少し開く。ほら、開くじゃない。ノックの仕方が悪いんじゃないの?

 

「オォ!凄い……開いた……」

 

 感動し涙を流さんばかりの職員を置いて部屋の中へ入っていった。

 グウェイン様は昼間座らせた個室キャレルには座っておらず、よく見ると窓際の床に座り込みまだ本を黙々と読んでいた。周りには数冊の本が置かれている。

 部屋の中は昼間と変わらず明るい日射しが窓から入っているように見えて驚いた。どうやらこれは本物の窓ではなく魔術で良い感じに明るくしているだけらしい。これじゃ時間の感覚が無くなるのもうなずける。

 

「グウェイン様、時間ですよ」

 

 近寄り本を拾い上げようとするとその手を掴まれた。

 

「無闇に禁書に触るな、発火するぞ」

 

「はっ、発火?」

 

 数多くある禁書には時にややこしい魔術がかけられているらしく魔力で操りながら手にしないと仕掛けが作動するらしい。

 そんな恐ろしい物をそこらに置かないで欲しいと思いつつ早く帰る事を促す。

 

「職員さんも困ってらっしゃいますし、お体に悪いですからお食事なさってください」

 

 飲まず食わずで引きこもるなんて今後は止めさせなければ。

 グウェイン様は大袈裟にため息をつくと本を拾い上げ棚に戻し始めた。

 

「たかが半日程度でうるさく言うな」

 

「駄目ですよ、いつも中々出てこないと聞いてます。放って置いたら三日出てこないんですよね」

 

 私の言葉が聞こえていないかのように無反応で本を片付け終わると扉に向かって歩き出す。後ろについて歩くと扉は静かに開き私の後ろでガチャリと閉じた。

 

「ウィンザー公爵閣下、鍵のご返却を」

 

 グウェイン様は職員が差し出した手に胸に留めてあった鈍色のピンのような棒状の物を面倒くさそうに置いた。

 

「どうせすぐに使うのだから私が管理していても構わないと思うが?」

 

 手のひらに乗せられた細い鍵の表面には複雑な紋様が彫り込まれており如何にも怪しげだ。職員はそれを取られまいと握り込む。

 

「何をおっしゃいますか、それでは私の役目が果たせません。それにウィンザー公爵閣下がこれを管理なさるとご自分の部屋のように扱う可能性がありますから駄目です」

 

 グウェイン様がよくわかってるじゃないかという顔で笑む。気の毒な職員はさっと礼を取り逃げるように帰っていった。きっといつもこんな風に下々の者を困らせているのだろう。

 

 

 

 ダンテ様とは図書館の前で別れグウェイン様の私室へ向かった。

 執務室と続き部屋ではあるが廊下側にもドアはある。ただしそこはグウェイン様が許した者だけが使えるようになっているようだ。

 一旦執務室へ入りグウェイン様が持っていた書類を机の鍵付きの引き出しへしまう。

 

「ふぅ……」

 

 調べ物は捗々しくなかったのか疲れた顔をしため息をついている。

 

「先にお風呂になさいますか?」

 

 返事は無かったが私室へ入るとすぐに浴室へ向い、湯を張るために魔石がついた蛇口をひねった。

 城にある水場の全てには装飾は異なるが水と湯が出るように蛇口に魔石がついている。水が出る蛇口の魔石は青が一つ、お湯用は青と赤の二つの魔石だ。

 よく見ると湯船用の魔石は色が薄くなってきている。魔石の中の魔力が減ってくると色が薄くなって変え時がわかる。

 浴室にある戸棚から青と赤の魔石を取り出し石を付け替えるとグウェイン様を呼びに部屋へ戻った。

 

「準備が出来ました」

 

 お知らせするとグウェイン様が無言でシャツの手首にあるボタンを外し始める。私が浴室のドアを大きく開けて脇へよけるとそのまま入っていく。

 

「お手伝い致しますか?」

 

 その言葉に嫌そうな顔で振り返ったので失礼しましたと言って浴室のドアを閉めた。良かった、断ってくれて。あのグウェイン様のあれやこれやに耐えれる気はしません。

 

 グウェイン様が入浴している間に食事の準備を整えた。

 公爵様の部屋とは思えないほど簡素な部屋にピッタリな地味なテーブルに皿を置く。食事はグウェイン様のリクエストで遅い夜は簡単な物と決まっているようだ。

 グウェイン様は浴室から出てくるとすぐに食べ始めた。ガウンを着て気怠げな姿は本人が意識していなくても色気がだだ漏れで、軽く目眩を覚えるが仕事中だと自分に言い聞かせて給仕をしていた。

 

 グラスにワインを注いでいると、いい加減に拭いたらしい髪から雫がポタポタとガウンに滴っているのが見えた。タオルを用意すると食事の邪魔にならないようそっと拭いていき、そのまま丁寧に櫛で梳かして整えた。

 

「もう下がっていい」

 

「畏まりました。御用はベルでお知らせ下さい」

 

 まだ食事の途中のようだが一人になりたいのだろうと思い礼をとり部屋を出た。

 図書館を出てからは口数が少なかったが取り立てて扱いづらい感じは無かった。変人ではあるが一体何故これまでメイドがいなかったのか疑問に思うほどだ。

 

 一旦、泊まりの時の仮眠室へ向う。この階のメイド用仮眠室はそれぞれ担当別に分けてくれている為、今夜のハナコ様担当のグレタとルーは私と別の部屋にいるはずだ。

 今日は突然の専属の知らせで家族にも泊まりだと知らせていない為二人のいる部屋を訪ねた。一度城内の自宅へ行ってくる事を告げて、万一に備えて私の部屋のベルが鳴ったら対応してほしいと頼むとグレタが顔色を悪くした。

 

「む、無理ですよ!!公爵閣下のお部屋なんて行ったことない。拝謁したことも無いんですよ!」

 

 ルーも千切れそうなほど首を振ると涙目で嫌がる。

 

「私だって無理です、働き始めたばかりなの知ってますよね!」

 

「二人共落ち着いて、呼び出しがあるとは限らないし私も急いで帰ってくるから」

 

 怖くない怖くないと言い聞かせていたが何を思ったかグレタが急にとんでもない事を言い出す。

 

「だったら私がエレオノーラの家に伝言を持って行くわよ」

 

「それは駄目!絶対に駄目です!」

 

 今日の疲れを癒やすためにエドガールに会わなきゃやってられない!あの可愛い顔見て癒やされ、柔らかい髪を撫でて綺麗に梳いてやるの!また帰れない上にひと目も見れないなんてもう耐えたくない!

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