第21話 賢者じゃなくて聖女1
グウェイン様はハナコ様をじっと見つめて険しい顔をする。
「ハナコ様、あなたには魔力は無いとわかりましたが聖なる力はあるということもわかりました」
今度は私達がホッとし、ハナコ様が驚いていた。私達としてはグウェイン様が召喚を失敗したのではないかと心配していたが、ハナコ様にすれば聖なる力があるということは家に帰ることが出来ないことを意味するようだ。
「そんな、嘘です……そんな力なんてありません!」
立ち上がり泣き出さんばかりに顔を歪めるハナコ様の傍に行くとそっと肩に触れた。
「ハナコ様、落ち着いて下さい。とにかく座りましょう」
ブルブルと体を震わせ今にも倒れそうな小さな体をそっと座らせる。私はその横で床に膝をついて手を握った。
グウェイン様は険しい表情のまま話を続ける。
「私はそもそも聖なる力がある人物を探すための魔法陣を作り上げ召喚いたしました。ですから貴方に聖なる力があるのは当然ですが、まさかこのような少女で、しかも魔術も使えないとは思ってもみなかった。それに……」
一旦口を閉ざし、ため息つく。グウェイン様が言いあぐねていると向かいに座るオーガスト様がおもむろに後を継いだ。
「それにこれほど聖なる力が弱い方が来るとも思っていませんでした」
「え?」
ハナコ様は混乱し目を泳がす。
「私は力はあるけど弱いんですか……だったら、だったら帰ってもいいですよね!いいんですよね?」
オーガスト様やウルバーノ卿、コンクエスト卿を見て最後にグウェイン様に、ハナコ様はすがるような目を向けた。グウェイン様はその目を反らさず信じられない事を話し始めた。
「ハナコ様、我々が住むこの大陸は人類滅亡の危機に瀕しております。近い将来大陸全土を強力な魔物が覆い尽くすでしょう。ですから我々は聖なる力を持つ方を召喚し、お力を貸していただいて助けていただこうと思っていたのです。
一度召喚された者を元の世界へ帰すことは出来ません。ですのでハナコ様の願いは叶えることが出来ません。そして、弱いとはいえ聖なる力を持っているのはこの大陸でハナコ様だけですから必ずご協力して頂かなくてはいけません」
感情を押し殺し冷静に話をするグウェイン様を私とハナコ様は信じられないものを見るような目つきで見ていたと思う。
人類滅亡の危機?魔物が覆い尽くす?
これは昔話の事ではなく現実で、他国に助けを求められたからでは無く大陸全土が危機に瀕している。
お茶を配っていたリゼットの手の中のティーカップがカタカタと鳴っている。コンクエスト卿がそれを優しく受け取り、青ざめたリゼットを壁際に置いてあるイスに座らせた。私は震えるハナコ様の手を握ったまま自分自身も震えていることに気がついた。
「どうして……私が、どうして……」
信じ難い話にあふれる涙を拭いもせずハナコ様が呟く。
「わかりません。出来るだけ強い聖なる力を探した結果ハナコ様が選ばれました。私はさっき弱いと判定いたしましたが聖なる力についてはまだ知られざる事が多い。何か秘密が隠されているのかも知れません。
今は動揺も大きいでしょうから今日はお休み下さい。明日、大臣達が聖なる力の判定を迫るでしょうがそれは私にお任せ下さい」
グウェイン様はそう言うと部屋を横切り廊下へ出ようとして振り返った。
「ここで話した事を他で話せば……」
「物理的に首が飛ぶんですよね」
後を続けた私を見て悲しく笑った気がした。
部屋の中に三人だけが残され、泣き止まないハナコ様の鼻をすする音だけが聞こえていた。リゼットはコンクエスト卿に座らせてもらったまま持っていたお茶を飲んで気持ちを落ち着けようとしている。
床に座り込んでしまっていた私はハナコ様にハンカチを渡すとゆっくりと立ち上がろうとしてよろけた。
「あっ!大丈夫ですか?ここへ座って下さい」
ハナコ様の隣へ座らされ、申し訳なくも一度腰をおろしたら立てなくなってしまった。
「膝が笑ってしまって、いけませんね動揺しているようです」
無理に笑顔を作るとハナコ様が心配そうに私を見た。
「エレオノーラさんもリゼットさんも知らなかったのですか?」
私達が同じ様にショックを受けているとわかっているようだ。
「はい、私達はただのメイドなので重要事項の詳細までは知り得ません」
「だけどエレオノーラさんのお父さんは偉い人なんでしょう?」
父に関する事を一緒に聞いていたハナコ様がそう言うとリゼットも顔をあげてこちらを見た。
「そのようですね、だけど本当に父からは何も聞いておりませんでした。下位貴族なのは間違いないですし、私はこれまで城に関わることがありませんでしたから」
今思えば最初の勤め先の伯爵家では父のことを知っていたのかも知れない。年老いた引退間近の主の傍に新人のメイドを置くのはあまり無いことだろう。領地へ連れて行こうとしたことも何か企みがあったのかも知れない。次の子爵家は最近登城しだした新しい方だったのである意味私の事を知らなかったのかも知れない。
「でもここへ来たのはお父様のコネだったんでしょう?」
リゼットが少し気分が落ち着いたのかイスから立ち上がり側まで来る。
「そうなの、そこが気になるわ。下級メイドとしてなんとか雇ってもらえたって感じだったんだけど……それも何かあるのかも」
こればっかりは父に聞いてみないとわからない。ここまで隠し通したのだから答えてくれるかは疑問だが。
ショックを受け疲れてしまった私達は何をする気にもなれなかった。
ハナコ様は取りあえずベッドで少し休んでもらうこととしリゼットに後を任せると、私は休憩に入る前にグウェイン様に何か御用がないか聞きに行った。
又隣の執務室へ入るとグウェイン様は不在でオーガスト様だけが机に向かっている。
「大丈夫かい?」
流石にまだ私の顔色が悪いらしくオーガスト様が心配してくれている。
「はい、なんとか。グウェイン様に御用がないか参ったのですが」
「あぁ、今は図書館へ向かったよ。調べ物をしにね」
想定外の事が起こってしまいグウェイン様も困惑しているのかもしれない。
「私が直接そこへ行ってもいいものでしょうか?」
邪魔になるなら行かないほうがいい。
「会えるか分からないがいいんじゃないかな。専属メイドだしね」
オーガスト様が含みのある感じでニヤリとする。上位の方の企みはよくわからないがとにかく行ってみる事にして部屋を出た。
城の中の図書館は本邸中央一階奥にある。国王のお住まいである本邸中央の下という事で許可が無いものは入れないがオーガスト様があっさりと許可証を渡してくれ扉をくぐることはできた。
だがここからが問題だ。入口付近にある職員のいるデスクでグウェイン様の入館は確認出来たもののどこにいるかがわからない。広いというより広大と評した方がピッタリな国内一の蔵書を誇る図書館だけあって突きあたりは霞んで見えそうだ。
区画で仕切られそれぞれ番号が振ってある図書館の真ん中の通路を通り書棚の一列一列を首を左右に振りながら見ていったが少し進んだ時点で頭がクラクラしてきた。これは行き当たりばったりで探すのは無理なようだ。
グウェイン様は案内を利用しないのでデスクにいる職員達もどこにいるのかは知らないと言っていた。手渡された館内地図を見て何がどこにある見ていく。
今回の事で調べ物をするのだから魔術関係の事で間違いないだろう。それに簡単な事ではなく想定外な事。大魔術師のグウェイン様が魔術に関する事を知らないわけがない。となれば……
「閲覧禁止区域ね」
図書館の最奥、霞んで見えるあの辺にあるはずの、一般の貴族だけでなく上位貴族でも簡単に入ることが出来ない区域目指して足を運んだ。
足音がしなようにと敷かれた絨毯を踏みしめ進んでいく。奥に行けば行くほど重要な図書が置かれているらしく、普通の棚に置かれた図書から扉付き棚の図書、そして鎖付き図書へと変化し最後に古めかしい造作の如何にも厳重に封印の魔術具の鍵がつけられた風の扉の前についた。
「すみません、誰かいますか?」
どこを見渡しても誰も近くにいないが念の為声をかけてみる。
思った通り無人のようで扉に近づくとわかりきっている『許可なきもの入室禁止』とプレートに書いてあった。
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