第22話 賢者じゃなくて聖女2

 いくら城に来たばかりの私でも簡単に中に入れない事くらい理解できる。念の為ノブの無い扉を押してみたがビクともせず。このまま帰ろうかとも思ったが最後の手段、必殺!扉をノックしてみた。

 

 トントントン、トントントン、トントン……

 ガチャリと鍵が開く音がしわずかに扉が開いた。一瞬「えっ!?」と驚いてしまったが開けるようノックしていたのは自分だったと思い直した。

 少しだけ開いた扉を押し開き部屋の中へ頭を入れる。薄暗くカビ臭い不気味な部屋……を想像していたが、案外普通の明るい部屋で拍子抜けした。

 

 ずらりと並んだ書棚の向こうからグウェイン様が顔を出し頭を軽く振り私に入るよう促す。扉に仕掛けがあるのか私がノックしていたとわかっていたようだ。

 部屋に入ると扉は静かに閉ざされこちら側にもノブがないことに気がついた。部屋の壁の模様と扉には区別が無く、うっかりするとどこが出入口か忘れそうな造りだ。

 大きさでいえば大会議室くらいだろうか。禁書というだけあって書棚には古めかしい背表紙が並び独特の本の匂いがする。掃除が行き届いているわけもなくやはり少しカビ臭い。今度来ることがあれば箒とちりとり、水入りバケツは持ち込めなさそうだからかたく絞った雑巾を持ってこよう。

 

「勝手にウロウロせずこちらに来い」

 

 物珍しくて色々と見ていると書棚の向こうから不機嫌な声がし慌てて傍へ行く。

 

「グウェイン様、何か御用はありませんか?

 ハナコ様はお疲れのご様子でしたので今は休まれております」

 

 一応様子を知りたいだろうと思い報告もした。

 書棚の前にスラリとした体躯の絵になる男が手元に視線を落としている。窓から差し込む柔らかい日差しを背に、グウェイン様は禁書と思われる本から目を離さず長く細い指がページを繰る姿に思わず見惚れてしまう。

 禁書なのだから覗き込むのは止めておこう、恐らく読めるはずもないし読めたとしても知りたくないような事が書かれていそうだ。

 

「そんな事を聞きにここまで来たのか」

 

 集中しているのか上の空な感じで紙の上に視線を走らせている。ざっくりと結わえただけの美しい黒髪が一房垂れ下がり視界を遮っているように見える。手には既に数冊の本が抱えられ読みにくそうな体制でまたページを繰る。

 

「お座りになって読んではいかがですか?」

 

「あぁ……」

 

 生返事で全く動こうとしないグウェイン様の後ろに回ると、上着を脱ぎシャツだけの背中が思ったより広く逞しい事に驚いた。少し躊躇いながら両手でそっと押すと案外素直に数歩足を動かしたのでそのまま個室キャレルへ導きイスを引いて座らせた。本に集中しているのか私の行動にお咎めはない。

 

「髪を結い直してもいいですよね」

 

 返事は期待せずさっと紐をほどいていつもポケットに入れている櫛を取り出し梳いていく。サラサラと手から滑り落ちそうな美しい艶のある黒髪を丁寧に梳きキレイに纏めると華美にならない程度に緩く編み込み後ろに垂らした。

 やだ、美しいわぁ……

 斜め後ろから美麗なかんばせを覗き込み一人で堪能する。

 

「満足したか?」

 

 本から目を離さずにグウェイン様が言う。

 

「はっ、はい。お世話出来て満足です」

 

 慌てて姿勢を戻した。じっくり見てたこと気づかれたかな、恥ずい。

 

「私は閉館までいるからもう行きなさい。それから少し休め」

 

 図書館は確か八時閉館のはず。今はまだ三時過ぎだから後五時間はいるということか。ここでは飲食は出来ないから体には良くないがそれを聞いてくれそうにも無い。

 仕方無く私は暇を告げ扉へ向かった。私の帰るタイミングに合わせて開かれた扉を出るとすぐ後ろで閉ざされガチャリと音がする。

 

「はぁ……確かに休みたい」

 

 朝から中庭の大掃除に上級メイドへの昇進、父の秘密の発覚、ハナコ様の魔力判定に国の機密に関わってしまった件、これだけあってまだ三時過ぎ。今日は盛りだくさんで疲れる日だ。

 

 

 東五階に戻るとオーガスト様にグウェイン様が八時まで戻らない事を報告しその頃にまた来ることを告げた。

 

「そうか、良くやったエレオノーラ。私の見込んだ通りだ」

 

「私は見込まれていたのですか?」

 

「あぁ、最初はエルビンの娘ということで注目していたが有能だと聞きグウェイン様付きにどうかと考えていた」

 

 自画自賛するようにうんうん頷いているオーガスト様に何処にいたのかウルバーノ卿が書類を差し出す。

 

「まさかあの部屋へ入れてもらえるとは。確かに気に入っているのかも知れないな」

 

 ちょっと不機嫌な顔で私を見下ろしてくる。

 

「まぁ、ウルバーノ卿までそんなことを」

 

 主に気に入られるというのは気分の良いことだ。ちょっと嬉しく思ってしまう。

 

「ダンテ」

 

「はい?」

 

「ダンテと呼べと言っただろう」

 

 そう言えばそんな事を言っていたような。

 

「だったら私もジェラルドでいいよ」

 

 ひょっこり顔を出しコンクエスト卿まで名前で呼ぶことを許してくれる。

 

「では遠慮なく、ダンテ様、ジェラルド様、これから宜しくお願い致します」

 

 同じ主に仕える身としてちゃんと挨拶をしていなかった事を思い出し礼を取る。

 

「リゼットにも言っておいてね。ジェラルドって呼ばなきゃ返事しないぞって」

 

「そんな事を言えばリゼットは一生話しかけないと思いますけど言っておきます」

 

 ジェラルド様が悲しそうな顔していたが本当の事だから仕方ないよね。

 

 

 

 夕刻間近、そろそろハナコ様を起こそうと思っていたらご自分でベッドから起き上がられた。

 

「ご気分はいかがですか?」

 

 リゼットがすぐに気づき水差しからグラスに水を注いで手渡す。ハナコ様は黙って受け取り飲み干した後リゼットに礼をいいながらグラスを渡す。

 浮かない顔にまだ先程のショックから十分立ち直ってはいない事がわかる。私達だって平静を装っているものの内心は複雑だ。ましてまだ成人もしていないハナコ様ならなおのことだろう。

 

「二人共ずっと起きてたの?大丈夫ですか?」

 

 私達を気遣う意外な姿に少し驚いた。

 

「はい、休憩は頂きましたから」

 

 私とリゼットは上位のお二人の専属だから他の仕事はしなくていい。その二人が休んだり図書館にこもっていれば取り立ててすることはない。簡単な部屋の片付けやその後の段取りなど軽い仕事をこなしつつ体を休めていた。

 予想外にご気分が良さそうなので良いタイミングかなと思い話を切り出す。

 

「ハナコ様、起きたばかりですけど紹介したい者がおります」

 

 私は廊下から二人の下級メイドを部屋へ入れた。

 

「この二人は優秀なメイドです。私達だけでは手が足りませんので一緒にお世話をさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」

 

 二人は一歩前に出ると丁寧に頭を下げた。

 

「グレタと申します」

 

「ルーと申します」

 

 少し緊張した面持ちで並び立つ。キャメロン様に頼んで来てもらったのだが、二人からすれば賢者様には上位貴族と同等に接するよう言われて来ているだろう。

 グレタは今年十七歳で下級メイド二年目の平民だ。ショートカットで気立てがよく働き者でハキハキとした良い子だ。

 ルーは私と同じ時に入ったばかりの新人でまだ十五歳。働き始めたばかりだが真面目で賢い娘、平民だ。三つ編みの似合う可愛い子で、恐らくハナコ様はルーと同じか年下だろうと思っていた。

 

「よ、宜しくお願いします。ルーちゃんは私より年下なのにもう働いているの?それにグレタさんもまだ十七歳って一つ年上なだけなのに……」

 

 二人の年齢を聞いて驚くハナコ様を見て私達の方が驚いていた。ハナコ様まさかの十六歳!エドガールと同じ年なの!?学生だって言うから私塾に入ったばかりの年かと思っていたのに十六歳!

 私同様驚きを隠せずグレタが思わず皆の気持ちを口にする。

 

「もっと小さい子だと思ってました。ルーより下かと」

 

 言ってしまってからグレタがしまったという顔をした。上位貴族と同等に接するようにと言われてきていただろうについ余計な口を利いてしまったのだ。

 

「えぇーー!本当ですか!?酷いなぁ、私は十六歳です!でも年が近いからなんだか嬉しい、仲良くしてくださいね」

 

 その反応に私はほくそ笑んだ。リゼットも「狙い通り」と頷いている。侍女や大人のメイドを傍に置くより同じ年頃の娘が付くほうがきっと気持ちが楽だろうと思ったのだ。元々ハナコ様は人を使うことに慣れていらっしゃらないようだから新人でも大丈夫だ。

 

 今夜は下級メイドの二人にハナコ様の夜の当番を任せた。

 勿論グウェイン様のお傍で働くものの暗黙の了解「ここでの話を他ですれば物理的に首が飛ぶ」事はきつく言い聞かせている。

 恐らく御用はほとんど無いだろうけどメイド用の部屋で交代で休みつつ呼び出しベルが鳴ったら部屋へ出向く仕事だ。リゼットには帰ってもらいグウェイン様には私がつくことになった。

 

 

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